独居の女

羅須みき

独居の女

実家に置いてある私のシャンプーががぶがぶ減っていき、数ヶ月経って家族の共有物に成り果てていたことに嫌気がさしていた。それが主な理由といえば嘘になるけれど、おそらく、主な理由、ってほど大きな動機付けはなかったのだ。他に言えば、私の飲みたいものを目一杯冷蔵庫に詰めたいのに、腹の足しにも気持ちの切り替えにも役立たないしょうもない漬物がたくさん入っていたり、母がそこから自慢の一品を押し付けてきたりするのに耐えられなかったことがある。あるいは深夜に出かけてカフェで読書して帰ってくる、というだけの行動において、足音をあまり立てず、電気も可能な限り早く消して家を出入りしなければならない点が窮屈だった。窮屈さで言えば、私に割り当てられていた部屋はおそらく3畳半ぐらいの広さで、そこにぎゅうぎゅうに文庫本を渋滞させた状態で、服も本の山を崩しながら選定し、枕の下に数冊下敷きになっていたところで気にしなかった。


独居ははじめてではない。

一度経験し、気持ちは楽だった。しかし、学生だったので経済的自立はしきれず、家賃は親の負担だった。私はアルバイトができなかった。お皿を早く洗おうとすれば汚いままにし、お盆を片手で持てば、お盆から料理が落ちないように気をつけて運び、結果的に躓いてぶちまける。机の上を綺麗にしろと言われて、一生懸命拭いていたら、全然終わらなくて「ベテラン」のおばさんに怒鳴られた。私は自宅でできるアルバイトを始めようと思って、店舗や旅館のバイトと縁を切り、インターネットで検索を始めた。しかし、私はパソコンを開いて調べ物を始めると、どうしてもnoteやワードに文章として所感をまとめる形に落ち着いてしまうので、バイトの応募に至らなかった。これに関しては故意に逃げているというより、無意識にそうなっている。

無意識に逃げる癖がついている。

独居を決意したタイミングは突然だった。上長のおじさんが離婚したとカミングアウトし、以前より顔が明るくなっていて、それをトリガーにおばさんたちが結婚談義を始めて、私は職場内でムカムカしていた。男性は結局勝手に1人で生きていく方が性に合ってるのかもねぇ、とか、お前は男性について語っていい気になりたいだけだろと内心悪態をつきながら、仕事で使うスプレッドシートを新しく組んでいく。

組み終わったら気持ちは晴れやかになって、缶チューハイとサラダを買って家に帰った。私は家に帰ったらすぐに部屋にこもって、飲みながら好きな作家の積み本を読み始めたかった。

そしたら、母が「しずちゃん?しずちゃんなのよね。帰ったのね。ご飯は?」

私は爆発した。ゴキブリが出た時みたいに、取り乱したままどたどた足を鳴らして声から逃げて、ばたんとドアを閉めた。冷房の温度を強めにして、窓を開けてハイライトを一本咥える。ふかさずに、思いっきり肺まで入れた。そして、声が漏れるくらい強く吹き出した。透明な煙が網戸を抜けて正面の小さな道路に溶けた。少し落ち着いたが、空白の時間に生身の声が挟まってきそうで、Bluetoothのスピーカーにスマートフォンを接続させる。音量を(窓の外に漏れて迷惑になることを考慮した上で)最大限上げ、好きなお笑いコンビがキッチンカーグルメのレビューをしている動画を見た。すぐ違うなと感じて、人口音声で読み上げられる「食品添加物まみれ!老後に影響?コンビニフードのヤバすぎる実態解説」という動画を開いた。無機質だが可愛らしい女の子の声が2種類、微笑ましいかけあいをしながらコンビニ商品に含まれる早死に成分を列挙していく。

私はサラダを食べ終わり、缶チューハイを飲み干した後、部屋の中にある小さな冷蔵庫からエナジードリンクを取り出して一気に飲んだ。

頭に砂糖がはりついて、表面がベタベタになっていく感覚だった。缶チューハイもストロング系で、一気に飲んだため頭の軸がぶれる。

私はこの状態でお風呂に入ろうとした。全部が全部、私の欲で垢まみれという状態で、水とお湯を何十分も浴び続ける。出た時に、自分の内外全ての不純物が取り払われている感じがして気持ちがいいから。私は駆け降りた。

母が何か言っていた。

お風呂場のノブを捻り、引っ張る。

ガタリと音がして、ドアは動かないままだ。

中から野太く、父が何か言う声がした。

私は頭をめちゃくちゃに掻きむしって、コンビニに行って3本チューハイを追加購入した。

次の日、私はトイレから出られなくなった。トイレで賃貸検索サイトを閲覧し、電車で30分ほど離れた1DKの部屋を見つけた。


私はワインレッド色の布団にくるまり、パソコンで映画を再生した。画面は見ずに、TwitterとInstagramを見た。遊びに行きたいという旨のメッセージが、同性から4件、異性から7件入っていた。返信せず閉じた。

訳のわからない専門用語を駆使しがちな近未来の探偵たちが、PCの画面上で哲学的な議論を展開している。概念的な話は好きなのに、途中でリアリスティック且つ小難しい単語を挟んでくるせいで全体像が見えない。適度に興味を持てないでいた。私は勝手に会話を続ける彼らを放置して、noteのアプリを開く。

フリック入力をする。

公開した。TwitterとInstagramで共有する。

映画は終盤だった。やけに五月蝿い効果音と共に銃撃戦が行われていた。

私はそのうるさい音を聞きながらも、不思議なほど落ち着いて寝ることができた。

映画の男たちも寝る私を気遣うように、一言も喋らず戦闘を続けていた。

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独居の女 羅須みき @godleap1231

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