24 了

 そういえば、渡しそびれたものがある。

 ショウグンに返す予定だった『金詩篇』である。退魔の際には沙也加が怪我を負っていたし僕も消耗していたしでそれどころでは無かった。


 なんとなく、それっきりになるような気がしていた。


 僕たちは仕事を熟したが、しかしその仕事の領域は彼が大事にしているものとは違う場所にあるものである。

 この事件は彼の思い出の場所を怪異のある場所として扱ったことがきっかけとなっている。僕たちのしたことは、それを怪異の領域で解決したに過ぎない。

 旧館の前で最後にあった時の、彼の微妙な反応を思いだす。彼が友人に望むものは、怪異の解決では無かった。きっと、これから消えてしまう思い出の場所を、共に悼むことだったのだ。

 だから、僕たちの関わりはそれっきり……と悲観的に思っていたのだが。

 僕は烏乃書店に座って店番をしている。沙也加はまだ入院中だ。ただ、これから骨休めに入る予定である。一橋昭人が訪ねてくるからだ。彼が来たら店を閉めて、連れだって沙也加のお見舞いに行き、その帰りには何処かで食事でも……ということになっている。来訪を伝えるメッセージにはもう一言書いてあった。

”差し支えなければ金詩篇も用意しておいてください。この間の約束です”

 傍らには約束の五冊を置く。あの場所の、思い出の一端である。

 これを受け取って貰えるなら。彼にとってあの場所の最後の思い出は怪異に侵されたものでは無くなるのでは無いか。そう思った。

もしかすると、ただの思い上がりなのかも知れないけれど。

 そんな取り留めも無いことを考えながら、茫洋と廊下を眺めていると、出入り口に影が差した。からん、と扉にくくりつけた鈴が鳴る。

「———やぁ、せっちゃん」

「いらっしゃい。それじゃ閉店だ。それと」

 これ、と。差し出された本を、一橋は笑いながら受け取った。

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怪より始めよ~烏乃書店怪異録~ 佐倉真理 @who-will-watch-the-watchmen

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