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 掛かった時間自体は少なかった。怪異の切除だけなら半日も掛かっていない。その後、解体作業は再開したそうだが、以前のような障りは起こっていないという。僕たちは依頼をきちんと熟したと行って良いだろう。

 ただ、それに対する僕たちの消耗は著しかった。僕は精神的に大きく疲れてしばらく何も手が付かなかった。そして沙也加は……肉体的に負傷を負っている。右腕の複雑骨折で全治3ヶ月という大怪我である。治療費の分、報酬にも手当がついたのは不幸中の幸いというべきか。そのためしばらくは新たな依頼を受けることも、書店に立つこともままならなかった。

 ただ、そんな惨々たる状況にも関わらず、沙也加の表情は明るかった。

「いやぁ、まさかあんな風になるとは思わないでしょう?これまで事故物件に行っても心霊スポットに行っても私だけは大丈夫だったのに、今度は右腕ぷらーんですよ!ぷらーんって!さながら『着信アリ』のあのシーンのような状況で……ああ、残念。折角なので写真でも撮っておけば良かったですかねぇ」

 病院に見舞いに行くたび嬉しそうに語るので、まぁ彼女が良いなら良いか……と受け入れている自分がいる。結果論だが命も落としていないし取り返しの付かないことにもなっていない。

 ならば、それで良いのだろうと思う。

 僕は、と言えば……少し反省があった。あの剣は魂を写し取り、それによって怪異に接触する呪具である。僕の魂の在り方、あるいは感じ方によって怪異をどのように切り取るかが変わるのだという。だからなるべく、怪異を存在しないもの、人の想像力が生み出した架空と判断しようと務めているのだが……今回に関しては、うまく行かなかった。僕はあの肉塊に対して怒りを抱いていた。つまりは、あれを存在するものとして捉えていたのだ。

 一橋昭人にとっての思い出を娯楽として消費した人々の象徴として、あれを叩き潰したいと思ってしまった。

 沙也加の怪我は半分くらいそれが原因と言えなくも無い。

 ……もう半分は沙也加のせいである。一発目で失敗した段階で撤退していれば、怪我はもう少し軽く済んだ可能性がある。

 ともかくも、もう少し自分の思考法を制御出来るように修行するべきだろう。

「なるほど……退院したら山に籠もりますか。高野山か二荒山、熊野も良さそうです。どちらが良いですかね?」

「どうしてそうなる」

「精神の修行と言えばそれはもう仏教か修験道ですよ。最終的には一緒に悟りを開いて輪廻から抜け出すことにしましょう」

 うふふ、と相変わらず沙也加は上機嫌である。……まぁいよいよとなったら本当にするかも知れない。

 ……僕は、こうして沙也加と一緒に仕事をする日々を気に入っている。だから、なるべく長く続けるためにも、彼女が怪我をするようなシチュエーションは回避したい。少なくとも、僕の手の回る範囲の話では。彼女自身が求める心を止めることは出来ないし、変えることも出来ないのだろうけども。

「……そういえば」

「はい?」

「すーちゃんに何か聞いてたって言ってたけど」

 あれは何だったのだろうかと気になった。

「ああ……まぁ、そんなに重要なこともでないのです。結局怪異は切除できましたし。私が聞いたのはですね、弦尾さんのことですよ」

「弦尾さんのこと?」

 とは言え、事件のヒントになるようなことならば沙巫が答えるとも思えないのだが。

「過去のこととかでは無いです。ただの近況ですよ。またお話をしたいので渡りを付けて下さい……とすーちゃんにお願いしたんですね。追加で聞き取りとかしたかったので。ところがですね、すーちゃんによると旅行から帰宅してから高熱を出して入院していたとかで」

「それは」

 一行はすーちゃんを誘ってまたあの地下に向かおうとしていたのでは無かったか。僕たちが一橋と酒宴を設けている間に、彼女たちは地下に向かったのだろう。そして……

「はい。おそらくですが、彼女も霊障にやられてますね」

 仮説だと、彼女にとってあの怪異は倒すべきものだったのでは、と言う話だったが。

「違ったのでしょうね。その、弦尾さんについてすーちゃんは”無くても良いモノを生み出してしまう”と言ったのでしたっけ。しまう、ですからね。本人の意図とは関わりの無いことだったかも知れないです」

 倒すべきものを生み出していたのか。あるいは生み出したものが倒すべきものだったのか。

「まぁ人間の心はそんな簡単に切り分けられるものでもないですから。あるいはどちらもだった可能性はありますけれど」

 あるいは、彼女自身が怪異に飲み込まれたことによって制御を失い作業現場の祟りが引き起こされた……という可能性もある。

 すべて可能性の話だ。いずれにせよ、肉塊は切除された。ただ、もしかするとアフターサービスが必要なのは彼女の方かも知れない。いずれ接触してみる必要はあるだろう。

 ……おそらく、彼女は今回の事件の原因だ。朋喜も同様である。だけど、彼らを憎みきれない自分がいる。今回は偶々、一橋という知人が被害に遭っていたから怒りを抱き、怪異を叩き潰した。

 だけど……そうやって怪を想像し、生み出すという営み自体を否定することは、やはり出来ないししたくない。

 使命感にしろ娯楽にしろ、そうしたものを生み出し、関わっていくのは人間の在り方なのだろうと思う。それは失くすことも、矯正することも不可能なのだろう。

 しかし、それでも……時折、遣り切れないような気分になるのだ。

「そういう稼業ですからねぇ」

 僕の懊悩を語ってみると沙也加はそう言った。

「悩みは分かりますが、その悩み自体にはあまり意味がありません。怪談にしろ都市伝説にしろ、オカルトを楽しむことを否定することは出来ませんし、そうする人を失くすことも出来ないのは歴史が証明しています。だから」

 またしても小さく含み笑いを漏らした。

 入院してからこちら、沙也加のテンションはおかしい。

「一緒に地獄を巡るしかない、というわけです。ねぇ、セキくん?」

 しかし、そうして笑う割には、結局彼女が言うのはいつもの殺し文句なのだった。

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