22
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私は前を見る。何も無い。何も視えない。青空に白雲がすこし伸びている。
山間の爽やかな風がこの屋上にも吹き込んできている。目に見えるものだけなら、ただの観光日和でしかない。
私にとってはそれがすべてだった。でも。
正面に、いる。
耳に付けたマイクから声が響いた。彼の肉体から聞こえてくる彼方よりの声。赤冶はそこに、怪異がいるという。
私はそれを信じている。信じているからこそ……そう。
実はとても憎たらしい。そして、憎たらしすぎて愛してもいる。
我ながら矛盾していると思う。でも、そうなのだから仕方が無い。
昔からそうだった。
母や妹、円藤家に師事する退魔師たちなど周囲の人々が視えている世界を私は視れない。周りのみんながいると思うものを、私はいると思えない。いると思えないのに、どうしようもなく惹かれてしまう。
赤冶はそれを視ている。視えるようになった。最近では妹と夢の中に入り込んだとかなんとか。ああ、まったく憎たらしい。
ぎゅ、と剣を握る力が強まる。そのまま握りつぶしてやりたくなる。赤冶の魂はその力を感じたりはしないのだろうけど。
……この時。彼がこの剣の中に入り込んでいる時だけが、私が怪異と関われる瞬間だ。彼を通してしか私は怪を感じ取れず、次の瞬間にはそれは切り取られて世界から消えてしまっている。私は、切り取ることでしか怪異と関われない。
赤冶はその在り方に苦しんでいる節がある。私も同じだ。あってはならないものや、誰かを害するものもあるのだろうけど……視えない世界を無くしてしまうのは、少し残念だった。
でも、そうするしかないから。そうすることでしか出来ないのだから。この、憎たらしいセキくんくらいは私と同じ苦しみを味わってくれてもいいだろう。
私はいる、と言う場所に剣を突き立てる。
いつものように、怪を消し飛ばすために。
「……あら」
違和感があった。剣が通らない。そこに居ないのではない。そうではなく……手応えがありすぎる。そこに何かが居すぎている。
次の瞬間、剣を持った右腕がへし折られた。剣から伝わった反動が、私の右腕を巻き込んだのだ。勢いが殺せない。私の身体はそのまま吹き飛び、タイルへと叩きつけられた。
不思議なことに痛みは感じなかった。あちこち打ち身していたし、右腕はあらぬ方向に曲がっていたけれど……視た瞬間に、何が起きたのかは概ね理解出来た。それを見て、私は。
「あはっ」
少し、はしたない笑みを浮かべてしまった。
「凄っごぉい……!」
背筋にぞわぞわと電気が走り抜ける。私の本能が目の前の存在について「危険だ」とか「逃げろ」とか、多分そういうことを言っているのだと思う。
だが、私の心は違う。
誰が逃げてやるものか。
見えない。見えないけれど……いる。そこにいる。いるから呪剣は弾き飛ばされたし私は右腕を捻られたのだ。
しかしこうして右腕を見てると何か思い出しそうになる。ああ、あれだ。『着信アリ』でこういうシーンがあった気がする。怨霊によって宙に浮かされ、体中の骨をバキバキに折られて最後は―——あのシーンに、今の私はそっくりだ。
しかし右腕は力が入らない。痛くは無いのだが、物理的に動かせない感じ。赤冶も手元に無い。
「ああ、セキくんどこいっちゃったんでしょ。あ、いましたいました。いま迎えに行くので」
幸いにも屋上から落ちたり手の届かない場所に行ったりはしていないようだ。少しよろめきながら立ち上がり、無事な左腕でそれを拾い上げた。
さて、次はどうするべきか。いつものようにやったのでは弾き飛ばされるばかり。おそらく、赤冶はあそこにいる怪異を”存在しない”と思えていないのだろう。視てしまったからか、あるいは……いずれにしろ、居ると思うから消し切れていない。
そういうのは好きだ。だったらそれ相応にやるべきだろう。切りつけるのでは無く、アイスピックで氷でも砕くような遣り方で行こうか。
「もう一度です。どこにいるか言いなさい!」
……目の前に。
「ああ、そう。なるほど。良い心がけです。ならばこちらも」
思う存分、存在しないモノを感じ取れるということではないか。
私は剣を逆手に握る。刃を下に。そこに何かがいるという言葉を信じて、思いっきり振り上げた。何度も何度も何度も。それが感じ取れなくなるまで。
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