終章:~そして物語は続く~

「本当に、頑固がんこ者なんだから」


 とあるホテルの一室。キングサイズのベッドに腰掛けていたマリナは、スマートフォンのディスプレイをタップし、通話を切った。


「優しくして、気を引いて、その気にさせておいて……でも、あたしの好意ことなんて、今の今まで、これっぽっちも信じて眼中になかった。

 ズルくて、意地悪で、頑固で、ひどい人」


 静かになったスマートフォンを握ったまま、マリナは背中からベッドへと倒れ込んだ。


(ああ、でも)


 マリナは天井を見つめながら、電波に乗って届いた和哉の声を反芻はんすうする。


『僕を傷つけるのはいい、命を狙うのもいい。好きにしろ。

 でも、他の人は駄目だ。

 ―――よそ見をするなんて、絶対に許さない』


 彼らしからぬ、低く、威圧感のある声。

 追い詰められた時も、絶望しかけた時も、それこそ、命を奪われかけた時ですら、あんな声は出さなかったというのに。


(ねぇ、カズヤ。それは誰のための、何のための言葉なのかしらね?)


 無辜むこな人間を、化け物から守るため?

 大切な仲間に、火の粉が降りかかるのを防ぐため?

 それとも……。


『―――つけいる隙がある方が、殺しやすいからね』

『今の僕は無力かもしれないけど、いつまでもそうだとは限らないさ』


 一般人ぶって常識を説いてくる、生真面目な和哉から発された、暗い情動。

 百戦錬磨のマリナをいずれ打ち破ると、新米の分際で言い放った、その傲慢ごうまんさ。

 そのすべてが、マリナを喜ばせる。


(優しさと高潔さはあなたの美徳。でも、それだけじゃないでしょ?

 あたしたちが持っているようなドス黒い衝動が、あなたの中にもあるんでしょう?

 奇麗そうな心の中に、化け物みたいな情動を飼い殺してるんでしょう?

 誰にも見せてこなかったその感情、もっともっとあたしに見せて御覧なさいな)


 マリナは何かを思い出したように、もう一度、スマートフォンをいじり始めた。

 慣れた手つきでタップして、とある番号に電話をかける。


「あたしよ、あたし。ねぇ、今どこで何をしてるのかしら?

 もし手空てすきなら、ちょっと相談にのってもらいたいんだけど」


 きっちり3コールで出た相手に、ろくに挨拶もせずにそう語りかける。


「そうよ、妹のあなたなら信頼できるから。

 でも、急ぎの話ってわけではないの。

 あたしは怪我しちゃったから、どうせしばらくはうご……ああ、もう」


 通話が終了し静かになったスマートフォンを見て、「慌てなくてもよかったのに」とマリナは肩をすくめる。


 スマートフォンを適当に放り投げ、マリナは枕元に置いてあったぬいぐるみに手を伸ばした。

 それは、白猫を模した大きなぬいぐるみ。和哉と知り合う切欠きっかけとなった、マリナの宝物。


(このあたしが触れても倒れない、抱きしめても死なない。その上、あたしのことを抱きしめても立っていられる。

 カズヤみたいな人、初めてよ)


 その気になれば、マリナは触れただけで相手の生命力マナを奪える。

 それは相手が誰であろうと変わらない。人間であろうと、ハンターてきであろうと、吸血鬼なかまであろうとも。


 しかし、そんなマリナの異能力にさらされても、和哉が倒れることはなかった。

 マリナから腕を絡められようと、背中から抱きしめられようと……逆に、マリナに抱きつこうとも、和哉は平然としていた。


 ―――マリナの異能力ちからが通用しない。

 その一点だけでも充分に和哉は厄介なのだ。


「敵のままでは厄介なのよ、あなた。だから」


 この場にいないその面影をぬいぐるみに重ね、マリナはきつく抱きしめる。 


「許さない。逃がさない。離さない。絶対にあたしのモノにしてみせる」


 マリナはそうつぶやくと、唇を歪めて艶然と笑ったのであった。

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Vampire Killer~ヴァンパイアハンターと吸血鬼の恋愛譚~ Fujii @YueF

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