Episode:10 一緒に

「それで声にならないような叫びを上げたダルガルダ王国の西部隣国『ワプルシェロ国』の王子エドウィンダ・ワプルシェロさまは、その場から命からがら逃げようと奮起した。しかし『死を呼ぶ存在』は逃げることを許さず、彼のことを呑み込むように大きな口を開けて、ぺろりしちまったんだよっ!」

「はぁー? そんな話だったか? 俺もその話は聞いたけどよ、最後って切り刻まれたとか。そんでその場所に王子様の血を刻んだとか何とか……、そんな話だっただろう?」

「いんやいんや。儂は聞いたぞ。せがれの友人が興奮した顔つきで実は『死を呼ぶ存在』は女の人格を」

「このジジィはほら吹きだから信じるな。でもそれもこれも全然違うじゃねえか。おれはその話の最後は確か全員死んで、『死を呼ぶ存在』だけが生き残って、自害したとか」


「あたしもその話を聞いたよ! でも妹はそんな話嘘だって言っててね。確か……、その場所を黒い大地にして一人どこかへ行ってしまったって」

「えぇっ!? ということか『死を呼ぶ存在』は今でもどこかにいるかもしれないってことかっ?」

「分からないわよ。あたしは聞き耳を立てていただけだし」

「おいおい俺の話を聞けよ! 『ワプルシェロ国』最大の事件だっていうのに……!」


「だがその話ってもう三か月も前の話しで、事件も進展もないあれだろう? 王子がいなくなってしまったせいで元々病持ちだった王様の病状が悪化した……」

「あぁ! 私聞いた! 私の旦那がその国出身で、今その国激戦の真っただ中だったらしいの。王様が病気で亡くなって、王子と王子の傍にいた『祟人』がいなくなったせいで難攻不落の状態を維持していたそれが一気に崩壊して」

「そうそう! あたしも聞いたよ! あの国って物資が最も集まる場所の近くだからその国を自分の国にしたい他国の輩達がワプルシェロ国を巡って戦っているんだって!」

「それで戦況はどうなんだ?」

「旦那の話だと、陥落も時間の問題で、兵士達も諦めているらしいの」

「おーい! 俺の話ー!」

「儂の話をー!」


「なんで諦めているんだ……って、そんな話聞かなくても分かるか。なにせ今まで仕切っていた王子の『祟人』がいなくなって、王子の消息不明と王の病死から間もなくこれだ。誰だって憔悴するだろうな」

「この国にはその飛び火は来ていないから安心だけど、旦那はそのことを聞いてひどく心を痛めていたわ。だって、ワプルシェロ国がもうすぐ無くなることは……、故郷を失ってしまうのと同じだものね。私もこの国が他国の物になったら怖い以前に悲しいもの」

「それにしても……、その王子を殺した奴って、本当にどんな奴だった?」

「それを知っているのは――『死を呼ぶ存在』だけが知っている。ってやつかな……?」


 

 ●     ●



 緑豊かな大地を温かく照らす大きな太陽。その太陽と共に風が大地を優しく駆け巡り、草木達に涼しさと優しさを与える。さらさらと草木が揺れ、生命の息吹を感じさせる。


 優しく大地を駆ける風は人が踏んでしまったことにより切れてしまった葉っぱの一部を巻き込み、葉っぱの一部はくるくると空中を舞いながら――自然豊かで平和な国『フィリナオ王国』へと飛んで行く。


 フィリナオ王国はダルガルダ王国やワプルシェロ国から遠く離れた土地に存在し、その二つの国よりは小さいが行商人が集う活気溢れる国は自然豊かで空気もおいしく、現代で言うところのフラワーガーデンが有名である。色んな種族達が商いを行い、大きな大木を城として使っているその情景と心優しい王の噂も相まって、戦争とは無縁のような世界が広がっていた。


 一言で言うと平和そのもので、その平和な国でも遠くの国で起きたことは噂として届いており、その噂を商い場で一服をしていた国の者達が話に花を咲かせていた。


 ……言葉で花を咲かせていたと言えばいいように聞こえるかもしれない。しかし内容は悍ましいもので、その話の最後は何とも悲しいもので終わり、そして最後に疑念だけが残る結果になってしまっていた。


 国の商人や老人、そして研究者や主婦など色んな人が話していた話は――ワプルシェロ国のことであり、その国の王子が突然亡くなったこと、そしてその国が現在危機に陥っている状況のこと。


 詳しくは話していた内容通りで、国は王子――の所有物だったラフィーリゼルの喪失と病を抱えていた王が無くなったことにより兵力と勢いを失い、陥落も時間の問題になっている。


 そのきっかけを生んだ王子の死亡と、その王子を死なせた人物のことについて、誰もが話をし、そして考察をしながら話を進めている状況なのだが、最初のきっかけとなった話から遠ざけ、結局国のことになってしまう会話。


 そんな会話を聞きながら一人の灰色のローブに漆黒の紳士の服を身に纏い、頭には黒い布を頭全体を包み込むように被っている人物は、革製の茶色い靴を『カツカツ』と鳴らしながら少しだけ苔が生えた石造りの道を歩む。


 カツカツカツカツ。


 何の迷いもない歩みを行いながら、その人物はとあるところに向かい、そして目的の場所に着いたと同時に、ローブの人物は目の前にいる人物に向けて言った。


 落ち着いた音色で、その人物は言う。


「食料を買いたいんだが、いいかな?」

「ん?」


 ローブの人物は言う。声からして男性の声で目の前にいる食品を売っているにも関わらず、数枚重なった記事を座りながら凝視している亭主に向けて言うと、亭主は驚きの声を上げつつ、手に持っていた記事から視線を外し、それを降ろすと亭主は目の前のローブの男を見上げる。


 見上げて、亭主は一瞬驚きのそれを浮かべてしまった。


 なにせ、目の前にいるローブの男は異様に背が高かったのだ。座っている状態の亭主の首が、見上げているせいで痛くなりそうな高さで、亭主が立ち上がったとしても首が痛い状態は継続してしまいそうな、そんな身長差。


 因みに――亭主の身長は百六十センチだが、ローブの男は二メートルは超えるかもしれない。そんな彼のことを見上げた亭主は心の声で (でかい……)と思いながらも、目の前にいる人物はお客。その客に対して接客の笑みを浮かべて亭主は男に向けて言った。


「あぁ、すまないすまない――いらっしゃい。つい記事に食いついてしまったよ。お詫びとして少し程サービスしておくよ。何が欲しいんだ?」

「できるだけ保存のいい干し物が欲しいな」

「干し肉ね。うちの干し肉は主に羊の肉で、他国でも人気があるんだ。でも品数も限られているし、高いんだが……、それでもいいかい?」

「ああ、それでいいよ。どこの店に行っても干し肉はなかったからな。助かる」

「あぁー。そう言うことか。この辺りには魔物が多い。牛とかそこいらの動物たちはみんな食われちまっているせいで、肉の単価も高くなったせいもあるんだろうな。んで――あんたどこまで行くつもりなんだ? その距離に応じて少しサービスして出すけど」

「そうだな……、本当ならワプルシェロ国に向かおうと思っていたんだが、それもできなくなったしな。今はその途中にある小国『アクレイス』に向かおうと思っている」

「水の国か! その道中は魔物も多いけど、あんた大丈夫なのか?」

「ああ大丈夫だ。連れもいるし、心強いおまけもいるから安心だ」

「安心と言ってもあの国に行くのはやめておけ。その国は今戦争真っ只中とか言っていたぞ? 金を出してくれれば肉は出すが……」

「そうか……、それは良い情報だ。ならば――これで足りるかな?」


 亭主の言葉を聞いたローブの男はふむ……、と喉を鳴らし、顎の位置に手を添えながら考える声で言うと、男は懐から布製の小さな包みを取り出した。頑丈な紐で結ばれた包みを店の商売棚に置き、紐をほどくと、その中から金色の硬貨が袋の中から顔を出した。


 キラキラ光る何十枚もの硬貨につられるように、亭主の目にも驚きと欲望の光が灯るが、亭主ははっと息を止め、すぐに男のことを見上げると、亭主は慌てた様子で声を荒げた。


「こ、こんなにあったら足りるって! い、今すぐありったけの肉を持ってくるから! 待っててくれ!」

「ああ、そんなに急がなくても……」


 そうローブの男は言うが、亭主はそんな男の言葉を無視しながら……、欲剥き出しの目で店の奥へと消えると、ローブの男は晴天の空を見上げて、小さく息を吐く。


 ほぅ……、と息を吐き、かぶっている布が吐く息で揺れると、彼は小さな声で言う。


 あの時のことを思い出しながら……。


「……もう、三ヶ月なのか」


 早いな。そう呟きながら男は布越しに呟き、大急ぎで両手に余るほどの羊の干し肉を持ってきた亭主に硬貨を手渡した男は、その場を後にする。


 カツカツカツカツッ。


 男は靴の音を鳴らしながら歩みを少しだけ早める。勿論手にあるありったけの干し肉を手にし、この国の入り口で待っている付き人と合流するために、彼は無意識に足を速める。


 心なしか、楽しんでいるような雰囲気を出しながら足を進め、いつの間にかアーチ状になっているフィリナオ王国の門の前に着いた時、突然声が聞こえた。


「あ、おーい!」

「!」


 突然の声の主は若い女の声。その声を聞いた瞬間男は顔を上げ、そして布越しであるにも関わらず視界の中心にいる人物に焦点を合わせて見ると、彼の視界の中心にいる人物は男に向けて大きく手を振り――


「クロイアー! 早く早くー!」


 と明るい音色で男に向けて声を掛けたその人物は、まだ二十代に満たない十代の少女で、男とは色違いの黒いローブに身を包み、白いショートブーツを穿いている。モノトーンで彩られた服装と似た灰色のボブカットと赤と金色のオッドアイ。首には切り傷がくっきりと残っているそれを隠そうともせずに、少女は明るい笑顔で男のことを――クロイアと言う名前の男のことを呼ぶ。


 男、クロイアは少女の声を聞き、姿を視認した後――彼女に駆け寄りながら彼は彼女の名を呼ぶ。


。遅くなってすまない。待ったかい?」

「ううん。全然だよ。この国ってなんかガーデンパークみたいで見飽きなかったし、私もついさっき来たばっか。色々と観光し過ぎちゃった」


 クロイアの言葉を聞いた少女――ユカは首を横に振り、彼のことを見上げながら腰に手を回し、その手を組みながら笑顔で言うと、クロイアはユカの言葉を聞いて呆れるような溜息を吐き、彼女のことを見下ろした後――


「そうか。だがこの国に来た理由は――」


 と、この国に来た理由を優しく注意をするように言おうとした瞬間、クロイアの顔に掌を見せるようにユカは手を伸ばし、静止のそれを行動にしたユカはクロイアに向けて「分かっている!」と言い、彼女は手越しに彼のことを見ながら言った。


 堂々とした面持ちで、胸を張って。


「これから行こうとしている国に行くために食料とかそう言った物資の調達でしょう? そのくらいわかっているよ。というか、私クロイアが考えていること分かるもん。だって私――」




 




 そうはっきりとした音色で、笑顔を向けながら言うユカ。


 ユカの言葉を聞いたクロイアは一瞬だけ視界を拡げ、彼女の手越しにユカのことを見て、そのまま視界を少しだけ狭める。


 もうお分かりかもしれないが、ユカはエドウィンダの下で従っていたラフィーリゼルの手によってこの世を去った。


 なんともあっけなく第二の人生を終えてしまった彼女だが、現在彼女は生きている。いいや、生きているのではなく、ただ命を繋ぎ止めているだけなのだ。


 クロイアの――『死を呼ぶ存在』の血を呑んだおかげで、彼女は眷属として生き返ることができた。それだけのことなのだが、それでもクロイアは彼女に対して罪悪感しかなかったのも事実。


 そのことを思い出しながらクロイアはユカの突き出している手にそっと手を置き、ゆっくりと彼女の手を降ろしながら彼はユカの名を呼ぶ。呼ばれたユカはクロイアのことを見上げると、クロイアは彼女のことを見下ろして聞いた。


 冷静で落ち着いているが、その音色の中に後悔を潜めながら彼は聞く。


「本当に、よかったのか? 私の眷属となって」

「? それ何回目なの? きっと数えきれないくらい聞いたと思うけど、逆に聞くよ――なんでそう思うの?」

「君は、確かに三ヶ月前に殺されてしまった。君のことを殺した元凶を私はこの手で消した。そして君に私の血を呑ませて、強制的に眷属にしてしまった。結果として君は生き返った。だが君は私が死んでしまうと同時に消える体になり、半分死人のような状態になっているんだ。そんな人生、君は望んで」

「もーぅ! それも何回も何回も聞いたけど、私の意志は変わらないし、変える気も全然ありませんっ!」


 クロイアの話しの途中でユカは呆れるように大きく、大袈裟な溜息を吐くと、己の手を折れないように掴んでいたクロイアの手に己の手を重ね、そしてクロイアの布で包まれた顔を背伸びで見上げ見つめると――彼女は言った。


 後悔なんてしていません。そんな感情が顔に出ている状態で、彼女は笑顔で言う。


「私の第二の人生はあの時幕を閉じちゃったけど、今私は第三の人生を謳歌している! それもこれもクロイアのお陰だし、ずっと頑張ろうと思う! 楽しく旅をしながら、この世界を回って、そして思い出をいっぱい作って! クロイアのために生きようと思う! これは――クロイアへの一生をかけた恩返しだから!」


「………………………」


 何度も聞くその言葉を聞き、そして眷属と心が繋がっているおかげか、何回目になるのかわからないがその言葉に嘘などついていないことを理解したクロイアは、布越しで微笑みを零し、片手で持っていた干し肉を地面にゆっくりと置く。


 どふっ。という音が聴覚に入り込むと、己の手の上に乗っているユカの手にその手を乗せ、彼女の小指に嵌められている指輪の感触を感じながら彼はユカに礼を述べる。


「そうだな――何度も聞いてすまない。ありがとう」

「どういたしまして」


 礼を述べたクロイアのことを見てユカはえへへと恥ずかしそうに笑みを零し、幸せそうなそれを顔に出しながらにっとクロイアに向けてその笑顔を分け与える。


 ありがとう。


 その一言を聞くたびにこそばゆい。なんだか心臓が温かくなるようなそれを感じながら言うと――



「いつまでそんなことをしているのよ」



「「!」」


 またもや声がした。今度は大人の女性の声であり、クロイアの後ろから聞こえたその声を見るためにユカは体を傾け、クロイア越しに見た後、彼女は「あ!」と声を上げ――


「ラフィー! 遅いよー!」


 と、クロイアの背後にいる女性――白いロングスカートと白いロングブーツ、白いローブといった白で統一された服装で、右腕を包帯でぐるぐる巻きにしながら現れた灰色のふわりとした長髪が印象的な真っ白い肌と朱色の目をした女性……、元エドウィンダの所有物にして『全てを斬り裂く者』と呼ばれたラフィーリゼルに向けて言葉を交わすユカ。


 ユカの言葉を聞いたラフィーリゼルは呆れるような溜息と共に彼女達に歩みながら「別にいいでしょ? 私の勝手なんだから」と言うと、ラフィーリゼルは二人の横を通り過ぎ、そのままアーチ状になっている門を通ろうとしたが、その手前で足を止め、くるりと背後を振り向いた後、ラフィーリゼルは再度呆れるような音色で言った。


 最初に出会った時に見せた生気のない目ではなく、朱色の輝きを灯した状態で彼女は二人に向けてこう言ったのだ。


「どうしたの? 行くんでしょ? さっさと行かないと、あんたのことを追っている『祟人』がここに来ちゃうわ。被害が出る前にこの場所から離れないと」

「……そうだな。行かないと」

「えーっ? もうちょっとだけ」


 ラフィーリゼルの言葉を聞いて、クロイアはユカの手を優しく離し、再度干し肉が入った袋を片手で持ち上げて歩む。


 ラフィーリゼルの言葉を聞いたユカは心底心残りがある顔をしながらラフィーリゼル達にもう少しとねだろうとしたが、ユカの言葉を一蹴するようにクロイアとラフィーリゼルはアーチを潜り抜けようと歩みを進める。


 二人の背中を見ながらユカはぶーっと頬を膨らませて、渋々と言った形で植物のアーチを潜り抜け、三人はフィリナオ王国から出る。


 これから向かう国――アクレイスに向かって。


「ねーねー。そろそろラフィーも私と契約してほしいなー。私クロイアが一緒にいてくれるのも嬉しいんだけど、ラフィーも一緒にいてくれたら……」

「何度も言わせるな。私はただお前達に対して借りがあるからこうして行動しているだけで、元居た場所に着いたらそこでお別れ。もう契約して下僕になりたくない」

「えー。私そんなことしないよ~? いいじゃん一緒に旅しようよー! 旅ってたくさんの人がいればいるほど面白いのにー!」

「ユカ――あまり彼女を困らせるな。正直私も彼女と一緒には行動したくないな。君のことを一度殺したんだ。まだ許したわけじゃない」

「イチイチねちねちしているな……」

「もうそれで喧嘩しないしなーい! もう先が思いやられるよ!」

 

 

 ●     ●



 この物語は――始まりの物語。


『死を呼ぶ存在』と呼ばれ、封印され、恐れられた異形と。


 不幸な人生を歩み、この世界に転生してきた少女が異形との出会い。


 そしてワプルシェロ国の王子とその所有物とされて生きてきた『全てを斬り裂く者』によって少女は殺され、封印が解かれた異形は王子に死を知らせ。


 王子を葬った後、異形は少女を己の眷属として生き返らせ、彼女の所有物になることを決意し共に生きることを誓った。


 そんな物語。


 だが、この物語はまだ序章である。


『死を呼ぶ存在』クロイアと、その眷属にしてクロイアの所有者、ユカ。


 彼女達に対して負い目を感じつつやり直しを行おうと行動する『全てを斬り裂く者』ラフィーリゼル。


 三人が一体どんな道を辿るのかは――彼等しか知らない。


 彼等の行く未来が、幸せへの道か、破滅への道なのかもわからないが、彼等は進むだろう。


 この物語が終わった世界を……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

CLOIA Ж『死を呼ぶ存在』と転生女子高生の出会いЖ ヨシオカ フヨウ @yoshiokafyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ