40.君と俺のこれからの物語

本日は2話更新。こちらはその2話になります。


前話をお読みではない方はブラウザバックして、前話の方からお読みください。いや、ほんとまじで。

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 事件から数日。


 俺とユキナはすっかり日常に戻っていた。


「はい、あーん」


「あ、あーん」


 差し出される匙。その上に乗った山芋を口にしながら、俺はあまりの気恥ずかしさに頬を真っ赤にして、ユキナから目を逸らす。


「ゆ、ユキナ。もう、怪我は治ってんだから、ここまでしなくても……」


 帝国の優れた医療技術により、あれほどの重傷もすっかり治って久しく、わざわざ甲斐甲斐しい世話をされなくても……と言う俺に、しかしユキナはキョトンとした眼差しで、


「いやでした?」


「い、いやじゃないけど」


 目をぱちくりと刺せながら俺を見やり、そう確認してくるユキナに俺は首を左右に振った。


 そんな俺を見てユキナはクスリとした笑みを浮かべながら「ならいいでしょう」と言う。


「いやでないのでしたら、私がしたいよう好きにさせてもらいますね」


「……なんか、図太くなりましたね、ユキナさん」


 したり顔でそう告げるユキナに、俺は苦笑いを浮かべてそう告げた。


 事件後からユキナはずいぶんと変わったものだ。


 いまみたいに自分の意志を前へ出して、我儘を言うことも多くなったし、加えて俺への接し方もかなり積極的になったため毎日俺の心臓はその限界に挑む羽目になっていた。


 あの事件から大きく変わったユキナとの関係。


 だけど、それが不快かといえば、ぜんぜんそうではないのだから、俺も俺でけっこう変化してしまっているのだろう。


 そんな風に思って俺はしみじみとユキナを見やる。


「ユキナはあの事件の後から変わったよなあ」


「そうですね。あの事件はいろいろとありましたからね……そういえば、シエラ様は?」


 ユキナの問いかけに俺は、ああ、と事件後アルス殿下から聞かされた言葉を思い出す。


「シエラは無事、逮捕収監。裁判はこれからだけど、とりあえずおとなしくはしているって」


 今回の事件の黒幕であったシエラ・ユリフィスは、あの後、おとなしく捕まり、いまは留置所にて裁判の時を待っている。


 シエラ自身、逮捕されたうえ、帝室が目を光らせていることもあってユリフィス家内の動きもおとなしいものだ。


 いまのユリフィス家はシエラの影響を排除した上で、現当主とその後継者であらせられるご長男の元で大きな改革の時を迎えている。


 ああ、そうそう。事件と言えばジュリアンの奴。


 あちら側も、まあ今回は首謀者がシエラということと、事件そのものにおいては直接的になにかをしたということもなかったので、未成年なのもあって法的にはおとがめなし。


 ただ、その代わり魔導高専は一時休学し、帝都にあるユリフィスの本家に戻されたようだ。


 シエラの力がそがれ、改革が断行されているユリフィス家の中だ。下手をすれば、塀の中に収監されるよりも厳しい監視の目がジュリアンに付けられることだろう。


 そのためジュリアンがもう一度悪事に加担するということもあるまい。


「シエラ様には、その……裁判を受けてきちんと罪を償ってほしいです」


「……そうだな。それが帝国の法ってやつだ」


 ユキナの言葉にそう俺は同意を返す。


 俺達がいる国──アルカディア帝国は法治国家だ。


 法律の元で統治がなされるこの帝国にいる以上、目的のために無法を働いた彼女にはしっかりと裁判を受けてほしい……それがもっとも彼女が受けるにふさわしい罰だから。


 そんな風な会話を俺とユキナが交わした後、俺は堅くなった空気を入れ替えるため、わざとおどけたような仕草で肩をすくめてみせた。


「まあ、事件があったりで大変だったけど、世はおしなべて事もなし、だ。俺達には俺達の日常が待っている。それでいいじゃねえか」


「ふふ。そうですね」


 口元に指をあて、柔らかく笑うユキナ。


 ここに来た当初にあったぎこちなさはそこにはなく、ありのままの自然体である彼女の姿を見ていると、なんとも感慨深いものがこみあげてくる──と、その時。


「は、ハルくん。一ついいですか?」


 唐突にユキナがそんなことを告げてきた。神妙な表情で俺のことを見詰めて、そう問いかけてくるユキナを俺は目を瞬かせながら見返す。


「ん? ああ、なんだ?」


 俺が返事を返すのに、ユキナは一度こくり、とその喉を鳴らし、意を決したような表情で彼女はこんなことを告げた。


「その、ですね。あの事件の最後、えっと。殿下や帝国軍の方々が駆け付けてくる前、私へ言ったこと覚えています……?」


 恐る恐ると伺うような眼差しを向けながらそんな問いかけをしてくるユキナに俺はますます首をかしげる仕草をしてしまう。


 疑問しながら、記憶を洗う俺。はて、あの事件で俺は彼女へ何を言ったのだろうか……。


「あ」


 思いだした。


 そうだ俺は、ユキナに言ったのだ。家に帰ったらいろいろと話そう、と。


「えっと、ですね、ユキナさん」


「あ、はい」


 しどろもどろになりながら口を開く俺。一方のユキナもなぜだか同じような表情になりながら返事を返すので、俺とユキナの間に妙な緊張が走ってしまった。


 部屋の空気が再度堅くなる中、俺はゴクリと唾を飲み下しながら口を開く。


「そ、その俺達の今後について話しあわないといけないと、俺は思うんだ」


 とりあえず、と言うようにそう切り出した俺に、ユキナもはっきりとした仕草で頷く。


「はい、私も同じ意見です」


 ユキナが同意してくれたことに、ほっと一安心して無でをなでおろす俺。


 その上で顔を上げて、俺はユキナの青い瞳をまっすぐと見据えた。


「ユキナ。俺と君は婚約関係だ。だけど、これはユリフィス家──シエラの魔の手から君を逃がすために君の義父上殿によって行われたものだってのは、もう君も知っているよな?」


「……はい。アルス殿下より伺いました」


 ユキナの義父──血縁上は伯父にあたる現ユリフィス家の当主がユキナをシエラの魔の手から逃がそうと画策したのが、今回の俺と彼女の婚約の発端だった。


 そのことはすでにユキナの耳にも入っていたようで、ユキナとの間でその事実が共有されていることを確認した上で、俺は真剣な面持ちでユキナにこう告げる。


「そういう意味では、俺と君の間に婚約関係を維持する理由はもうない。シエラの失墜と共にユリフィス家の内部も改革が行われているからな。これからは次期当主であるユリフィスのご長男を中心とした体制が築かれていくだろう。だから、その──」


 と、俺は意を決してとあることを口にしようとした。


 だけど、それを俺が告げるよりも先に、俺の目の前へユキナの掌がかざされる。


「──ちょっと待ってください」


 俺の言葉を遮り、ユキナはそう告げると、そのまま怒ったように眉根を寄せた。


「私は、ハルくんとの婚約を解消するつもりはありませんよ」


「えっ」


 ユキナの言葉に俺は思わず目を泳がせてしまう。


 対するユキナはそんな俺を見て「やっぱり」と頬を膨らませた。


 その上で、彼女は「いいですか」と強い声音で告げてきて、


「確かにはじまりはそうだったかもしれません。でも、いまは違います。いいですか、ハルくん。私は、あなたのことが──」


「待った! その言葉待ったぁぁぁああああああ‼‼‼」


 ユキナが口走ろうとした言葉を俺はとっさに遮る。


 先走ろうとした彼女は俺の突然の叫び声に面食らったような表情で固まる。


 そんな中、俺はユキナに対して落ち着け、と仕草で示しながらそれを言う。


「なにを勘違いしているのか知らないが、俺だってそういうつもりはないっ!」


 それだけははっきりと力強く断言する俺に、まじまじとした眼差しを向けるユキナ。


「で、でもいまの言葉は……」


「……だから勘違いだって。そりゃあユキナが望むのなら婚約も解消していい、と言おうとしたぜ。でも、その上で俺の言葉には続きがあんだよ」


 疲れた思いでため息をつく俺に、ユキナはますます困惑の表情になる。


「続き……?」


 ユキナの問いかけに俺は、ああ、と頷いた。


「ユキナ。君が望むのなら婚約を解消してもいい……でも、そうじゃないって言ってくれるのなら、それならば──俺と新たな関係を始めないか?」


「───」


 俺の言葉にユキナが両目を見開く。


 真ん丸に見開かれたその青い瞳。


 そんな少女の眼差しに気恥ずかしくなってつい視線をそらしてしまう俺だが、でも、こういうのは前世から男の方から言うのがいい、と相場が決まっている。


 意を決して、俺はユキナのことを見つめ返し、その言葉を口にした。





「──ユキナ・ヴァン・ユリフィスさん。あなたのことが好きです」





 少女への好意を告げた。


 親愛でも、友愛でもなく〝恋愛〟として、君が好きだ、と俺はユキナに言う。


「君のことを愛している。叶うならば、君と一生を添い遂げたい。だから、その最初の一歩として──俺の、恋人になってくれませんか?」


「あ──」


 俺の言葉に口を押えるユキナ。


 少女の両眼には涙がにじんでいた。


 それが悲しみから出たものではなく、うれしさに感極まった涙ということは、それなりに長くなってきた付き合いの俺にもわかる。


 ユキナが両目に涙をたたえ、その上で唇をかみしめること数秒。


 その間、俺はただ無言で返事を待つ。


 対するユキナは、一度両目を閉じて、自分の中にある感情を整理する間を置いた後、コクリと小さく首を縦に振った。


「はい、お願いします」


 ユキナからの肯定の返事。


 それに俺まで涙が出そうになる。


 だけど、俺は出そうになった涙を、上へ向いて止め、その上で改めて少女を見た。


「あー、その。俺から言っておいてなんだけど、俺でいいのか? 俺ってほら、君に嘘をついていたし、それに転生者だし……」


 少女と正式に結ばれたことで、ふと不安が芽生えてしまった俺がそんなことを口走るのに、ユキナは両眼に涙を出したままに「もう」と呆れたような声を出す。


「バカですね。私はそういうところも含めてハルくん──ハル・マグヌス・アリエル=レインフォードという男の子が好きなんです」


 ユキナの口からはっきりと出た俺への好意の言葉。


 それに俺は思わず呻き声を出してしまう。


 同時に溢れる少女の愛おしさに、俺は座っていた椅子を半ば蹴っ飛ばすように立ち上がり、そのままゆっくりと少女の方へと近づいて行った。


 衝動のままにユキナの前へ立ち、膝をついてユキナと視線を合わせて手を伸ばす。


 自分の頬へ俺の手が触れるのに、しかしユキナは抵抗することなく受け入れてくれた。


 そうして彼女の頬を撫でながら、俺はその青い瞳を至近距離で見つめる。


「えっと。ユキナ。嫌なら、拒絶してくれていいから」


「いやなんて、そんなこと。私は言いませんよ」


 ユキナからそう言葉を貰うことができて、俺は彼女へ顔を近づけた。


 俺の唇と、ユキナの唇が重なる。


 唇を通して感じる互いの体温。


 吐く呼吸が混ざり合って、どっちがどっちのものなのかわからなくなる。


 そうして交わされる唇は柔らかく……そして何より甘かった。


「ユキナ。好きだ」


「私も、好きですよ、ハルくん」


 一度唇を放し、俺とユキナは互いの顔を見詰めて微笑みあう。


 お互いの笑い声すら互いに混ざり合わせながら、俺は少女と愛を確かめ合った。





 ……きっと、これから先にも困難や苦難は待っているだろう。


 俺は転生者で、ユキナはユリフィスの令嬢。


 でも、それでも隣にこの人がいれば、それだけで俺は──俺達は、そのすべてを乗り越えられる、とそう思えた。


 これから俺は、ユキナと一緒に物語を刻んでいく。










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これにて、物語は完結となります。ここまでお読みいただきありがとうございました。


また、こちらの作品は「カクヨムコン9」に応募しております。順位的にもはや最初の読者選考を突破することは不可能ではありますが、その上で少しでも応援の気持ちがございましたら、☆とフォローのほどよろしくお願いいたします。


すべての読者のみなさまへ感謝を、作者の結芽之綴喜より。

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転生恋戦~転生者の俺だけど、国から決められた婚約者がすっごく甘やかしてきます。どうしよう~ 結芽之綴喜 @alvans312

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