39.終結
本日は2話更新。こちらは更新の1話目となります。
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──そうして、戦闘は終結した。
地面に倒れ伏すシエラ。
胴体を思いっきり断ち切られて、そこから血を流す彼女を見やりながら、俺は息を吐く。
「……勝った……」
シエラに勝利した。
三百年を生きる魔女を相手に、乾坤一擲の一撃が見事に刺さったのだ。
それによってシエラに勝つことができた俺は、そのことに気が抜けて──
「───ッ」
ぐらり、と視界が揺れる。
数々の激闘を経て、満身創痍となった体が倒れようとしている。
そうして地面に倒れるという、その寸前。
「ハルくん!」
横から手が伸びてきた。
やさしく俺を包み込む華奢な腕。
ユキナだ。
彼女が俺へと手を伸ばし、支えてくれている。
「すまない、ユキナ。たすかった」
「いいえ、これぐらい当然ですから」
クスリ、と笑う少女。
彼女から向けられるまっすぐとした眼差しがくすぐったい。
「……ユキナ。家に帰ったら、いろいろと話をしよう。これからのことを」
「……はい、ハルくん」
俺の言葉にユキナが両目へ薄く涙をにじませながら頷く。
そんな彼女の頭にポンと自分の手を乗せながら、俺は──いや、俺達は踵を返そうとした。
だが、
「……まだ終わっていないわ……」
背後からの声。
驚いて振り返った俺は、その視線の先で立ち上がるシエラを見た。
胴体の切り傷から多量の血を流しながらも執念だけで、立ち上がるシエラ。
その姿に俺とユキナは両眼を大きく見開く。
「……ッ。まだ終わらねえってのかよ……‼」
叫び、刀を構え直す俺に、シエラが爛々と輝く眼を向けてくる。
「まだ、よ。まだ。私は、ユリフィスは、終わってなんていない」
そう魂の雄たけびを上げながら、シエラは身の内から魔力を熾す。
あまりにも圧倒的な量であるがゆえに、事象すら歪め、陽炎のように揺らめく魔力。
シエラの発するそれを前にして、俺は唇を噛んだ。
そうしてまた戦闘が始まるのか、と思った──まさに、その時。
「いや、戦闘は終了だ」
またも声がした。
だが、それはシエラのものでも、俺の者でも……ましてやユキナのものでもない。
低く、しかしよく通るそれは、男声。
うすく威厳すら讃えたその声を発するのは突如としてこの場に現れた一人の少年のものだ。
「アルス殿下……!」
振り向いた先で見た黒髪のその容姿に俺は驚く。
対するアルス──帝国の皇族にして、今上皇帝陛下の甥にあたるアルス・アルカディア殿下は、数人の部下を引き連れながら、俺とシエラの前に立つ。
「すまないな、ハル。すこし遅れた」
一度俺へと振り向いた殿下は苦笑しながらそう告げた。
その上で、殿下は視線をシエラの方へと向け、その顔に皇族の人間らしい威厳に満ちた表情を浮かべる。
鋭く、今回の元凶たる魔女を見据えるアルス殿下。
「シエラ・ユリフィス。戦闘はそこで終了してもらおうか。すでにこの建物は帝国軍が包囲している。もはやここで戦闘を続けても貴様に勝ち目はない」
厳かに殿下が継げている通りだった。
術式を使って周囲を観測すれば、この建物全体を帝国軍の魔導師部隊が包囲している。
建物の中にも相当数の軍人がいる状況。
いくら相手が十二騎士候であっても十分に制圧が可能なだけの戦力が自身を包囲する状況はシエラも感じ取っているのだろう。
魔女が目を細めて殿下を見る。
さらに殿下が視線を横へと向けた。
殿下が視線で指し示す先には、銀髪の少年──ジュリアンの姿があった。
軍人の手で後頭部に銃口を押し付けられているジュリアンは、その両手を上げて降参の姿勢を取りながらシエラへと忸怩たる眼差しを向けている。
「……シエラ様……」
「……そう、ジュリアンを人質にするのですね」
どうやら先に監視室を制圧した上で、そこにいたジュリアンを連れてきたらしい。
ジュリアンを人質にとる形で、シエラを睨む殿下に、魔女は顔を歪めた。
そんなシエラをアルス殿下が見据える。
「この通り、ジュリアン・ヴァン・ユリフィスをはじめとして、他の手勢は全員確保済みだ。それでも戦うというのならば……最終手段を行使することもいとわない」
殿下が告げる最後通牒。
最終手段……すなわち、シエラ自身の命を奪うこともいとわないと告げる殿下に、シエラはただただ目を細める。
いまだ身の内から発し続ける魔力。
三百年の時を生きた魔女が発するそれは、この建物などその中にいる人間ごと氷漬けにさせることができるほどの威力を秘めていた。
そんな魔力を発するシエラを前に、軍人達も殺気立つ。
一触触発の状況。
ユリフィスの最長老と帝国軍の魔導師部隊がいつぶつかってもおかしくない……というその中で、しかし意外にも先に臨戦態勢を解いたのはシエラの方だった。
「……帝室の方に言われれば、臣として従うしかないわね」
告げて、シエラがその場で跪く。
自らの体から血が溢れだすのも構わずアルス殿下の膝下に
まさに帝室の臣下として堂々たる姿をさらすその様はいっそ見事と感じるほど。
「降伏いたします、殿下。私のことはいかようにでも。ですが、此度の件、ユリフィスの者には──特にジュリアン・ヴァン・ユリフィスには咎を向けませぬように。すべては、私が企てそそのかしたことですので」
殿下に対して降伏を宣言しながらも、ジュリアンの減刑を嘆願するシエラに殿下は一瞬目を細めて魔女を見詰めていたが、すぐに片手を上げてジュリアンに向けられていた銃口を下げるように部下へ指示する。
「……承知した。もとより未成年のジュリアン・ヴァン・ユリフィスに罪を問うつもりはない──だが、貴様にはきちんと法の裁きを受けてもらうぞ」
帝国の皇族として、帝国の法に基づき裁くことを宣言する殿下。
その上で「連れていけ」と告げた殿下の言葉に従い背後の帝国軍人がシエラを拘束する。
大怪我を負っているので、丁重に、ではあったが、それでも確かにシエラは罪人として捕縛され、そのまま連行されていく。
シエラ・ユリフィス……ユリフィス家の最長老にして、三百年の時を生きた魔女の権威は、そうして崩れ去った。
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