第5話 勇者さんの正気度がやばめ

「……私思うんですけど。ユージ氏はとっくに強くなったのだから、もうずっと独り身で一匹狼貫いたらいいのでは?」


「それは」


「ぶっちゃけ復縁とか新たなハーレム犠牲者を生むより、手っ取り早くて現実的かと思います。オススメです」


「や、優しくねぇこの人……」


 失敬な、こんなに親身になって考えてあげたのに。お酒の為に。


「自分一人じゃ上手くやれそうにないかも、と甘えるのはよしましょう? あなたは一人で大丈夫です、勇者です。そりゃあ強いです。お一人様ソロ人生に永久就職しましょう?」


 春の日差しにも似た穏やかで慈愛に満ちた眼差しを向けているにも関わらず、ユージ氏は心のない人でなしを見るかのような顔で見返して来た。

 どういうことなの。私はきちんとユージ氏の性格や不安に寄り添って、解決策を具体的に提示しているのに。一人で生きて死ねばいいじゃない。


「俺にも人並の感情とかあるから……人肌恋しい的な情緒備わってるから……」


「小鹿のような目で言われると腹立つ。とりあえずあなたが愛情を利用して踏み躙った奥方達に死ぬまで詫びて下さい」


「すみませんでしたあああああ!」


 リズさんが言ってましたっけ。ユージ氏は本質的に甘えん坊さんだとか。この甘ったれめ、誰かになんとかして貰いたい願望をこの期に及んで捨てられんのかい。

 よし、私の使命はユージ氏の心をへし折って、人生お一人様コースへ導くことですね。了解した。


「でもね考えてみて下さいユージ氏。奥方達を何人も養うより、お手伝いさんを一人雇って家事を任せた方がお安いし楽ですよ?」


「それはまあ……金に関してはね、そうだね」


「そして商売嬢に貢ぐ。これで完璧です。全てを金で解決すれば犠牲者ゼロの平和な世界ですね」


「え、えっぐい……メンタルがえっぐいわ」


「ユージ氏、別に働くのが嫌なわけでもないでしょう。探索には真剣に励んでらっしゃいますし」


「ああうん、モンスター相手はまだ気楽っていうか。俺もう他に何もないし、ライフワークだから……」


「つまりユージ氏は労働ではなく、家事とか家族サービスとかが出来ない……思いやりがなくて致命的に家庭に向かない系の屑」


「真顔で罵られて喜ぶ趣味はないんだよなぁ!」


「ならばやはり独身バツ五で、死ぬまで探索に明け暮れるのがいいと思いません?」


「ダンジョンで孤独死とか現代の闇が極まるにも程がある!」


 私の渾身の力説と説得にユージ氏は膝から泣き崩れた。成人男にくれてやる情けはありませんね。ここらでトドメ刺して行こうね。


「反論の余地がないことくらいご自覚ありますよね? 現にあなたのハーレム崩壊しましたしね」


「やめて……もうやめて……っ」


 俺が悪かったからぁ、一人にしないでぇ……とめそめそしているユージ氏。自覚を促した達成感と共に、私は踵を返した。


「具体的な人生設計に至った以上、もう私のアドバイスは必要ないと思います。ユージ氏、よきお一人様ライフを!」


 じゃ! と片手で挨拶して、私はその場にユージ氏を置き去りにして帰った。その清々しさよ。自宅のお布団にくるまるやぐっすり眠れた。快眠。



***


「やっぱり時代はモン娘だと思う」


 翌日ギルドの受付嬢として励む私の前で、腕組みした屑はそう言った。


「もんむす、とはまさか女性型モンスターのことでしょうか?」


「うん、そう! 俺昨夜真剣に考えたんだ。ダンジョンで孤独死する将来を! ならもうモンスターでハーレム築けばいいじゃんって!」


 ──正気じゃねぇ。こいつ……いかれちまってる。もう遅すぎたんだ……


「正気じゃねぇ。こいつ……いかれちまってる。もう遅すぎたんだ……」


「大丈夫、まだ普通に正気度ある! 聞いてルル嬢!」


「あ、うっかり口にまで出してしまった……私としたことが……っ」


 わなわなと屈辱感を噛みしめる私の前で、さも名案を閃いたとばかりの表情でユージ氏は語った。


「モンスターなら人間の価値観とか権威とか政治事情なんて無関係なわけよ。ただ弱肉強食の世界、なら俺が天辺取れば即ち全てのモン娘が俺のハーレムって寸法よ」


「あなたこれまで探索中に殺したモン娘の数を数えてご覧なさい」


「や、やめて! それは仕方ない過去の軋轢だから! その時は敵同士だったから……!」


「もしあなたがモンスターを従えるようになったら、普通に討伐対象のお尋ね者ですし全勢力を挙げてぶち殺しに行きますね」


「そう? 俺本当レベルだけはめっちゃ高いよ? 強いよ? そんなこと言って平気?」


 余裕綽々な態度でニヤッとするユージ氏。内容自体は私も否定しませんよ。


「ユージ氏のレベルが高いのは確かですが、引けを取らない探索者も存在しますよ、当然ながら。例えば各地のギルドマスター」


「……あー、そうだった。俺がこっち来て訓練受けてる間の時間稼ぎに魔王に挑んでた人達はそうだよな、強いわ」


 それで重傷を負って後遺症が残り、今は飲食店でママをしている人もそうです。

 ユージ氏は意外にも、ギルマスにはいつか挑戦してみたいなぁ、などと言っている。でもねユージ氏、人間って本当すぐ死ぬ生き物なんですよ? 強さに関係なく殺せる程度の生き物なんです。


「私ならまず溢れる程毒水を流し込んだり、内部を有害な気体で満たしたり、火を点けて出入り口を塞げばいいかなと思いますね。呼吸を許さぬ」


「何このガチめに殺意高いプラン! ごめんなさい!!!!!」


「モンスターという名の資源と脅威はいずれ増えますが、ユージ氏は一回始末すれば片付くので楽でいいですね」


「畜生! ハーレムも儘ならないこんな世界嫌いだ!」


「じゃあお人形さんに目覚めたらいいんじゃないですか? 少なくともモン娘よりは無害で安全です」


「うーん、流石に無機物には食指が動かないかな……でもめっちゃ美少女造形なゴーレムが存在する可能性に賭けて探索行ってくるわ」


「お気を付けて行ってらっしゃいませ」


 一人探索に向かうユージ氏を見送り、私は業務に戻った。なんだかすっかり仕事を忘れた物言いになってしまっていた気がする。悔しい。クールで高貴なお澄まし営業モードの私よ、帰って来るのだ。そんな気分よ。

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