第6話 ハーレム勇者ザマァでメシが美味い私

「いなかったよ……美少女ゴーレム……」


「それはそう」


「でもハニワ型は見付けたんだ。ルル嬢にお土産」


「えっ、いらな……いやちょっと可愛い」


 ゴトッとカウンターに置かれた何か。奇妙なフォルムの小型ゴーレム。ありかなしかなら割とありかも……うん、あり。

 重量はまあまあ。ゴーレムにしては本当に小さい。置物に出来るくらい。ゴーレムの幼体か何かだろうか?


「大丈夫、ちゃんと死んでるしもう動かないから」


「はあ、それはどうも」


 間違いなくどこに置いてもそこそこ邪魔になると分かるのに、うっかり受け取ってしまった。いやなんとなく可愛かったから。


「それでさ、昨日はもういいって言われちゃったけど。俺話したいことある、今日も飲みに行こうよ」


「……まあいいですけど」


 今更ですし、元々期間は半月って話でしたからね。

 そうして仕事終わり二人で店に行った。今日のオススメは野菜のくたくた煮込み。

 とろみのあるクリームスープに、塩気の強い腸詰と歯応えの歯の字もないしんなりお野菜が沈んでいる。シャキシャキもいいがこれはこれで好き。


「ルル嬢に乾杯」


「お疲れ様でーす乾杯ー」


 ジョッキをごつんと合わせ二人して呷る。うんうんこれこれ。


「昨日はごめん、八つ当たりしてしまった」


「酒の席の話です。その謝罪で流しましょう」


「やだ、男前」


「見習ってくれてもいいですよ? ぷはぁ」


 ユージ氏はえらく無邪気に笑った。そうして見ると幼いというか、まだあどけなさを感じる面立ちだ。男性にしては、だけど。


「俺、酔う程酒飲むって初めてだった。いっつも毒とか寝込みの心配とか、暗殺者でも送り込まれて来るんじゃないかと疑ってて。酒の席って楽しいもんなんだな」


「……その点に関しては、この世界の住民としてお詫びしないといけません。異世界の勇者様、あなたをそこまで追い詰めたのは、紛れもなく私達です」


 困ったように笑う黒い双眸を真っ直ぐに見る。きっと苦しめて来た。魔王との戦いが、帰れない事実が、遠い異国の出来事と無関心に過ぎるこの世の人々が。


「助けてくれてありがとう。あなたの人生を犠牲にして、この世界は救われたことをもっと真剣に考えるべきでした」


「……いいんだ」


 彼が今どんな顔をしているか見えなくなった。でも項垂れた前髪の先から、何かが零れ落ちて行くのは見えた。


 この人には多分、心の支えがもっと必要だったのだろう。もし心を診ることに長けたお医者さんが一人でも傍にいたら、ここまで不安に追い込まれて他人との関わりに苦しんだりしなかったのかもしれない。世界にただ一人きりという孤独を、違う形で癒せていたのかもしれない。


「俺は、駄目な奴でさ。家に帰るともう、なんにもする気力もなくなってしまって。世話されるばっかりで。皆に甘えてしまうばっかりで。どんなに優しくして貰ってたか本当には理解出来ないまま、結局何一つ返せなかった」


 彼女達を不幸にしてしまったことが申し訳ない。経歴に傷を残してしまったのも心苦しい。今になって後悔が追い付いて来たんだ──……


 彼はそう言って目元を拭った。残念ながら互いを幸せに出来る巡り合わせではなかったのだろう。そういうことも人生にはある。


「気付けてよかったじゃないですか」


「うん……」


「あなたが気付いて変わったなら、あなたの人生もきっと変わって行きますよ。これから」


 ジョッキを傾けぐびりと喉を鳴らす。ユージ氏は笑ってそうだねと言った。


「昔々その昔、お酒は憂いを祓う神聖な飲み物と言われてたそうですから。ご利益があったんだと思います」


「そっか、だといいな」


「敬虔なるお酒教信者の、私に」


「あれ? 今なんかスゲー台無し感に見舞われた気がする……」


「まあ飲め、門出の祝い酒だ。飲め」


「ルル嬢さ、俺の故郷じゃ酒は飲めども飲まれるなって言うの。覚えといた方がいいと思う」


「分かりました!」


「スルーしましたって意味だなこれ……」


 その晩は二人で笑って楽しく飲んだ。お酒の席はこうでないと、と思える賑やかしさがあった。恐らく私達が飲み交わすのは、今日が最後なのだろう。予感がした。

 別れの時こそ笑って酔う──酒飲みはそんな粋と浪漫を求める生き物でもある。


「……それ、どんな歌ですか?」


「これぁね、友達にさらばっつって旅立つ歌ぁー」


「ほほう。私ユージ氏の故郷の歌、どれも好きな感じでしたよ」


「あんがとー。俺もね、ルル嬢のざっくばらんなとこ、助かってたよ」


「どういたしまして」


 流石に酔いが回り過ぎてユージ氏の声の出は今一つだったけれど、旋律がいいのは分かる。今日もご機嫌な鼻歌を聞きながら、二人で少しばかり歩いた。


「俺、旅に出るよ。元の世界への帰り方、また探してみる」


「お一人でですか?」


「俺は優しくしてくれる人に、どうしても頼り切るから。全部預けて押し付けちゃう奴だから。一人じゃないと駄目なんだ」


「……自分で頑張るんですね」


「うん、これは俺の……俺にしか意味のない願いだからさ」


 かつて、縁も所縁もない世界の命運を身勝手に託され、見ず知らずの人々の未来を強引に背負わされた人。魔王を倒す使命の後、人間にもたらされる恐怖に苦しんでいた勇者が……今また旅立とうとしている。


「叶うかどうかは、いいや。この気持ちだけは捨てちゃいけないんだ。俺、この世界好きじゃない。きっと死ぬまで好きになれない」


 ──だから行かなきゃ。


 自分の命一つを抱え、願いだけを求めて歩き出した。あてのない旅路でも、報いのない苦難でも……自分の為だけの生き方をと。


「行って来る!」


「ええ。どうか、お気を付けて……行ってらっしゃいませ」


 出発する探索者を一番最初に見送るのが受付嬢の仕事。私はいつもの角度で頭を下げ、いつも通りに見送った。月夜の果てまで行くその人の安寧を祈って。







***


 バターン! と乱暴にギルドの扉が押し開けられた。息急き切って駆け込んで来たのは、黒髪黒目の青年だ。秒で見なかったことにした。


「ルル嬢助けて! ヤンデレに殺される!」


「半年足らずで戻って来ないで下さいよ」


「いやいやいやいや、これはガチで困り果ててるの! あ、ハニワ結局受付に飾ってんの?」


「ギルドの守護神と言い触らしてるところです。で、ヤンデレさんに何をやらかしたんです? 死んでお詫び申し上げましたか?」


「破落戸から助けただけだよ俺は無罪!」


「年貢の納め時なんじゃないですか」


「嫌だ! ハーレム腹上死以外断固拒否する! ヤンデレとハーレムは食い合わせが悪すぎてもう端からノーセンキューなの!」


「ユージ氏ィ、お前本当そういうとこ。ハーレム勇者ルートは崩壊しましたぁ。ゴミの日にお出し下さーい」


 とりあえず困り果てたユージ氏の泣きっ面で今日はメシが美味い気がする。お酒はいつでも美味しいのは言うまでもないです。


「や、奴の気配が!? 今凄いゾワッてした!」


 無視して帰ろうお金にならないから。お疲れ様です本日の営業は終了しました。

 今日は勇者さんの不幸を肴に酒飲んで美味いメシを食べまーす。




【完】

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ハーレムは崩壊しました!~或いは勇者ザマァでメシが美味い受付嬢の独白~ 波津井りく @11ecrit

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