第2話 今日も酒が美味い私

「っあー! 酒が染み渡りますわぁ!」


 ドカッと空にしたジョッキを置くと共に思わずそんな声が出ていた。

 これを男性の前でやると大体ドン引きされるが、人生お一人様コースに永久就職を決めた私には問題ない。仕事ではきちんと風紀を乱さぬ言動をしている。

 プライベートを満喫することを咎められる筋合いはないのだ、今日もお酒が美味いのだ。ぷはぁ。


「最近楽しそうに飲んでるわねぇ、ルル」


「聞いてよママ。あの異国のハーレム勇者さん、とうとう奥さん全員に逃げられちゃったのよ」


「あら本当?」


 俄然興味を惹かれた様子でママがぐいっと身を乗り出す。鍛え抜かれた大胸筋と上腕二頭筋がヘルシーでいいと思う。怪我で引退さえしていなければ、うちのギルド最強の探索者は今でもママことゲイノルド氏だったろう。


「可哀想ねぇ」


「悪い顔してるよママ」


「あらやだ」


 別れ際の仔細を語って聞かせれば、言葉とは裏腹な笑みを浮かべるママ。

 まあこの国では重婚者って白い目で見られて当然だから、致し方ない部分はある。

 私だって女性を何人も侍らせる男には多少嫌悪を感じる。当事者が納得していたとしてもね。わざわざ相手に伝えはしないけど。


「アタシったらつい、モテ男ザマァでウケる! って顔しちゃったわ」


「いや分からないでもないよ。私は顔に出さないけどね」


「接客業の鑑ね。見習わなくっちゃ」


「単に鉄面皮なのもあるけど」


「そうね、もうちょっと笑顔が可愛く出来たら、ルルもきっとモテモテよ。ハーレム勇者くんみたいにね」


「元ハーレム勇者さんだけどね、もう」


 ハーレム崩壊の事実は一晩で知らぬ者のない程に出回った。以来ユージ氏はギルドに顔を出さない。元の国に帰ったのだろう──


 そう思っていたのだけれど。


「お待たせしました……おや、お久し振りです」


「ああ、どうも……受付のおねーさん……」


 乾涸びた魚みたいな有様のユージ氏がギルドに現れた。周囲がひそひそ囁く中、ユージ氏は思い詰めた顔で受付カウンターに肘をつき指を組む。


「指名依頼をお願いしたいんだ」


「畏まりました。指名される探索者のお名前は?」


「ルル・エイドレット」


「は……?」


 いや、確かに私も元探索者で有資格者だけれども。


「ルル嬢に依頼したいんだ、俺が女心の分かるハーレム勇者になる為に……!」


 ──こいつ、さてはあまり懲りてないな。


 不思議とそんな直感が働いた。言葉は殊勝なようでいて、結局誰かを真っ先にあてにする根性が透けて見えたせいだ。


「……私は勤務時間がございますので」


「うん、なので勤務後の二時間ばかりを俺に下さい。期間は半月、夕食代はこっちで持つ。そのついでに俺に知恵を授けて欲しい!」


「ふむ……ちなみにですが」


「酒代は払わないぞ。食事と違って必須じゃない個人の嗜好品だし、問題ないだろ?」


 チッ、シケてやがる。


「今舌打ちした? 勤務時間内なのにその応対はどうかと思う……」


 だがまあお酒の額だけ払えばいいのはお得ではある。拘束時間も食事含めて二時間なら許容出来るかな。相談事なのも職員としては断り辛い。


「ふう……物凄く仕方がありませんねぇ……」


「これ勇者の勘なんだけど、今恩着せがましく振る舞うことで主導権握ろうとしてる?」


 この日から私は半月ばかり、元ハーレム勇者ユージ氏の相談係に着任した。



***


「とりあえず大ジョッキ二つ! 料理は今日のオススメで!」


「はいよ」


「……ルル嬢、こういう店にも来るんだな」


 今私達が食事を頼んだのは、大通りから少し離れた大衆食堂。探索者よりも普通の家族連れが入店する地域密着型の店だ。


「私そんなに懐に余裕がないので、安くて美味い店に出没しますよ」


「てっきり真横に給仕がついてサーブする店でしか食事しませんな人かと思っていた」


「よく言われます、高貴な顔立ちって意味だと捉えることにしています」


「いや、こだわりが強そうというか、大衆向けとか見下してそうって意味」


「ユージ氏ィ、お前本当そういうとこ。素で無神経なとこ」


「!?」


 これはご当人からの指名依頼であるからして。という大義名分の元、私は言葉選びの配慮を欠くユージ氏をまあまあの勢いで説教した。


「相手が他人でも身内でも、自分が言いたいことを好きに言っていいと思ったら大間違いですよ。好き放題言うからには、その後相手にどんな恨みをぶつけられても復讐されても文句言わない覚悟で言いなさいよと。私は絶対腹立った言葉忘れないたちなので特に気を付けて下さい」


「うぐっ……親しき仲にも礼儀ありって言うよな、うん」


 注文したジョッキが運ばれて来たのでぐいっと呷る。酒精が喉を焼いて行く感覚に、ああ飲んでるぅと実感する。ぐびぐび。


「これは女の勘ですけど。ユージ氏これまで奥方様に平然と、お前そういうの下手くそだよなぁとか。俺がやった方が早いだとか。何考えてんだよ馬鹿とか。その手の言動繰り返してません?」


「えっ……いや、時と場合による、かな?」


「日常的に相手を貶す言葉を自然と使う奴ってことですよ。自覚してないみたいですけど」


「いやぁ、貶すって程じゃなくね?」


「その言動のどこに相手を労わる要素があるんです? 理解力が低い状態異常か何かですか?」


 続いて料理も運ばれて来た。きゃっほう今日は臓物の煮込みだ! 捗る!


「……俺、確かに口が悪かったかも」


「口以前の人間性ですよね、性根が腐ってる。かもじゃなくて現実見ればいいと思いますよ」


 最早誰一人傍らにいない、全員に見捨てられた現実を直視してどうぞ。ぷはぁ。


「でもまあ、直す気があるからこうして依頼されたんでしょう。悪いことは言いませんから、会話術や夫婦円満の秘訣をプロの方に習うといいかと。物事の捉え方、言葉選び一つで人との関わりは変化するものです」


「プロか。そうだな、プロの話術や心得を習得して……」


 煮込みをつつきながら、ユージ氏はキリッとした顔で言った。


「今度こそ、理想のハーレム家庭を築き上げてみせる!」


「この国、重婚は違法なんですよ屑」


 人間ってそんな簡単に性根が変わるはずないんですよ。知ってた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る