ハーレムは崩壊しました!~或いは勇者ザマァでメシが美味い受付嬢の独白~
波津井りく
第1話 勇者さんは駄目夫
「待ってくれよリズ! お前にまで見捨てられたら俺……!」
「見捨てるとか見殺すとかじゃないんですユージさん。このまま一緒にいたところで、先の展望などないんですよ」
「いや、俺頑張るから! これからはリズの為にもっと働くし家事だって手伝うから! 行かないでくれよ!」
「手遅れになってから頑張る人を信用する者はいません」
探索者ギルドのド真ん中で修羅場、もとい愁嘆場が繰り広げられていた。黒い双眸に涙さえ浮かべて、青年が司祭の出立をした女性に縋り付いている。
ここらでも有名な、異国から来た勇者率いる探索者パーティー……だった夫婦である。パーティーは既に跡形もないけれど。
探索者同士の結婚は珍しくないが、彼らの場合この国で法的に許されていない一夫多妻のハーレム婚だった為、下世話な意味も込みで有名なのだ。
元はご夫婦総出のハーレムパーティーも、魔王退治とダンジョン攻略では勝手が違ったか。五人いた奥方が一人また一人と離別して行き、遂には最後の一人が絶縁を突き付けていた。
リズと呼ばれた女司祭は、夫とのパーティーを解消する為ギルドを訪ねて来たのだが。そこに追い縋って来た青年ユージ氏は必死の引き留めを試みていた。無駄な足掻きと思うけれど。
女性って案外見切りを付けたら早いのだ、特に男関係は冷めたらおしまい。
一度は引き留められても、それは我慢に比率を置いたものなので、またかと過った瞬間もう二度と振り向くことはない──
そんなことを思いつつ、私は離婚秒読み夫婦を白い目で眺めている。他の探索者達も同じように。ギルドのド真ん中でするこっちゃない。
「やたら騒ぎを起こすな、あの勇者」
「最近ご家庭の事情が芳しくないご様子ですね。ギルド内に持ち込まれるのは困りものですが」
依頼を受理した目の前の探索者も、呆れ顔で二人を眺めた後ダンジョンへ向かった。私はその背中に頭を下げてお見送りする。
「どうかお気を付けて。行ってらっしゃいませ」
ユージ氏は探索者としては経歴が短いものの、レベルは頭抜けて高く腕尽くで追い出すのは難しい人。ギルドマスターの到着が待たれる。
「……ユージさん。頑張って働くのもお手伝いも、本来言われるまでもなく当然のことなんですよ? 呼吸することを努力と言いますか? 言いませんね?」
「それは……でも、皆がいたし……」
「複数人であるからには、負担や苦労もその分増えるものです。考えるまでもなく」
リズさんは深い溜息と共にこれ以上面倒は御免だ、とありあり浮かんだ眼差しをユージ氏に向ける。
「私はこの世界に勇者として召喚されたユージさんを尊敬していました。勇者だから、ではありません。身寄りも所縁もないこの世界で、一人でも頑張ると決めたあなたが素敵だったからです」
リズさんの言葉には愛惜が籠っていて、ユージ氏に抱いたであろう在りし日の憧れや敬愛が窺えた。それも今や風前の灯火のようだ。続く言葉はきっぱりした響きで耳を打った。
「ユージさんは皆でいると駄目になってしまうタイプの人なんだと思います!」
「そんなことないだろ!?」
「いいえ、私は確信しています。ユージさんは本質的に甘えん坊さん……仕事も家事も誰かがいれば、その誰かがなんとかしてくれるだろうと考える質なんですよ。間違いなく!」
衝撃を受けた顔のユージ氏は僅かによろけた。他の方にぶつからないよう充分注意して欲しい。いい歳した男が甘えん坊さん呼ばわりされるのを聞くのも割とキツイ。
リズさんはもうこれが最後だからとばかりに、勢いよくぶちまけて行く。
「お嫁さんは旦那様のお母さんじゃありません。私はユージさんを育ててあげる為に結婚したのではありません。もうそういう風にしか考えられなくなってしまったので、終わりにしましょう」
既婚女性のギルド職員が俄かに拍手を送った。思うところがあったようだ。
彼らの生活のほんの断片を耳にしているだけなのに、不思議と私の脳裏にも何故かありありと浮かぶ光景がある。
家に帰ったらまず真っ先に横になるユージ氏。奥方達は探索で汚れた衣服を洗って食事の用意に取りかかって、風呂釜を掃除して湯を沸かす。けれど沸いたら沸いたで何故か当たり前のように一番風呂に入るユージ氏。これちょっと苦手な味付けだなと溢すユージ氏。畳むとこまでやって貰った衣服を、片付けるでもなくぽんと置いておくだけのユージ氏……うん、ギルティだな。
物証のない想像のはずなのに、他にも可能性があるとは思えない。
「お、俺だって頑張ってるんだよ! 前衛職だし身体張ってるし! 後衛のリズには分からないだけだ!」
「……そういうところですよ。前衛と後衛は求められる方向性が違うだけで、そこに優劣や上下はありません。それは男女の性差でも同じです。前衛が身体を張ること、後衛が命を預かること……その重さが違うとでも? 昔のユージさんなら、絶対そこを引き合いに出したりしなかったのに」
がっかりした顔でリズさんは背を向けて去って行った。何かを言い返そうとしたのか、まだ引き留めたかったのか。口をぱくぱくさせたユージ氏は、結局項垂れその場を動かなかった。
魔王を打倒した異国の勇者の肩書きを背負い、鳴り物入りで探索者ギルドに名を連ねたパーティーは、こうして解散の時を迎えた。
独身男の探索者が『今日は美味い酒が飲めるぞ』とそわそわしている。私もです。
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