食べるならショートケーキ以外で
大和田 虎徹
葉尻戸 羽印はショートケーキ嫌い
葉尻戸 羽印(ばじりこ ばじる)は、ケーキ屋のディスプレイで悩んでいた。
(ショートケーキしかない……困ったな……)
そう、彼はショートケーキが嫌いであった!嘘である、苦手くらいの感覚である。角の立たない言い回しは、社会人として疲れ果てた彼の知恵である。
別に、特別嫌な思い出があるわけではない。単純に、趣味嗜好の問題である。葉尻戸 羽印は、好きなものを最後に残しておく人種であった。そして、幼少と言うものは得てして酸味が苦手である。
案の定、初めてのショートケーキは「酸っぱいいちご」の記憶しかない。大人になった葉尻戸 羽印は、「酸っぱいいちご」はクリームの甘ったるさをほどよく和らげるものだと知識では知っている。しかし、子供は考えているようで案外直情的、それでいて自分なりに組み立てるもの。そもそも、人間の味覚は酸味や苦味を「食べ物ではない」と認識するようにできている。
結果、ショートケーキが苦手な子供になり、そのままショートケーキが苦手な大人になった。そして、少数派になった。
街にあふれるショートケーキ、ケーキの王様。それは、少数派の葉尻戸 羽印にとっては少々の苦痛であった。そう、例えばこのような場面で。
(諦めて買って帰るか……?)
しかしそれは打開される。追加のケーキがやってきた。トレイに乗せられた色とりどりのケーキたち。たとえショートケーキ専制国家であろうと輝く甘美な色彩。それはまるで絵の具をそのまま乗せたキャンバスのように。それはまるで夕暮れ過ぎのすべての色に染まった空のように。
結局、うだうだ悩んでもしょうがないのである。
(チーズケーキと洋梨のタルトにするか)
満たされた時間は、決して高級品でのみ完成する訳ではない。ささいな幸福が、手頃に手に入るだけでいい。
食べるならショートケーキ以外で 大和田 虎徹 @dokusixyokiti
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