人生迷子

「なんでだ……」

 月島桜花つきしまおうかはこの世の終わりのような顔でスマホの画面を凝視する。

 もう何度目かわからないご縁の無かったお祈りメールだ。

「サイズぴったりなオーダーメイドのリクルートスーツ。アホ毛一つない黒髪のポニーテール。地味になりすぎないなナチュラルメイク。受け応えは聞き取りやすワントーン上の声でハキハキと。自然な笑顔の練習も完ぺきだったはず……なのに、なのになぜ」

 ぶつぶつと指折り確認しているが、本人は全く理解していない。不採用の理由は見た目の話ではないのだ、と。

 桜花は昔からそうだった。典型的な形から入るタイプ。

『お姫様になりたい!』

『プ〇キュアになりたい!』

 幼少期は何にでも成れた。両親や祖父母がそれはそれは可愛がり、欲しがるものは何でも与えて、なりたいといえば完璧な衣装を用意した。

 そう完璧な衣装を身に着ければなりたいものに成れると信じて疑わなかった。

 それは思春期に入っても凡そ変わらず、モデルになりたいと流行りのおしゃれに身を包んでは運よく読モになり、桜花に余計な自信をつけさせてしまった。

 だが人生はそう甘くはない。

 読モとはいえそれまでのごっこ遊びとはわけが違う。ただ流行りものを身にまとっているだけでは当然ダメなのである。しかし桜花はおしゃれに興味があるわけでも、美意識が特に高いわけでもなく、単にモデルになりたいという一種の変身願望によってそこに立っているだけ。結果としてうだつが上がらずに終了。

 それでも学生のうちは気の向くままに仲間内で楽しく過ごしていたからそれでもよかった。

 それも大学三年、就活シーズンに突入するとそうはいかない。

 仲の良かった友人がいつの間にかやりたいことを決めて次々と内定を決めていくなか、桜花は一人取り残されていた。

 仕事としてやりたいことは全く考えていなかった。とりあえず適当に良さげなところを何個か受ければどこか入れるだろう。と軽く見ていたのだ。

 気を付けたのは「ちゃんとした就活生らしく見える」ことだけ。履歴書も面接の応答もテンプレの大盤振る舞い。

 結果は言わずもがな。

 変身願望を極めてコスプレイヤーにでもなれればまだ道はあったかもしれないが、桜花のそれはあくまでも気分。サブカルに特化しているわけでもない。 

 そうして現在に至るころには三年が経過していた。

「どうでもいいアルバイトには簡単に受かるのに、なぜちゃんとした面接には落ちるんだ?!」

 大学を卒業して二年。新卒というアドバンテージすらなくなり、顔がいいだけの桜花はますます正規雇用から遠ざかっていた。

 コンビニバイトと外見重視の不定期なイベントスタッフでどうにか食いつないでいる。

 読モになる程度に顔面偏差値は高く、頭が悪いわけでもない。性格が悪いわけでもなく、人当たりもいい。

 ただ、本当にで入ってしまうから、中身が伴う前にご縁を切られてしまうのだ。

 それに気が付かず、だれからも指摘されてこなかったことが最大の不幸。本人は何がダメなのか真剣にわからない。

 そして三年間もお祈りメールをもらい続けると人間やる気を無くす。

 むしろ良くここまでやれたと感心するレベルである。

 桜花は深いため息をつき目をつむった。そして勢いよく上を見上げると……

「よし!旅に出よう!」

 現実逃避をすることにした。

 

*


 さて、旅をすることにした桜花の最初の段取りは……

「旅の定番は大きなキャリーケース!あ、でも旅人なら大きなリュックサックか!」

 行き先でも目的でもなく、荷物を何に入れるか。そう、形からである。

「うーん、迷うところだけど、どこに行くかも何をするかもわからないし、手は開けておいたほうがいいよね」

 珍しくまともなことを考えている。このまま無難にまとまるだろうか。

「リュックなら必要なのは、寝袋とランタンと……」 

 早々に風向きがおかしくなってきた。桜花はキャンプでもするのか?山でも登り始めるのか?

「古い地図よね!」

 意味が分からない。何を旅のイメージにしているのだろうか。普通の旅行ではないことだけはわかる。一般的な旅行イメージはおそらくキャリーケースとともに追いやられてしまったのだろう。

「うーん?無いものだらけだ」

 それはそうだろう。

 桜花はひとしきり考え付くものを書き出していったが圧倒的に所持してないもののほうが多い。というか、イメージ先行過ぎて必要なものがほとんど出てきていない。

「……いや、いらなくない?」 

 しばらくリストを眺めてようやく気が付いたようだ。

 イメージリストを破り捨てて深呼吸をすると、今度は徐にクローゼットを開いて変身セット、もとい各種衣装を取り出した。

「とりあえず全部売ろう。それからいるものを考えよう」

 衣装で自分の成りたいものを表現してきた桜花だが、何に成りたいのかを見失った桜花にはどんな服も小物も不要なものになった。

 最終的に残ったものは最低限の動きやすい服とインナー類。肌触りのいいタオルが何枚か。財布と貴重品。防水のきいた腕時計。スマホとソーラーのモバイルバッテリー。それらを入れる大き目のリュックサックと、ショルダーバッグ。予備のトートバッグ。以上だ。

「よし。もう面倒だからあとは全部業者にまとめて持ってってもらおう」

 分けてからは早かった。

 残りの衣服、バック、アクセサリー、小物から家電、家財道具に至るまでの一切をリサイクル業者に丸投げした。形から入る桜花の持ち物はそこそこブランド物や良質のものが多いのでそれなりの金額になった。

 それから早々にアルバイト先にも退職の意を伝えた。もちろん今日の明日でやめるのは道理ではないのでこのひと月で区切りということになった。

 そしてアルバイトの区切りに合わせてマンションを解約する手続きも済ませた。

「マンションも引き払っちゃうし、住民票どうしよう。旅に出たら所在地は特定できないよね。……実家ってことでいいか」

 翌日には実家に相談しないまま住民票を実家に移し、ついでに各種登録住所も実家に変更した。

「あたしの部屋こんなに広かったのか」

 物のなくなったマンションはずいぶん広く感じたが、物に愛着はなかったのか不思議と寂しさはなく、むしろ清々しいくらいだ。

「売ったら結構お金になったし、残りのバイトも頑張れば少しはまとまった旅資金になるかな」

 後に郵便等が急に家に届くようになって不審に思った母親から怒涛の連絡が来るが、それはまた追々。

 準備は万端、行き先未定。

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森の魔女は平穏を謳歌する 紅咲 @k0usaki

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