第九話 あなたを守りたい
吾妻に頼んで呼び寄せてもらった友江と頼素に煌大の救助を託し、未世は一人、車の中で待っていた。
先読みで、煌大がいるのがこの森だということはわかっていた。
先読みで視える視点は、神の視点とでもいうのだろうか。ときに、上空から見たとしか思えないような視点でも景色が視えることもある。
今回もそうだった。上からの視点で視えた近隣の山の形を友江たちに伝えると、彼らは持っていた地図からこの森を導き出してくれた。
森の中のどのあたりに煌大がいるのかも、未世には視えていた。
車で極力入れるところまで来たのだが、ここから先はうっそうと生い茂る木々が邪魔して徒歩でなければ進めない。
未世も森の中を歩いて煌大を探しに行きたかったが、軍人として鍛え上げられた友江と頼素のようには歩くことができない。足手まといになってになってしまうだろう。
だから、未世は煌大がいると思われる地点を彼らに伝えて、一人で車に残ったのだ。
じっと目を閉じ、震える身体を掻き抱くようにして、ただただ煌大の無事を祈り続ける。
(どうか……どうか、間に合いますように。煌大様が無事でありますように)
先読みで未来を見ることができても、未世には戦う力などない。
この場所まで友江と頼素を導くのが、未世にできる精いっぱいだった。
どれくらい待ったかわからない。
永遠にも思えるほど長い時間だった。
そのとき。
ガサリと草が揺れる音が聞こえた。
未世はハッと目を開ける。
灯りが見えた。あれは、ランタンの光だ。
ランタンの光はしだいに大きくなっていき、木々の間から誰かが出てきた。
月光が彼らの姿を照らす。
未世は車から飛び出ると、彼らの元に駆けていった。
頼素の肩に掴まり、こちらに歩いてくる煌大の姿を見つけたのだ。
「煌大様……!!」
未世が足をもつれさせそうになりながら駆け寄ると、煌大は頼素の肩から腕を離して未世を受け止めてくれる。
「未世……」
「煌大様! お怪我はありませんか!? 痛いところはありませんか!? すぐにお医者様にお見せしないと!!」
煌大を前にして未世は早口でまくしたてた。
胸の中にパンパンに溜まっていた不安と心配があふれ出し、彼の姿を見たことで湧き上がる安堵とで双眸に涙が溜まっていく。
「未世、落ち着け落ち着け。俺は、ちょっと足をくじいただけであとは大丈夫だ。間一髪だったが、友江と頼素のおかげで命拾いした。こいつらをここまで導いてくれたのは、君なんだってな。助かった、ありがとう。……でも、先読みの力を使ったのか?」
煌大は、申し訳なさそうに眉を寄せた。
未世はふるふると首を横に振る。
「自分で、使いたいと思って使ったんです」
いままで自分の力を呪ったことなら数えきれないほどある。自分がこんな力を持っていなければ、家族は投獄されるようなことにはならなかっただろう。山澤商会の仕業で不幸になる人たちもいなかっただろう。そう思えば思うほど自分の力を憎らしく思った。
でも、今日。生まれて初めて先読みの力をもっていることを有難く感じた。
大切な人を守るための手段があることを、嬉しく思った。
私はこのために生きていたのだと思えるほどに。
「でも、あんなに水面を見るのを怖がっていたのに」
まだ心配そうに言う煌大に、未世は息を整えながら言う。
ひとつひとつ言葉を選んで。
「煌大様は、以前おっしゃってくださいました。私を守ってくださるって」
「あ、ああ……」
未世は煌大を見上げる。彼の赤い瞳をみつめて、安堵の笑みを零した。
「煌大様が私を守ってくださるように、私も煌大様を守りたいのです。私にとっていっとう大事なお方をお守りしたいのです。そうして、ほんの少しでも世の中がよくなっていけたらいいなって願うのです。私にとって煌大様のいない世の中なんて座敷牢と同じですから」
胸の中に浮かんだ気持ちを素直に言葉にした。言い終えてほっと息をつくと、煌大の瞳が揺らめくのがわかった。
「煌大様?」
どうしたのかと心配になって口にした瞬間、煌大が未世の身体を抱きしめた。
彼の温かさに全身が包まれる。
煌大は未世の肩に頭を預け、苦しそうに呟いた。
「未世、ずっと俺のところにいてくれ。お願いだ」
彼の願いは、未世の願いそのものだった。
花弁がほころぶようにふわりと微笑むと、未世は彼の背中に手を回す。
「私はいつまでも煌大様のおそばにいます」
お互いの命を確かめ合うように抱き合う二人を、月の光が優しく包み込んでいた。
その後、煌大はすぐさま皇帝の住まう皇城に赴き、今回の暗殺未遂事件を報告した。皇帝と煌大の素早い対応によって、皇帝の暗殺計画自体も頓挫したかにみえた。
しかし、この事件の直後から九条高俊は姿を消し、皇国は波乱の時代へと突き進んでいくのだった。
~第一章 完~
件(くだん)の花嫁 飛野猶 @tobinoyuu
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