第7話:魔王ラズリ(後編)
「――イオス? これは……?」
「ちょっと検索が難しいから、いったんさっき会話をしたところまで戻したよ。――これが、私の――『羅針盤のイオス』の魔法さ。影響が少ない範囲であれば、過去を変えられる。……実際に、変わっているのかは正直わからないけれどね。少なくとも、私にはそう感じられる。そこに、君を巻き込んだんだ」
二人がいるのは、決戦前に話したベンチ。
「過去改変……そんなこと、可能なの?」
「魔法だからね。できている、と私は信じてるよ。君を連れてこられるかは正直わからなかったけど、何とか成功したみたいだ」
「……どうして? あたしを殺せば、この戦いは終わったでしょう? 何を変える必要があるの?」
「――そうだね。勇者たちにより魔王は討たれ、地上には平和が戻った。……それは、この上なく綺麗な幕引きだ。まるで、おとぎ話のようだね」
「そうよ、だから……」
「でも、君は、ラズリという少女は、救われていない」
ラズリは、大きく目を見開いて、その後、首を振る。
「あたしは――たくさんの罪を犯してしまったから。だから、救われるわけにはいかないわ」
「そうだね。残酷な話だけど、君がいなければこの結末はなかったかもしれない。でも一方で、もっと悲惨な状況になったかもしれない。少なくとも、率先して魔王が先頭に立って攻めてきたら、被害はこの規模では済まなかったはずだよ」
「それは、結果だけ見たらそうだけど……でも、地上への侵攻自体が行われなかったかもしれないでしょう。それは考えるだけ無駄だし、私の罪を消すことにはならないわ」
「そう。だから――君の罪を消すために、過去を改変しようと思ったんだ」
「…………どうして? あなたにとってあたしはただの、少し話しただけの、敵のボスでしょう?」
「――うん、それがね、自分でもよくわからなくて少し考えてみたんだけど……答えは単純だったよ」
「なに?」
「――勇者だからさ。勇者なら、困っている人、苦しんでいる人、悲しんでいる人がいたら助けるんだよ。彼らは、ずっとそうしてきた。だから私も、そうするよ」
「――――」
「あと、私は偉いからね」
冗談めかした最後の言葉にラズリは、くすり、と笑う。その頬から、一筋の涙がこぼれた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「でも、過去を変えるにしても、私は、魔族は多くの人を殺してしまった。それをなかったことになんてできる? 侵攻そのものを止める?」
「いや、それは難しい。世界には修正力がある。だから仮に無理やり止めたところで、同じことが起こるだろうね。大きな変化は起こせない。仮にやろうとすれば魔力が枯渇して私は消滅するだろうし。……だから、表向きは変わっていないけど、結果は変わっているようにするしかないと思っている」
「……どういうこと?」
「表面的な状況は変えない。でも実はこうだった、という形にする。――具体的には、この十年の争いで、死者を出さないようにしたい」
「そんなこと――無理よ。最初の私たちの侵攻でも何人か村人に被害者が出ている。それ以降も含めたら、数えきれない」
「そうだね。簡単ではない。でも、不可能じゃないと、私は思う。君と、私がいればね」
「……具体的には?」
「単純さ。魔族の侵攻の現場に戻り、被害に遭う人たちをどこかへ移動させる。無人島とか、いいんじゃないかな」
「簡単に言うけど……」
「できるだろう? 君は魔王だ。そして、戦闘能力以上に、転移に特化しているように思えるけど?」
魔界と地上を繋ぐ穴を、軍勢が通れるくらいに開けられる。これは空間転移の類だ。魔法に迫る能力と言っていい。
「……それは、元々あたしが持っていた力なの。と言っても、ほんの少しの距離を移動できるだけだったんだけど、魔王になったことでその力が拡大したみたい」
「なら、不可能ではなさそうだね。細かいプランは現地で練ろう。まずは……君たちの、最初の侵攻、その瞬間からだ」
「わかったわ。――十年前の、あの時、あの場所へ」
「移動の座標は君から読み取るよ。あと……間違いなく、私の魔力だけではこの工程をすべて完了させることはできない。魔王ラズリ、君の魔力、ギリギリまで使わせてもらうよ」
「ええ、構わないわ」
「……じゃあ行こうか。世界でも、人類でもなく、君を救う旅に」
そういって、イオスはラズリの手を握った。
「――運命転換。過去を辿れ」
◆◇◆◇◆◇◆◇
それから。魔族の侵攻が行われた場所へ行き、殺されそうな人を魔王の力で回収し続けた。途方もない作業。それだけでなく、勇者によって討たれようとしている魔族も回収し、この十年の侵攻による人的被害はゼロとなった。
回収した地上の人々は、勇者がその土地を取り戻すまで、地上のとある島に住んでもらい、村が安全になった時点で、元の場所に戻ってもらう策を取った。魔族はそのまま魔界に戻している。
「……こんなことをして、大丈夫なの……? 死ぬはずの人が生きていたら、歴史は変わらない?」
「このくらいならギリギリ大丈夫のはずだよ。修正力の視点は、あくまで歴史の大きな流れだ。――極端な話、その辺の村人がどう死ぬかはあまり影響はない。ただ、魔王が現れない、侵攻が起こらない、となれば後年、歴史の教科書の書き換えが起こるレベルの変化だからね。それはさすがに難しい」
「わかるような、わからないような」
「まぁ、助けた人の中に重要な人物がいて、歴史自体が変わる可能性もあるけど……そうしたら私と君は消え去るね」
「まぁ、いいわ。どうせ死ぬ命だから。せいぜい自由に使いましょう」
今現在、本来の歴史のイオスと魔王はそれぞれ別に存在している。今の二人は実体のない存在となって、魔法を使って世界への干渉を行っていた。一応会話くらいはできるので、助けた村人への説明はイオスが、魔族への説明はラズリが行っている。
そして、最後の戦い。イオスと魔王の決戦の最中、勇者に倒された魔族たちをこっそりと回収し終えた。――これで、この十年の侵攻における、死者はゼロ人となった。
「さて……何もかもなかったことにはならないけど、君の罪は、少しは軽くなったかな」
「――どうかしら。わからないけど、でも、そうね。十年、あなたと一緒に人を救い続けた。原因が自分ではあるけれど、やってよかったとは思えるわ。――これで、心残りなく、終われる」
「……さて、じゃあ、元の時系列に戻ろうか。――さあ、最後の仕上げだ」
◆◇◆◇◆◇◆◇
振り下ろされる、勇者たちの武器。その刹那。
「ちょっと待って」
それを止めたのは、竜族の勇者。
「イオス。なんで止めるんだ」
「カーマイン。みんなも、よく見て。その魔王――いや、その子は本当に、魔王かな?」
勇者たちは、空色の髪の少女――魔王を見た。
「……魔力が、ほとんど、ない……?」
「そう。今の彼女は、ただの弱々しい魔族だよ」
「イオス、お前……何かやったのか?」
「ちょっとね、今までの被害者を全員救ってきたんだ、彼女と一緒にね」
にやり、と笑うイオス。
「はぁ? いったい何を、お前……いや、そうか、お前なら、できないこともない……のか? ヴェール。どう思う?」
人族の勇者カーマインはエルフの勇者ヴェールに問いかける。
「……魔王もそうですが、イオスさんも、魔力が、枯渇しています。……それどころか、今も吸われ続けている……?」
「うん、実はそう。代償が大きくてね……。カーマイン。これ。ここの島に、助けた人たちが暮らしているから。終わったら助けてあげて」
イオスはカーマインに一枚の紙を手渡した。
「あ、ああ。そりゃいいんだが。でもこいつ、殺さなくていいのか?」
「……勇者カーマイン。君が、思うようにするといい。他のみんなもそうだ。勇者として、どうするべきかは考えてほしい。最終的に私は、その判断に従うよ」
勇者たちは顔を見合わせた後、魔王だった少女――ラズリをじっと見る。
「魔王。いや、もう違うのか。名は」
「ら、ラズリ、よ」
「ラズリ。お前はこの後どうしたい」
「……私は……人と魔族の、共存を、目指したい。……何の力もないから、どこまでできるかわからないけど」
「そうか」
カーマインはラズリに近づくと、剣を構えて振り下ろす。
ラズリの、空色の髪が、さぁっと舞った。
「これで、手打ちだ。……みんなもそれでいいだろ?」
複雑な表情をしている勇者もいるが、特に異論はないらしい。――いや、一名。
「カーマイン。女の子の髪を切るのはどうかと思うよ?」
文句を言ったのはイオスだった。
「しょうがねーだろ。さすがに討伐の証拠を出せって言われるだろうし。耳や角要求しないだけマシだと思ってくれ」
「まったく。面倒だね。人間は。まぁ仕方ないか。――ラズリ、短い髪も似合うじゃないか」
イオスはそういって、微笑んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
そうして、魔王との戦いは終わった。勇者たちは魔王討伐の報告を行い、魔族たちは魔王がいなくなったことで侵攻をあきらめ皆魔界に戻った。ラズリは、魔王としての力を完全に失った。その後、彼女がどうなったかは知らない。――ただ、各地を旅して地上のことを学び、魔族のことを伝える大きな帽子をかぶった少女が、様々な場所で目撃されたという噂が残っている。
『羅針盤のイオス』は永い眠りにつき、その後勇者たちは各地で思い思いの生を過ごした。少なくともその間、魔族の大規模な侵攻は、起こっていない。
――魔王討伐の後に描かれた、一枚の絵画には、勇者とは違う、空色の髪の少女が、小さく描かれているという。
羅針盤のイオス 里予木一 @shitosama
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