第6話:魔王ラズリ(中編)
魔王との決戦は、激しいものとなった。
魔王が住む、城下町。そこには魔族の将軍たちと、それをはるかに上回る数の魔導兵が配置されていた。魔族は数が少ないため、人でいう兵士の代わりは、人工生命である魔導兵が務める。その形態は様々で、状況に応じて使い分けられる。
さすがに勇者たちは魔導兵を相手にする余力はない。そのため様々な種族から軍が送り込まれ、魔導兵の相手を務めた。勇者たちはその隙に、将軍を倒す。――とはいえ、魔族は強い。十年の研鑽を積んだ勇者たちでさえ、苦戦を強いられ、敗北寸前まで追いつめられるケースもあった。だが――。
人族の勇者カーマインに魔族の強力な魔術が襲い掛かる。――あぁ、こりゃ死んだかな。カーマインが覚悟を決めたその時。
「諦めが早すぎるよ、カーマイン。もう少し頑張って」
その魔術をあっさりと消し去ったのは竜族の勇者イオス。さすがの魔族にも動揺が走る。そして――その隙を見逃すほど、勇者は甘くない。
「くらえっ!」
カーマインの剣が、魔族の将軍――黒く大きな体躯を持つ、羽と角の生えた
「――勝負あったね。決闘なら邪魔はしないつもりだったけれど、これは戦争だ。さて、止めを」
「――待って」
虚空から声が響くと同時、血を流す魔族は虚空に消え、代わりに――空色の髪の少女が現れる。
「……さすがにね、将軍に死なれると色々困っちゃうからさ。あなたも似たようなことしてるし、いいよね」
カーマインは突如現れた少女に驚きつつ、剣を構えた。
「――カーマイン。ここは私が引き受けるから、他の勇者のフォローを頼む」
「え、で、でもよ、イオス。こいつは……?」
さすがに勇者。この少女が、尋常な存在でないことを、彼は察知している。――そして、イオスの勝ち目が薄いことも。
「大丈夫。私は負けないよ。ただ、他のみんなのフォローはできなくなると思う。だから、お願い」
「…………わかった、必ず、勝てよ」
カーマインは走り去った。その様子を、空色の少女――魔王ラズリはぼんやりと見送る。
「……あなた達には、信頼関係があるのね」
「十年、あったからね」
「たった十年。だけど……そうね。信頼を育むこともできる年月よね」
ラズリは、羨ましそうに目を細めた。しかし――それも一瞬、気を取り直すように首を振る。
「さあ、戦いましょう、イオス。どうせ――私とあなたの勝負が、魔族と人の勝負の結果とイコールでしょう」
「うん……そうだね。ラズリ。地上だと被害が心配だから、空中戦にしよう」
イオスは背中に竜の羽を生み出すと、そのままばさり、と羽ばたき空に舞う。ラズリも当たり前のようにそれについてきた。
空高く。ここからは、戦う勇者と魔族たちの姿が良く見えた。
「――空、きれいね」
大きく回りを見渡して、これから殺し合うとは思えない発言をするラズリ。ただ……彼女にとっては本心なのだろう。だって彼女はきっと、ただ地上に憧れた少女だったに違いないのだから。
「そうだね。この世界は、綺麗だ」
「魔界もね、きれいなところはあるんだよ。――でも、ここと比べちゃうとね。苦しくなる」
「だから、奪うの?」
「そうね。みんなが、望むなら」
言葉と同時、空間に魔王の魔力が解き放たれた。イオスも対抗する。
上位存在同士の魔術戦は、非常に地味なものとなる。そもそも魔術の発動を阻害する行動をとるからだ。だから、はた目にはただ向かい合っているようにしか見えない。
「どうしたらよかったのかな。きちんとあたしが、魔王としてみんなを束ねて、きちんと話し合って、地上の人たちと交渉して、どこか島でも借りればよかったのかな? でもさ、あたしはそんなこと、できないよ……」
「――そうだね。君は魔力はあるけれど、それ以外は未熟な魔族に過ぎない。大人たちと対等に渡り合い、まとめ上げ、統率する、王としての経験が足りない。だから、ただの兵器としての運用しかされない。――悪いのは君じゃない、魔王に任命した世界だ」
「……でもさ。それでもあたしのせいで人は死んでるんだよ。もう、止められないんだよ。……だったら、せめて、魔族の皆には、幸せになってほしいんだ」
――その裏で、不幸になる人がたくさんいたとしても。
ラズリは真剣な表情をすると、一気にイオスに向けて接近する。魔術戦では埒が明かなかったので、近接戦闘に移るのだろう。
「……困ったな。私は武闘派じゃないから、正面からじゃ全然勝てる気がしない」
冷静に評価しても、百回戦えば九十五回は負けるだろう。それくらい、魔王とイオスの間には実力差がある。
「パイロープならもう少し勝率を上げられたかな。……まぁ仕方がない。ひたすら繰り返せば、勝ち筋も見えるさ」
イオスは、魔法を発動する。彼女が扱えるのは、過去にまつわる術ともう一つ。
「――路を示せ」
起こりえる未来を再現すること。――莫大な魔力と、引き換えに。
◆◇◆◇◆◇
――正面からの打ち合いは当然力負け。なら死角を突いたら? ダメだ。そもそも魔王は視覚に頼っていない。近接戦、魔術戦、いったん離脱し遠距離から。竜の肉体を開放し、その状態で戦う。……どれもダメ。特に竜の姿は、出力は上がるがサイズ差で翻弄される羽目になった。選択肢が一つ一つ潰れ、最善手が少しずつ導かれる。
「――目算がだいぶ甘かった。これ、下手すると百年くらい持っていかれるな……」
呟き。時間の経過は一瞬だ。未来の最適化中は、時の流れの狭間にいる。何度も倒され、巻き戻る。人間なら発狂しそうなループの末、イオスは最適解を導いた。
「行くよ、魔王」
イオスは魔王に合わせて接近すると、まず腕を竜化させ、魔王の攻撃を受け止めた。全身竜に戻すのではなく、部位別に戻せば出力を上げつつ、大きさは保てる。
「――竜の、腕……!」
「それだけじゃないよ」
イオスから長い尾が伸び、魔王の足に絡みつく。魔王が気を逸らしたその瞬間、イオスは大きく口を開けた。
「――ブレス!?」
腕と尾で固定された魔王は回避できず、近距離でイオスの放ったブレスを受けることとなる。
「口腔と喉の竜化。ここまで細かい単位での竜化はやったことがなかったから、結構練習が必要だったけどね」
「この程度で……!」
焦げた体で腕と尾を振り払い、魔王はイオスに向けて拳を振り上げた。だが……イオスはあっさりと回避する。
「くっ、ちょこまかとっ……!」
「さあ、根競べだ、魔王」
◆◇◆◇◆◇
――どのくらいの時間が経っただろう。
ありとあらゆる方法で攻撃を行った。でもすべて避けられる。その割にイオスはこちらに攻撃をあまりしてこない。最初ようなブレスを警戒していたが、以降は遠距離からの魔術やブレスを当たりもしないのに撃ってくる程度。牽制なのだろうか。こちの体力、魔力切れを狙っている?
魔王だから、そう簡単に魔力や体力が切れたりはしない。でも精神的にはだいぶ追い詰められている。それが狙いなのだろうか。老練の竜。彼女はこの後どんなふうに、魔王を討ち取るつもりなのか――。
「――そろそろか。もう終わりにしよう、魔王」
「……え?」
疲弊し、集中力を切らした魔王は反応が遅れた。イオスは魔王に抱き着き、そのまま地上へと急降下する。そして――地面に墜落した。
背中に衝撃と痛み。だが魔王の肉体はまだまだ健在だ。地上戦がお望みならそうしてやろう。そう思い、魔王が抱き着いたイオスを跳ね除け、立ち上がろうとしたとき。
「――うそ」
魔王の首元にあらゆる武器が付きつけられていた。
人の勇者の剣が、ドワーフの勇者の斧が、エルフの勇者の杖が――すべての勇者の武器が、魔王に狙いを定めている。
「――魔王を退治するのは、勇者全員の役割だからね」
いつの間にか、勇者と戦っていたはずの魔族たちは敗北していたようだ。
「……あの、やる気のない魔術やブレスは、勇者の援護……?」
「そう。君は最初の一撃で警戒を強め、私との戦いに集中するあまり、周りの状況を見ることができなくなっていたんだ。――これは、戦いの経験不足に起因するね。その間、私たちは着実に残りの魔族を倒した。そして、君で最後だ、魔王ラズリ」
勇者たちの持つ武器は、魔族を殺すために作られたものだ。いかに魔王といえど、直撃を受ければダメージを負う。魔王の身体は、イオスががっちりと抑え込んでいて、攻撃を避けることはできない。――これは、詰んだ。
「そうね。あたしの……負けだわ。敗因は、仲間と連携できなかったこと……かな」
苦笑するラズリ。その顔は、諦めたような、泣きそうなような、――解放されたかのような、表情。
そして――勇者たちの武器は、そんな彼女の――魔王の首目掛けて一斉に振り下ろされる。
その、刹那。
「――運命転換。過去を辿れ」
ラズリの目の前で、イオスは呟いた。
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