第5話:魔王ラズリ(前編)

 魔王討伐から三百年と少し。イオスはかつて魔王が暮らした城を訪れていた。元々とある都市を魔族が占拠し拠点としていたので、今では元々あった国の王が暮らしている。


「――懐かしいね。あの頃に比べると随分と栄えた」


 城下町を散策する。魔王との決戦の折には、城下町内で魔王軍の将軍との苛烈な戦闘があり、建物はボロボロになった。城も同様だったが、今では美しい街並みとなっている。


 イオスは町の中央にある広場に向かった。ここは公園となっており、一つの石碑――魔王討伐を祝したもの――が、設置されている。石碑が見えるベンチにイオスは座り、空を見上げた。


「――ラズリ。君と出会ってから随分と経った。果たして、君の生は幸せだったのかな」


 イオスはぽつり、と呟いて、魔王との邂逅を思い出していた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「……当然だけど、人気ひとけはないね」


 イオスは特に隠れるでもなく、町中を歩いていた。ここは魔族が占拠し、魔王が住む城のある城下町。町は戦いの跡が色濃く残り、住人は誰もいない。イオスは町中を一通り見てもらった後、町の中央にある広場に向かった。ここからは城が良く見える。広場には古ぼけたベンチが一つあるだけだった。――そこに。


「このパン、おいしいわね。また作ってもらお」


 もぐもぐと、パンを大口で頬張る空色の髪に、ねじれた角の生えた少女がいた。――いや、少女なのは外見だけだ。アレは、近寄ってはならない化け物だ、と、イオスは悟る。


「……あれ? どなた?」


 一瞬で気づかれた。イオスも特に気配を殺したりはしていなかったので仕方はないのだが。特に敵意は感じなかったので、少女に近づく。


「やあ、こんにちは。私はイオス。君は?」


「あたしはラズリ。魔王よ」


「――――」


 突然の自己紹介に、さすがのイオスも言葉を失った。魔王。力ある魔族であるとは思っていたが、まさかこんなところでパンを食べているとは想像だにしなかった。


「あなたは? 見たところとても強い力を持っているようだけど」


「……私は、イオス。『竜族の勇者』イオスだよ」


「え! 竜なの! すごい初めて見た!」


 パンを片手に立ち上がり、イオスに近づき興味深げにじろじろと見てくるラズリ。……だいぶ、イオスが想像していた魔王像とはかけ離れている。


「さすがにこの距離で見られるとちょっと気になるんだけどな」


「ああ、そうよね、ごめんなさい。だって嬉しくって。魔界にも竜っているんだけど、人目に触れることはほとんどないから。そっかぁ、地上だと竜もその辺にいるんだ」


「いや。さすがにその辺にはいないよ。魔界の竜のことは知らないけれどたぶん似たようなもので、私が例外的に勇者としてうろうろしているだけさ」


「へぇー、そうなんだ。……見た目は人間っぽく偽装しているけど、すごい高度な魔術が掛かっているわね。さすが竜。ふーん、面白い。いいなぁ地上」


 異常ともいえる魔力量以外は、完全に普通の少女に見える。……地上に対する憧れから、このような戦いを起こしたのだろうか? イオスは問うてみることにした。


「君、魔王なんでしょ。なんで地上を侵略しているの?」


「あー……うん、そうだよね。そうなるよねぇ……信じてもらえるかわからないけど、私は別に地上を侵略したいとかは思ってないんだ。――魔王ってさ、どういうものか知ってる?」


 魔王。魔族の王。そのくらいの認識しかイオスにはなかった。冷静に考えると、どんな存在なのか、謎だ。


「そうだよね。みんな知らないよね。……魔王ってさ、別にそういう種族がいるとか、代々受け継がれてるとかそんなんじゃなくて、ある日突然、お前は魔王だよ、って言われるんだよね。……誰から? よくわかんない。で、そしたらなんか、すごい力が使えるようになってて、こわっ、って」


 言いながら笑うラズリは、魔王、という言葉とは全く結びつかない。


「……なんだろう。いまいちわからないけど、世界との契約、に近いのかな。私たちはそれを成し遂げたものを『魔法使い』と呼んでいるんだけどさ」


 地上において、世界との契約を結び、接続したものは魔法使いと呼ばれる。通常の魔術では再現できない奇跡を得る代わりに、世界に使役されることになる……らしい。


「世界、なのかな。よくわからない声に、魔王よろしく、って言われて。魔王って何するの、って聞いたら、魔族をもっと幸せにしてね、って。よくわからないでしょ」


 ――曖昧すぎる。イオスはため息をついた。


「……それで、魔族を幸せにするために、地上に攻め込んだ、と?」


「ううん。――魔界ってさ、環境ひどいの。太陽ないから基本暗いし、生き物も、植物も少なくて食料は人工的につくられたものばっかりだし、みんな暗いし。で、どんどん魔族って減っていて。それをなんとかしてほしい、ってことみたいだったんだよね」

 

 角をぽりぽりとかきながら、ラズリはため息をつく。確かに、なんとか、と言われても困るだろう。


「さてどうしようかな、って考えて、そうだ、とりあえず地上と比べてみよう、って思ったんだ。地上はどんどん進歩してるって聞いたことあったし。だから、とりあえず地上に出る穴をあけて、どんな感じか見てみたの。地上は繁栄してるって噂は聞いたことあったからさ」


 魔界と地上を繋ぐ穴はいくつか存在すると言われるが、それを自分で開けるというのは割ととんでもないことを言っている……さすが魔王だ、とイオスは感心しながら聞いていた。


「そしたら、びっくりした。空は青くて、太陽は眩しくて、見えるものが全部綺麗だった。魔界はさ、せいぜい地上の夕方くらいの明るさしかないから、正直しばらくは目が痛いくらいだったよ。それに、暮らす人々はみんな元気で、ご飯もおいしくて、すごく楽しそうに見えた。だから――すこしでも、それを魔界にも持って帰れば、変わるかな、と思ったんだ」


「持って帰る?」


「そう。例えば、パンとか、風景画とか、服とか。色々調達して、持って帰って、各種族の王様に見せて、聞いてみたの。地上の品を輸入してみたり、そのうちちょっとした地上観光とかをしてみたら、魔界のみんなの考え方も変わって、今の状況は良くなるんじゃないか、って。そうしたら……」


 なんとなく、イオスにはその先が理解できた。


「みんな、こんなに素晴らしい品々が地上にあるなら、それを奪えばいい。地上が素晴らしい場所なのであれば、私たちのものにすればいい、ってさ。――あたしは色々と反論したんだけどさ、魔王とはいえ、元々はただの魔族の小娘なわけで、まぁ、聞く耳を持ってもらえないよね。彼らは魔王の力と肩書を頼りにしているだけで、あたしの人格にはこれっぽっちも敬意を払っていないんだから」


 悲しそうに、悔やむように、魔王は言った。


「それからはあっという間だった。地上に進行する計画を立てて、各種族の王たちは魔界の軍勢をまとめて、準備を進めた。――あたしに与えられた役割は、地上に続く穴をあけること。軍勢が通れるくらいのものをね」


「抵抗はしなかったの? やりたくはなかったんでしょう?」


「うん……でもね、あたしに課せられた役割は、魔界の、魔族の発展で、そのための方法としては理にかなっていた。それに――無理やり押し付けられたような役割でも、あたしは魔王だったから。だから、彼らの想いは、叶えてあげるべきだと思ったんだ。――その結果が、これなんだけどね」


 人のいない、戦いの跡の色濃く残る、町を見る。魔族はある日突然、穴を通じて現れた。周辺にあった各種族の村や町を襲撃し、破壊し、殺害し、捕獲した。さすがに地上に出たての頃は、魔族も環境の差異で完全な力は発揮できなかったようだが、ある程度たつと、凄まじい力で近隣諸国を蹂躙し、どんどんその領域を広げていった。


「あたしはさ、戦争を知らなかった。攻めるって言っても、降伏すればそれで終わりで、ある程度の地域を手に入れたら満足するもんだと思ってた。でも違った。こんなにも、残酷なんだと、思ったよ」


「――そうだね。たくさんの人が死んだ。悲惨な目に遭った。様々なものが失われた。それはもう、覆せない事実であり――君が一端を担うべき、罪だ」


「うん。……私は、罪を背負った。どんなに後悔しても、やり直せない。そして――もう始まってしまったから。戻れない」


「私たち『勇者』は、魔族を……魔王を、倒すために集められた。少なくとも、君を倒せば、魔界と地上の穴はふさがり、これ以上の魔族の侵攻は防げることも分かった。だから――私たちは君を、殺さなくてはならない」


「うん。あたしも魔王だから、殺されるわけにはいかないし、勇者を倒さなくちゃいけない。だって――あたしは、魔族の王だから。魔族を守り、導き、幸せにしなくちゃ、いけないから」


 それは、お互いの立場が、意見が、想いが、交わらないことの最終確認にして――宣戦布告。


「準備ができたら、仲間を連れてここに来るよ。ラズリ」


「うん。私も、準備して待ってるね。イオス」


 そうして、二人は別れた。――出会いが違えば、友人になれたかもしれない。その思いを、飲み込んで。



 



 


 



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