第10話 幸せな歌うたい
あれからオーウェンの言葉の真意を問いただせないまま、ばたばたと時間が過ぎていった。
お披露目会での事件の被害者として調書を取るため王城に呼び出されたり、正式な『歌うたい』になるために儀式を行ったり、やることが多過ぎたのだ。
王城の人から、学長とアメリの処遇について聞いた。
学長は大聖堂の奉納品を盗んだ本当の犯人を知っていながら、それを黙っていた罰として役職を解かれ、隠居させられることになったそうだ。
何故か以前とは打って変わってしおらしい人になってしまったらしく、隠居に関しても「高い塔の上でなければ何でも良い」と言っているらしい。
アメリは、大聖堂の奉納品を盗んだ真犯人であり、オーウェンの目の前で『歌うたい』の力を悪用し、そして私を殺しかけたという重い罪が重なって、最高刑が課されることになった。
彼女は追放刑の証である入れ墨を彫られ、貴族としての資格を剥奪されて国外に出ることになる。
彼女の実家は権力のある貴族だが、ここまでのことをしでかしては娘を庇いきれなかったようだ。
今は地下牢で執行を待っているらしい。
お披露目会の出来事に片が付けば、今度は竜帝の『歌うたい』として認めてもらうために、他の地方の竜帝のもとへ参上しなければならなくて、王国を一周する羽目になった。
竜帝というのはつまりオーウェンの家族だ。
なのにオーウェンは私にべたべたするのをやめなくて、とても恥ずかしかった。
そんなこんなで二月ほどは経ってしまっただろうか。
ようやく落ち着いた頃、オーウェンが私を外出に誘った。
ピクニック、というのだそうだ。
天気の良い日に、籠いっぱいに料理と果物を詰めてお出かけすることだ。
そんな楽しいことがあるのか、と私はその日が楽しみで眠れなかった。
いざ、当日。
城のみんなに送られて、私たちは二人で近くの小高い丘を目指した。
ネフェルリリィさんに言われておめかしをしてきたので、慣れない靴で坂を登るのは大変だったが、オーウェンが何度も助けてくれた。
丘の頂上に着き、布を広げる。
二人で作ったサンドイッチを食べながら、私はオーウェンの顔を見上げた。
「ほーへん」
「食べ終わってから喋りなさい」
ハムとレタスとパンを飲み込んでまた口を開く。
「なんで、結婚なんですか?」
オーウェンの手が止まる。目を見ようとしたが、顔を背けられてしまった。
「その…………気が、逸ったというか」
「間違えたんですか?」
「いや!! 間違いじゃない!!」
「うわ、びっくりした」
押し倒されるのかと思うほどの勢いで訂正される。
ワカッタ。マチガイジャナイ。
オーウェンは絞り出すように言った。
「本当に………君のことが好きで…………」
「? そうですね?」
それはそうだろう。嫌いだったら『歌うたい』になんか選ばない。
そう思っていると、オーウェンは何かショックを受けたような顔をして私を見ていた。
「つ、伝わってない…………!」
「え?」
するとオーウェンは私のことをきゅっと抱いた。
「シアは、僕がこんなことを他の『歌うたい』にしてきたと思ってるのかい!?」
「してきたんじゃないんですか? ネフェルリリィさんとか」
「してないよ!? ネフェルリリィには旦那さんもいるからね!?」
私だけに、やっている? ということになるが………。つまり、
「……………………!」
紅茶を吹き出すところだった。顔が熱くなる。
「シア…………?」
私はこつん、と頭をオーウェンの肩に預ける。
「ぐ、具合が悪くなったかい?」
「いえ」
オーウェンの心配を余所に、私はぐりぐりと頭を押し付ける。
「恋人、からです」
「え?」
「結婚……は、早いので、恋人から始めましょう」
照れ隠しに早口になってしまったが、伝わったと信じる。
「シア………………」
オーウェンがサンドイッチを取り落とす。
「僕が言おうと思ってたのにーーーー!!!!」
「あはははは!」
私は立ち上がって、オーウェンの額にキスを落とす。
「ごめんなさいの、ちゅ」
「シア〜〜〜〜〜〜〜!」
オーウェンは顔を真っ赤にして笑った。
──────────────────────
わたしの名前は、シア・アンバー。
お父さんはいなくて、お母さんは死んでしまった、一人ぼっちの娘でした。
だけど、今は違います。
オーウェンがいて、ネフェルリリィさんがいて、城の皆がいます。
そして、私はオーウェンの『歌うたい』になりました。
もう誰も、私のことを呪われた娘だとは言いません。
こんなに幸せそうに笑う女の子が、呪われているはずがないのですから。
歌うたいの聖女は追放された先でモフモフな冬の竜帝陛下から溺愛されています 遠梶満雪 @uron_tea
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