そして、灰へと。
おくとりょう
火は尽きぬ
「うぅ……ん」
彼の掠れた声で目が覚めた。昨夜の甘いテノールとは違う、潰れたカエルのような乾いた声。
でも、この声が私は好きだ。きっと彼の喉が潰れたのは私のせいだから。……彼を自分のモノにできたような気がする。
彼は身体を起こさずに、私に向かって手を伸ばす。そして、トントンと肩を叩くと、うめきながら、私に口づけをした。
ぽっと、お尻が熱くなる。彼に強く吸われて、快感が足の先から頭のとっぺんまで突き抜ける。彼は口を話すと、深く息を吐き出した。そして、何も言わずに目を閉じる。いつも彼はそう。何も言わない、私を見ない。ただ、黙って口づけをする。だから、私も何も言わない。
煙たい部屋に、カーテンの隙間から射し込む朝の光。彼に灯された熱が私をジリジリと焦がしていく。側で目を閉じる彼の睫毛は長く、淡い色をしていた。遠くに聴こえる小鳥の声が明るくて、何だか寂しくなる。
トントン、トン。
寂しい予感を肯定するように、ノックの音が軽く響いた。
「おはよーっ!朝やでー!」
扉がバンっと開いて、長身の男が満面の笑みで現れた。柄にもなく、身につけられた白いエプロン。ゲジゲジ眉の下で、明るく輝く裏表のない笑顔。頭の高い位置でまとめられた長く滑らかな黒髪が、廊下の風にサラサラ揺れた。
私はこの男が嫌いだ。
「……ケホッ。あ、またタバコ吸ってんの?
匂いつくの
そう言って、男が窓を開けると、部屋の中に朝の風が流れ込んだ。爽やかな日射しの中で、身体がふわっと浮き上がるような気がした。
……いや、違う。ホントに浮き上がっていた。
爽やかな青空の下、落ちてゆく私の身体。彼に窓の外へと投げ捨てられたのだとすぐ気づく。私を焦がす彼の炎が小さくなっていくのを感じた。
あぁ、せめて。せめて、燃え尽きるまで、一緒にいたかった。
そんな言葉も飲み込んで、青い視界の中を落ちてゆく。そのとき。
「アッツぅ」
ぐっと大きな手が私のことを鷲掴みにした。その固い指先をお尻の炎がジュッと焦がした。
「もう!ポイ捨てもすんなって言っとるやろ!火事になったら、どうすんねん」
男は私のお尻をギュッとガラスの灰皿に押しつけると、私のことなんて見向きもせず、彼の方へと言い迫る。
「俺は別に『禁煙せえ!』って言ってんのちごて、ルールを守れって言っとんねん。そりゃ、まぁ、その、恋……人には健康でいて欲しいし、できれば禁煙して欲しいけど、――んっ?!」
彼はうるさくまくしたてる彼の襟を掴むと、乱暴に引き寄せて、口を覆った。男は耳まで真っ赤にして、一瞬抵抗するようにもがいたが、すぐに諦めたように彼の動きに身を任せた。
火の消えた吸い殻の私はひとり、灰皿の中からただそれを眺める。いつしか、彼がまた私を求めてくれるときを待って。
そして、灰へと。 おくとりょう @n8osoeuta
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