第19話 変なの増えた


 オスカーは観念して、ローテーブル上のパズルピースに向き合っていた。


 事務所の掃除は終わっており、今舞い込んでいる依頼も、今ちょうどムゲンが報告をしに行っていて、自分とレイは事務所で待つしかできない。


 原因である小人のオブジェは、オスカーの服のポケットの中にあったが、今はローテーブルの真ん中、まだ出来上がっていないパズルピースに囲まれていた。

 オスカーの向かいのソファーでは、レイがあぐらをかいて座っていた。そのあぐらの上には、オスカーが初めて彼と会った時に彼が開いていた分厚い本が開かれていた。


「それ、なんなんだ?」

「悪魔の図鑑だ。今まで解放した悪魔の名前やどこに封印されていたのかを記録してるんだ」

「なんの意味があるんだ?」

「意味?」


 レイは、ページの上に滑らせていたペンを止めて、顔をあげた。その視線は天井をさ迷い、やがて止まると、自分の前に座るオスカーへと移る。


「俺が楽しいから」

「……そりゃ、一番の理由になるよな」


 オスカーが納得すると、レイは本へと意識を戻した。


「ソロモンの七十二柱が一柱、フォカロル」


 本には、小人のオブジェがスケッチされていく。パズルピースを指先で弄びながら、オスカーはそのスケッチの速さと正確さに感心する。


「アンデリーのカナル、ジャックのカップルの家の水槽の中の小人のオブジェ」


 ふと、扉が二度ほどノックされる。しかし、そのノックは、手でノックしたにしてはやけに下の方から聞こえた。


「はーい」


 オスカーが扉を開けると、そこには両手が水が半分ほど入った水槽で塞がっているムゲンが立っていた。両手が塞がっていたため、先ほどは靴の先でノックをしたのだ。


「ムゲンさん? 報告に行ったんじゃ……? その水槽は……」


 見覚えのある中身と、半分しか入っていない水の中で窮屈そうに泳ぐ青い尾鰭の魚には見覚えがある。


「端的に話すと……カナルさんとジャックさんは旅行先で喧嘩別れをして、二人で買った水槽を魚ごと引き取ってくれと言われました」

「えぇ……あんなにオレ達の前でもイチャイチャしてたのに⁉」

「愛が冷めるのは一瞬ということでしょうね」


 ムゲンは、自分の腰ほどの高さまである棚の上に水槽を置いた。


「じゃあ、これからはこの魚の世話も頼みますね」

「あ、やっぱり、オレの仕事なんだ……」


 オスカーが肩を落とすのと、レイが本をソファーに置いて、立ち上がるのは同時だった。


「引き取ったってことは、これを好きにしてもいいってことだな!」


 嬉々として、ローテーブルの真ん中に置いていた小人のオブジェを手にすると、レイは容赦なくパズルピースだらけのローテーブルの真ん中にそのオブジェを叩きつけた。

 パリンと陶器製のオブジェが呆気なく割れると同時に、その中から、白色の煙が溢れ、部屋の中で揺れる。


「それ、誰が片付けると思ってるんだよ……」


 どうせなら、もう少し片付けやすいところで壊してくれ、と頭を抱えるオスカーの横を白い煙が通る。


「……は?」


 自分が持っていたロケットペンダントから煙が出た時、その煙は風に乗って、どこかに行ってしまった。しかし、この部屋の中に風はない。それなのに、その煙は床に落ちて、滑り、さらに棚を上り、水槽まで辿り着いた。

 これには、さすがにムゲンもレイも目を見張った。

 水に溶けるようにして、煙は消えた。

 すると、窮屈そうに水槽の端で尾鰭を揺らしていた魚が、なんと自分から水面に顔を出した。


「なぁ! 船くれよ、船!」


 大人の男のような野太い声がして、オスカーは思わず周囲を見る。しかし、明らかにその声は、水面から顔を出している魚が出しているものだった。


「転覆させてくれよ! 後生だからー!」


 レイがソファーに置いていた本に手を伸ばすと、ペンを握り直した。


「フォカロルは、海の災いを引き起こすことを得意としている。嵐を起こして、人を溺死させたり、船を転覆させたりすることができる……」

「俺、こいつに溺れさせられてたのかよ⁉」


 オスカーが魚を指さす。


「なんだぁ、お前! 俺に殺されかけたくせに! もういっちょやってやろうか! さっさと水に入れ!」

「誰が入るか!」


 オスカーが青い尾鰭の魚――フォカロルに声を荒げると、レイはぱたんと分厚い本を閉じる。


「また変なのが増えたな」

「そうですね」


 レイとムゲンの言葉にオスカーが弾かれたように振り返る。


「俺、こいつほど変じゃないだろ⁉」

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レイの悪魔図鑑 砂藪 @sunayabu

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