門と魔術師(3)
引き渡しをどうするかが問題だった。
生木は重い。切り出していない状態で運ぶならば人手がいる。運びやすい形に切り出したところで、こっそりと運ぶことはできないだろう。共用門の一画を借りているからには、出るにも入るにも人目がある。売り荷に紛れ込ませることも考えはしたが、リスクが大きいし、そもそも普段の商売とは切り離したかった。
相手は、分けて置いておいてくれたら勝手に持っていく、とこともなげに言った。
そこから数日、予定を変更して一つのグループを間伐に回した。集積所には置く場所がないし混ざるといけないから、と理由をつけて、奥の方に持って行かせた。
少し作業をしたいからと言って徒弟たちを先に帰らせ、自分は間伐材のところで待っていた。
日雇いに紛れて来るのか? 途中で身を隠すとか?
祖父がそう尋ねるとそいつは、まあそんなところだ、と答えた。釈然としないまま、言われたとおりに分けて置いた。
しかし、きょうの日雇いは全員帰ってしまった。重労働に耐えかねて途中でいなくなるようなやつはそう珍しくないのでいつもはそう気にしないが、今日は数えていたから分かる。きょう来たやつは全員最後まで働いて、きちんと帰った。
門を開けに行ったほうがいいのだろうかと思案していると、ぱき、と音がした。
目を上げると、ちょうど材木を置いている横のあたりに、硝子のおもてに入るようなひび割れが見えた。
祖父は思わず身構えた。
何もないはずの空間が、古びた書き割りのように裂け、下地の色を覗かせている。裂け目はどんどん広がり、やがて粉々になった。
やがて、人ひとりが通るのがやっと、というサイズの扉が中空に浮かんでいた。
こんな異常なことは、と祖父は思った――門でしかありえない。この扉は、門だろう。
門の中に門を開く? そんなことは聞いたことがなかった。ひとつの場所に繋がる複数の鍵というものも、あることはあるけれど、ここにそんなものがあるなんて聞いたことがない。そんなものを所持しているとわかれば〈連盟〉も〈鏡の塔〉の学者たちも、そいつを放ってはおかないだろう。
複製されたのだろうか。鍵の持つ権限を書き換えることもできると聞いたことはある。しかし祖父は肌見離さずその鍵を持っていたのだ。奪い取って〈複製現象〉に通すような時間はない。
それではどうやって。
開けようか、それとも逃げるべきか。逡巡しているうちに把手がきしりと回転し、扉が開いた。
中から現れたのは、この取引の主だった。
祖父が扉の目の前にいることに気付くと、微笑みかけた。
仕事のあとでしょう? お邪魔してすまないね。すぐに持っていくから。
どうするのかと思って見ていると、そいつは材木の上に手を置いた。
手の下に、小さな門が開いた。やはりそれは突然現れたものだった。それも、門というよりは何かの錬成陣のようなもので、薄く発光する線が円を形成していた。円はその身を材木に沿ってのばしていき、やがて全てをなかに吞み込んだ。
風切り音が聞こえた。
最初は一度。つぎは二度。四度、八度……すぐに数えきれなくなる。音がするたびに生木が削れ、すこしずつ細かくなっていく。
ふと鼻先を錆びた鉄のにおいがかすめ、祖父は総毛立った。
〈千の刃〉という門がある。それは狭い石造り部屋で、滅多に開かれることはない。〈連盟〉が誰かを処刑するときにだけ使われる特別な鍵だった。
足の腱を切られた罪人が開いた門の中へと突き飛ばされる。風切り音がする。一度、二度……その様子を、祖父は最期まで見届ける。見届けなければいけなかったのだ。材木の組合の若者だった。いつか寄合で、こんな構造に甘んじていていいのか、と血気盛んに主張していた。〈連盟〉の鍵持ちを殺して鍵を奪おうとした。
思わず祖父は目を瞑る。
木材を粉々にし終えると、そいつは今度は人差し指を立てて、妙な仕草をした。それはちょうど、塵の山と本の間に道を作るような具合だった。
そして、その通りのことが起きた。
門に近いほうの破片がゆっくりと浮かび上がって、門の中へ向かっていった。細くたなびく流れはやがて急流になり、最後はほとんどなだれ込むように門の中へと飛び込んでいった。
門の主は満足そうに頷くと、懐から金貨の入った袋を取り出し、それを祖父の手に握らせた。祖父は我に返り、門に帰ろうとするそいつを引き留めた。
あんたは何なんだ。
門を開けただけですよ。
鍵も錠前もないのに、あんな事ができるはずがない。
もしかして、ご存知ない?
門の主は不適にほほえみ、祖父を見下ろした。
魔術師という言葉が、もうひとたび脳裏にこだました。
祖父は思わず身を離したけれど、そいつは逃げはしなかった。むしろ、祖父の方を興味深そうに見下ろしていた。どんな結論に至るのだろうか、と思っている様子だった。
〈海の門〉 暴力と破滅の運び手 @violence_ruin
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