第570話 宇宙百貨店
俺の前に立ちふさがった男は、それっぽい手帳を見せて公安のものだと名乗った。
「黒澤久隆さんで、まちがいないですな」
「さて、どうだったかな」
「昨日は木星に滞在されていたそうですが、いつお帰りに?」
「今夜は飲み過ぎちまって、自分の記憶に自信が無いなあ」
「……あんたには上の方から手配書が回ってきてるんですがね。同行願えますか」
空を指さした男がそう言って凄むと、隣に居たミーシャオちゃんが威圧されて俺の腕にしがみついてきた。
「おっと、俺としてもお上に逆らうつもりはないが、かわいこちゃんを怖がらせるやからとは、お近づきになりたくないねえ」
「では、滞在先を教えてもらえますかね」
「今から探すつもりだったんだが、お勧めはあるかい?」
男は、俺の問いには答えずに名刺を手渡した。
大阪府警警備部外事課とかなんとか書いてあるが、おっさんの名前を覚えるのが極端に苦手なので視線が上滑りしてよくわからんな。
まあ俺は保守的な男なのでお上には逆らわないのだ。
ありがたく名刺を受け取ると、男は苦虫を噛み潰したような顔で、
「昨日もこの近くで暴動が起きたばかりで、まだEPCの連中がうろついてる。あんたも宇宙帰りならわかってるだろうが、この国にいる間ぐらいは、おとなしくして貰いたいもんだな」
そんなさも知ってて当たり前みたいなことを言われても、何一つわからんことだらけだが、おとなしくすることに異存はない。
なんにせよ、それでどうやら解放となったようだ。
別の若い男が小声で拘束すべきだ、などと言っていたが、周りに制止されていた。
物騒だねえ。
物騒なので足早にその場を離れる。
アレな連中に絡まれて、お嬢さん方が萎縮してなければいいがと心配したのだが、どうやら悪い奴が出てきていよいよ物語っぽくなってきたと喜んでいるようだった。
肝が太いなあ。
このあたりは人通りも多いのだが、大半はスーツ姿のサラリーマンで、全身タイツだと多少居心地が悪い。
それにミーシャオやメヌセアラを危険な目に遭わせるわけにも行かないので、やっぱり一度母船のグリースワーグ号に戻ろうと提案すると、オリビンは首を振る。
「せっかく面白くなってきたのですから、お嬢さん方にも堪能して貰うべきでしょう。あなたのようなうらなり君が男を上げるいい機会ですよ」
「また無責任なことを。俺は自分が非常に頼りなく不甲斐ないことを知っているというその一点の美徳のみで今日まで生き延びてきた男だぞ。そんな危険なまねができるか」
「できなくともやるのですよ。すでに複数の集団に尾行されています、何をやってもトラブルは発生するでしょう」
「まじかよ、このままはしごで飲みに行っても大丈夫かな?」
「この状況でその提案ができる胆力があれば大丈夫なのでは」
「無責任なこと言うなあ。二人はどうする?」
お嬢さん方の意見を求めると、どうやらおなかいっぱいらしい。
まあコース一式食べれば普通は満腹になるよな。
うちの食いしん坊共ならあの数倍は食べるだろうけど。
やっぱり引き上げたほうがいいんじゃないかと考えていたら、目の前にこじゃれたジェラートの店があった。
ボーアイスって看板に書いてある。
知らないブランドだなあと眺めていたら、オリビン曰く、宇宙人の有名な店らしい。
「惑星連合なら、どこのステーションに行っても大抵店を出してますよ。いささか見飽きた店構えですが、地球にはまだ三店舗しかないようですね」
「ふうん、その割には客が少ないな。そんな珍しい店なら行列ができてそうなもんだが」
「高いからでは? 日本円だと一つ三万円ぐらいになるので」
「たけえな、おい。まあ宇宙文化に触れるにはいい機会かもしれない。二人とも甘い物なら入るんじゃないか?」
改めて尋ねると、二人とも乗り気のようだ。
とくにミーシャオちゃんは、以前うちに遊びに来たときにアイスを食べていたそうで、
「あれ、すっごくおいしいから、メヌセアラ様も是非食べるべきです!」
などと熱弁していた。
俺としては酒を飲みたい気分の時に甘い物は欲しくないんだけど、お嬢さん方を喜ばせるために、気分を切り替えて店にはいった。
店内は内装が真っ白で、対面式のカウンターには真っ白い肌でのっぺりした顔の宇宙人が並び、あちこちに球状のディスプレイが浮かんでメニューを表示している。
適当にお勧めの物を頼むと、棒付きキャンディをでかくしたようなアイスが出てきた。
リンゴ飴ぐらいのサイズ感だな。
手に持ってかじるらしい。
試しにかじりつくと、見た目より柔らかく、プリンとかゼリーみたいな食感で、それでいて味はオーソドックスなミルクのアイスって感じでなかなかうまい。
食べながら大阪駅に向かってぶらぶらと北上していくと、昔でかい郵便局があったところにいかにもSFっぽいビルが建っていた。
ビルの全面が立体映像のサイネージになっていて、なんかとにかく色々派手な映像を流している。
大阪でも南の方じゃないと許容できないレベルのケバさだな、これ。
「ベリーズですか、惑星連合でも有数の百貨店ですね」
とオリビン。
「へえ、なにかおもろいもん売ってるかな」
「大抵の物は手に入ると思いますが、コンセッションエリアなので、尾行はまけるかも知れません」
「コンセッションって?」
「日本語で言えば、治外法権的な領域ですよ。ベリーズともなれば、事実上独立国家と同等の扱いですからね」
「ふうん、よくわからんが、入ってみるか」
かわいこちゃん連れで宇宙百貨店に乗り込んでみると、入ってすぐが吹き抜けの広いスペースで、派手な電飾と、きらびやかな店員のガイドで、店というよりテーマパークのようだった。
客は宇宙人半分、地球人半分って感じだが、さっきのアイスの相場を考えると、たぶん地球人がおいそれと買い物できる店ではないんだろうな。
こういうのを見せつけられると、宇宙人排斥みたいな動きもでてくるのかもしれんなあ。
まあ俺は知らん間にブルジョアになってたらしいので、勝ち組らしく買い物しよう。
「これが不思議百貨店というものなのでしょう? エッペルレンのお話に出てきたとおり! 七色に光るドレスや、食べてもなくならないクッキーや、横になると体が浮き上がるベッドなんてものも売ってるんでしょう?」
とメヌセアラが興奮していえば、ミーシャオも浮かれて、
「私もそのお話読みました、どれだけ荷物を詰めても重さを感じないバッグってのに憧れて、そんなのがあったら毎日の配達も簡単なのに」
などと言ってキャッキャとはしゃいでいる。
楽しそうだな。
愛らしいお嬢さんを金と物で喜ばせるという中年男性の醍醐味を最高に満足させてくれるという点で、この店は素晴らしい店のようだ。
ひとまずリクエストに応えるべく、売り場に移動しよう。
広場の中央にはピカピカ光る丸い円盤がいくつも置かれており、これに乗って移動するらしい。
ピカピカ円盤に乗ると、縁にネオンのように輝く手すりがあらわれ、土台がふわりと浮き上がった。
「すごい、飛んでる!?」
お嬢さん二人は無邪気に喜んでいる。
ほんとは俺も驚いたり叫んだりしたい、したいがここはぐっと我慢してお嬢さんをエスコートする渋めの中年男性を演じるのだ。
いやでもこれ、楽しいな。
いつの間にか二十一世紀が来てたんだなあ。
さっきの料理はオリビンのおごりだったが、自分の連れのお嬢さん方の買い物まで奢らせるのは、さすがの俺でもいかがな物かなと思わなくもない。
というわけてちょっと確認してみたら、俺の腕輪についてる何かの認証装置みたいなもので支払いができたので、調子に乗ってあれもこれも買い与えていたら、いつの間にか店員さんが複数ぞろぞろとついてきて、行列になっていた。
店員というかデパガの宇宙人版だな。
みんな美人だ。
いや二十一世紀にもなってデパガとかいわんか、デパートガール以前にデパートが死語だよな、たぶん。
ご令嬢のメヌセアラはともかく、ミーシャオちゃんは店員にもてなされること自体になれていなくて混乱していたが、そこは女の子なので、本能的にちやほやされることをすぐに受け入れていたようにみえる。
いやでもこういう言い方はポリコレ的なアレでアウトかな、二十一世紀もいいことばかりじゃないな。
一通り服やら何やらを見て回ってるうちに、日付をまたぐような時間になっていたようだ。
お嬢さん方は興奮しているので眠気を感じたりはしていないようだが、おじさんは夜に弱いので眠くなってきた。
少し休憩しようということで、買った荷物はガレージに回しておいたエアカーに運んでおいてもらい、俺達は最上階でお茶を飲んでいる。
ここはドーム状のガラス張りの屋根で覆われた広場になっていて、九割方が観光っぽい宇宙人だった。
そもそもこのスペースの入場時にチェックがあったからな。
どうやら資格のない地球人だけだと入れないらしい。
格差だなあ。
大きなカップのパフェをうまそうに食べてるお嬢さん二人を横目に、そこの所をオリビンに尋ねてみる。
「よその星でも、こうやってよそからやってきた宇宙人が我が物顔で陣取ったりしてるもんなのか?」
「そうですね、惑星連合の場合、規定水準に満たない文明国家は、おおむねこのような状態から始めて、徐々に啓発していく形をとります」
「惑星連合以外だと?」
「デンパー帝国は、文字通りインペリアリズムの国家ですから、領内で発見された文明は基本的にそのまま併合します。総督を派遣し、現地の統治機構を組み込みながら再構成し、最終的に帝国市民権を与えるという形ですね」
「ふむ」
「ラオーレの場合は、ハイブマインドに参加するかどうかで大きく分かれるのですが」
「なんだいそりゃ」
「集合自我などとも言いますが、こちらの人間でも、脳幹にコネクタを用意して、脳を外部に接続しているでしょう。あなたはないようですが」
「ああ、そういうのね」
「デンパーや惑星連合では基本的に自我の主体を脳においていますが、ラオーレではそれをネットワーク上に置いています。アジャールの作ったゲートワイヤー上のファーツリーネットワークがその母体だと考えられますが、要するにネットワークで直結された脳が直接コミュニケーションを取る体制で、そこに参加していないものは異邦人、これは異教徒といった方がいいでしょうか、要するによそ者扱いなので、たとえ新規の文明を見つけても基本的には非干渉です」
「ふうん、っていうか異教徒っていうからには宗教じみてるのか?」
「そうですね、彼らは自分たち、いえ、この言い方は正確ではないですね、彼らの自我境界はかなり緩く、個の概念がかなり薄いので。ともかく、彼らは自らの住むネットワークをモナド、あるいは館とよび、ズゥの
「へえ、神子ってどこかで聞いたな」
「あなたのことですよ、連れの二人もあなたのことを
「それは
「同じ意味でしょう」
同じなのか?
日本語だと確かに同じ読みだけど、脳内翻訳の都合で、最初から
何かすごく重要な情報をゲットした気もするけどよくわからんな、まあそこはいいや。
「じゃあ国を挙げて俺みたいになりたいって思ってんの? 照れるな」
「神子があなたみたいなうらなり君だと知れば、ラオーレの連中はインターフェースが火を噴いて卒倒するでしょうね」
「気の毒に、信仰は命がけだな」
「私でも同情しますよ」
「で、えーと何の話だったっけ」
「後進国家の統治の話でしょう」
「ああ、うん、そうだった。さっきの厳ついおっさんたちも、それ関係で苦労してそうだったけど」
「それでも、この星が元より抱える問題に比べれば、その影響は微々たる物でしょう。権利とは闘争の結果として得られるものです。むしろ問題は、それが海賊の隠れ蓑になっていることですね」
「そうなのか?」
「木星アカデミアの都市でも市長が海賊だったでしょう。そうした問題はこの星の至る所で内包しているはずです。それに比べれば、例えばガバナンスの面でこのベリーズなどははるかにまともですから、こういう拠点を用意しておくこともまた啓発の一環と癒えますね」
「それにしちゃ物価が高すぎないか?」
「それはまた別の問題です。例えば先ほどのボーアイス、あれはよく購買力平価の基準に用いられますが、連合通貨だと二百から三百ピンで、ボトルの水一本ぐらいの価値です。これは地球の感覚でいえば……、そうですねイギリスで買ったエビアンが二ポンドほどでしたから、日本円だと三百円ぐらいですか。同一星系内で言語や通貨がバラバラなのも問題ですが、それはさておき、実際に先ほどのアイスは三万円したでしょう。購買力に百倍の開きがある社会が対等の交流を持てるはずもないので、現在のようにゲートで蓋をすることで保護しているわけですよ」
「ふうん」
よくわからんが、大変そうだなあ。
喋ってる間にパフェを食べ終わった二人のお嬢さんは、さすがにそろそろ疲れてきたようで、ボチボチ引き上げるかという話になる。
考えてみればファジア博士もまだ地球に戻ってないはずなので、こっちに出てきてもしょうがなかったんだよな。
まあ、飯と買い物が目的だと思えばいいだろう。
なんでもポジティブにとらえておけば丸く収まるのだ。
紳士は異世界でメイドハーレムの夢をみる むらのとみのり @muranoto
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