第569話 くいだおれ

 刺すようなオリビンの視線をあえて無視して、うっかり連れてきてしまったお嬢さん二人のフォローをする。

 突然見知らぬ世界に飛んできたのだと告げると、メヌセアラ、ミーシャオの両人はたいそう驚いていたのだが、幸いなことに二人ともエッペルレンの冒険譚の愛読者だったことも有り、その延長で理解してくれたようだ。


「つまり私達は今、紳士様の不思議な力で見知らぬ世界に旅してきたというわけなんですね」

「じゃあこれが前フルンちゃんが一緒に乗ろうって言ってた、宇宙船ってやつ?」


 などと言って盛り上がっている。

 ちなみに両者はどちらも長く島に住んでいることもあり、お互い顔は知っているが、会話したことはないという感じだ。

 まあ普通、身分差があるとそうなるよな。

 二人ともはじめは非常に距離感のある感じだったが、俺という最高にイケてる共通の知人をダシにどうにか会話を成り立たせようとしているようだ。

 少女達のそうした、いじましい姿に感動していたら、しびれを切らした顔のオリビンが再び声をかけてくる。


「そろそろ、そちらの話はまとまったのですか?」

「まとまるも何も、とくに何がどうというわけでもないんだけど」

「では、さっさと支度をなさい。そろそろ地球に着きます」

「そりゃいいんだけど、地球で何するんだ?」

「アジャールの塔を調査するのでしょう」

「いや、アレがなんかあるんじゃないかとは思わなくもないんだけど、別に自分で調査するほどの事も無いんじゃねえかなと言う気もしないでもないんだけど」

「何を今更グダグダと。あなたのようにそこに居るだけで周りに迷惑のかかる人間は、せめて自ら手を動かし汗をかいて誠意を見せるぐらいのことはしてしかるべきです」

「そりゃ不当な言いがかりだ、俺が何をしたって言うんだ、そのようなナンセンスな物言いには断固抗議するね」

「大海賊を呼び寄せ、連合軍と警察機構に甚大な被害をあたえ、現地コロニーにも混乱をもたらしたではありませんか」

「どう考えても俺が第一の被害者だろう。そういうのを害悪の告知とか言うんだよ、脅迫だ脅迫!」

「それは一般人の話です。恒星系をまるごと飲み込めるような力を持つ存在に、一般人と同じ倫理が適用されるはずがないでしょう」

「そんなのやだ」

「だだをこねるんじゃありません」

「しょうがねえな、せめて寿司を食いたい。俺は寿司さえ食えると思えば、頑張れる男なんだ」

「何ですか、それは」

「寿司は日本人のソウルフードだ。寿司と言えば日本人、日本人と言えば寿司。両者は互いにネタでありシャリであり、共に分かちがたく……」

「スシ……寿司、ああ米に生魚を乗せた料理ですか、いいでしょう、では塔の謎を解明したら、食べることを許可します」

「うひょー、寿司だ寿司」


 寿司で簡単に釣られる自分のチョロさに安心していたら、オリビンが足下に転がっていたものを拾い上げる。


「これは……あなたのものですか?」


 メヌセアラに声をかけたオリビンが手にしていたのは、小さなブローチだった。

 八つ目の模様が彫られたやつだ。

 礼をのべてブローチを受け取るメヌセアラに、さらにオリビンが質問する。


「あなたはこの紋章に何かゆかりが?」

「いえ、これは近所で拾った物なのですけど、私の国では岩窟の魔女のシンボルとして知られる物なのですが、もしやこの世界にも関係があるものなのですか?」

「さて、偶然の一致かも知れません……。それよりも、二人とも、その格好では目立つでしょう。着替えを用意するのでこちらに」


 そう言って連れ出してしまった。

 着替えるってやっぱ全身タイツに着替えるんだよな?

 俺もこっちだとなぜかそういう格好になってるし。

 ミーシャオは素朴なファンタジー田舎娘風だし、メヌセアラは質素だが高そうなワンピースのドレス姿なので、地球じゃ目立つと言えば目立つだろうが、全身タイツのほうが余計目立つんじゃねえかな。

 とは思ったものの、二人のタイツ姿を拝みたかったので突っ込みは入れないことにする。


 そういえば他の連中はどうしてるのかと確認したところ、王様の姉サンスースルは簡易ベッドで寝ているし、海賊グラニウルは酔い潰れてソファで寝ている。

 例の高いウイスキーは飲み尽くしたようだ、もったいねえなあ。

 今一人、メッキ土偶のバルキンはここに居なかったが、後で聞いたところによると、故障した発声回路を修理しているらしい。

 酒瓶の詰まった棚を勝手にあさって一杯やっていると、着替えを終えたお嬢様方がやってきた。


 ピチピチの全身タイツに抵抗があるのは庶民のミーシャオの方で、お嬢様のメヌセアラの方が自然に着こなしていた。

 話を聞いてみると、ボディラインのしっかり出るタイトなドレスはそれほど珍しくないらしい。

 そういやうちのお姫様連中もたまにそういう格好をしてた気もするな。

 ただ、病弱なメヌセアラはパーティなどの機会も滅多になかったので、


「ちょっと気恥ずかしいですね」


 などと言って照れていた。

 かわいいなあ。

 いつもの調子で褒めたりなだめたりして全身タイツを受け入れて貰っているうちに、どうやら地球に着いたようだ。

 でかい壁面パネルに地球の様子が映し出され、その前でオリビンが腕組みしている。


「さて、どうやって地上に降りましょうか。前回地球に降りたときは商船に偽装していたのですが、今回は準備する余裕がなかったので港から入るのは難しいですね」

「海賊らしくこっそり忍び込むとかでいいんじゃねえのか?」

「その後の移動が大変でしょう。この星は交通機関のインフラが脆弱すぎます。エアカーで移動できる範囲に降りなければ」

「じゃあ、宇宙英雄とやらが大手を振って乗り込んでいけばいいんじゃねえか?」

「いやですよ、みっともない。第一、目立つではありませんか」


 どんな理屈かわからんが、宇宙英雄ってのはみっともないものらしい。


「そもそも、無事に地上に降りたとしても、塔の周りって警戒されてるから忍び込んだりできない気もするな」

「それぐらいは自分で知恵を絞ってどうにかしなさい」

「そうは言ってもなあ……、あ、調査できる学者先生の知り合いがいるから、頼めばどうにかなるかも」

「ではすぐに連絡を取りなさい」

「連絡先がわからんのだけど……今どこに居るんだろ、島津ちゃんなら知ってるかな?」

「彼女はまだアカデミアにいるはずです」

「彼女の連絡先もわからんのだけど」

「それぐらい自分で聞いておきなさい。そんなことだからモテないのですよ」

「それはもっともな話だな」

「島津には私の方から連絡をつけておきます。ところで、最初の訪問地はオーサカでよいのですか?」

「前にちょこっと覗いたやつか。他にどこにあらわれてんの?」

「アテネ、ギーザ、ヒッラ、オーサカ、チチェンイッツァ、イスタンブール、カリャムクティ、タイアン……の8箇所だそうです」


 同時に地球の地図が壁に映し出されるが、地名を聞いてもピンとこない場所もあるな。

 アテネとかギザとかは古い文明と関係ありそうだなあ。

 ヒッラってどこだろう、地図的にイラクだが……バビロンとかこの辺だったか、メソポタミアつながりかな。

 チチェンイッツァってマヤの遺跡のあるとこだったか、世界遺産だよな。

 イスタンブールも古い都だし、カリャムクティってなんだ、地図だと東南アジアの……インドネシアか。

 タイアンは泰山か、これも神話の舞台だよな。

 なんかそういうつながりなのかもしれんが、大阪だけ浮いてねえか?

 あのへん、淀川の堆積地だぞ。

 千年も前はあのへん海の下だろうに。

 まさか俺が近くに住んでたから忖度したとかそういう話じゃねえだろうな。


 まあ、こういうのは考えたところでわかるもんでもないし、必要になれば誰かがサクッと解説とかしてくれるんじゃなかろうか。

 まあ、してくれない可能性の方が高いけど、それよりも大事なのは、うっかり連れてきちゃった二人のお嬢さんや、別行動になってる島津巡査やファジア先生、カンプトン中佐あたりと再会して関係を深めたりすることだろう。


「よくわからんから大阪でいいよ、地元だし」


 俺の返事を聞いて、オリビンはじっと地図を眺める。


「では、キイ・チャンネルから海底を北上し、河口でエアカーに乗り換えヨドリバーに入るとしましょう。タワー近くで上陸し、潜伏して先方と合流でよいのでは」


 半端にカタカナが混じるとわけわからんな、何だよキイチャンネルって。

 あれか、紀伊水道か。

 まあいいや、とにかく全部任せてぼんやりと推移を見守っていると、あっという間に大気圏に突入する。

 ちょうど夜らしいんだけど、スクリーン越しに夜景が映し出される。

 景色にオーバーレイされた情報によると上海の上空らしい。

 そこを抜けてしばし真っ暗な海の上を抜けると、九州が見えてきた。

 なんか噴火してるっぽいけど、桜島か。

 あれいっつも煙が噴いてるよな。

 さらに進むと急に高度が下がって、音も無く着水する。


「遮蔽装置を効かせてあるとは言え、軌道上にバーバーフスがいなければ監視はザルですね。同盟標準時間で一時間後に上陸します。現地時間でいうと、21時頃ですか」

「上陸場所は?」

「ケマというポイントに水門があるようですから、そこより下流にしようと考えています。塔も下流側ですし」

「そのへんが都合いいだろうな。適当なところで上陸するか」


 雑に作戦を決めたところで、乗り換えポイントに到着したようだ。

 グラニウルとサンスースルは相変わらず寝ており、まだ修理中のバルキンだけが顔を出して俺達を送り出してくれた。

 上陸するのは俺とオリビン、そしてメヌセアラとミーシャオの四人だ。

 二人のお嬢さんには留守番してて貰いたいんだけど、冒険する気満々なのでどうにもならなかった。

 まあ日本でそうそう危ないこともないだろう。

 乗り物の方は木星アカデミアで見かけたタイヤのない、いわゆるエアカーだ。

 しかも水面下ギリギリを波も立てずにすすむ。

 かっこいい。


「車両も未登録で、ビザもないので官憲に職質など受けないように」

「俺ぐらい善良なオーラを醸し出してれば心配ないだろう」

「もしかしたら言わないとわからないのかも知れませんが、あなたが一番胡散臭いですよ」

「そんなこと言われてもなあ」

「それから、二人には簡易の翻訳機を持たせています。同時翻訳はできませんが、発信器にもなっているので、万が一はぐれた場合でも対応できるでしょう。使い方は先ほどレクチャしておきました」

「気が利くなあ」

「あなたは効かなすぎですよ」


 などと無駄口を叩くうちに、手頃な上陸ポイントを見つけて淀川左岸に上陸し、そのままエアカーで道路に入る。

 高速沿いに走って北新地でエアカーを降りた。

 降りたエアカーの方は自動運転で近場を周回し、呼んだら勝手に来るらしい。

 ハイテクなのかローテクなのかわからんな。


「さて、何はともあれ、メシだろ、メシ」


 そう言ってキョロキョロ店を探す。

 このあたりは高級店も多いが、宇宙人が飛び込みで入れる店はあるのかな。

 オリビンも日本に来たのは初めてらしいので、今のこの国における宇宙人の受け入れ具合がどうなのか、よくわからない。

 わからん物はしょうがないので、ちょうど目についた観光案内所に飛び込んでみる。

 受付には若いお姉さんが二人並んでいた。

 ちょっと美人過ぎるのではと思ったら、どうやら二人ともロボットらしい。

 うちのロボット連中とはまたすこし趣が違うなあと思いつつ、声をかける。

 久しぶりに日本に帰ってきたが、宇宙人の友人に大阪らしいうまいものを食わせたい、今からは入れる店はあるかい、などと聞いてみると、近くの店に予約を入れてくれた。

 全身タイツで大丈夫か、それとなく聞いてみたが、宇宙人のドレスコード的にはカジュアル扱いなので、ちょっとした店なら平気のようだ。

 もちろんカジュアルと言っても普段着のことではなく、カジュアルスタイルのことだ。


 さっそく出向くと、ビルの半地下にあるこぢんまりした店だった。

 席に着くと、紫色の肌の姉ちゃんがおしぼりをもってきてくれる。

 次いで若い板前の兄ちゃん、こちらは日本人のようだが、その兄ちゃんがアレルギーやタブーの有無などを確認する。

 料理はおまかせにしておいた。

 なかなか感じのいい店で、今度こそ落ち着いてうまいものが食えそうだ。

 俺の隣に座ったミーシャオちゃんは慣れない環境にドギマギしていたが、


「なに、わからないことがあれば聞くといい。何事も経験さ」


 と適当なことを言うと、真面目な顔でうなずいていた。


 ビールで乾杯してグビグビやり、焼き物が出てくる段になってやっと落ち着いてきたので少し店内の様子を見ると、他の客は二組だ。

 一人は俺の一つ隣に座る鼻の長い宇宙人で、ちょっとノズっぽい。

 料理を口に運ぶ度に、鼻がむにっと持ち上がってちょっと面白い。

 あれってモデルの宇宙人がいたんだな。

 それともあれも十万年前からの生き残りの種族だったりするんだろうか。

 目が合ったので会釈すると、声をかけてきた。


「地元のお人とお見受けしますが、きれいどころを連れて、隅に置けませんな」

「これがまたどうして、どうもてなした物か思案に暮れているところですよ。あなたは観光で?」

「ええ、本当は今日にも発つつもりだったのですが、ゲートで海賊がらみのトラブルがあったでしょう、あれのせいでゲート経由の便はすべてキャンセルというわけで。おかげで今夜は結構な物にありつけたわけですがね」

「何やら物騒な話で。あちらに友人もいるので、私も心配していたところです」


 話す度に長い鼻がもぞもぞ動くのが気になるが、話してみるとただの気のいい宇宙人だった。

 次の料理が来て、会話が途切れたところで視線を店の奥に移すと、楽しそうに舌鼓をうつ熟年カップルがいる。

 これも少なくとも日本人ではなさそうだが、うまそうに食べているな。


 あらためてこちらの連れを見ると、ミーシャオちゃんは港町生まれのせいか魚料理には一家言あるような感じだったが、板前さんの確かな腕前に言葉をなくしていたようだ。

 俺もあっちで色々うまいもんは食ってるけど、やっぱり日本の料理は日本で食わんとなあ、などと唸りつつ、煮物をパクパク食べていると、目の前で天ぷらを揚げ始めた。

 ごま油のいい匂いがたまらんな。

 メヌセアラはお嬢様だけだってそつなく楽しんでいるようだ。

 オリビンもまあ、酒のペースが異様に早いことを除けば、満足しているようだ。

 気に入らんと何言われるかわからんからな。


 その後も蒸したウニやシメの炊き込みご飯でたいそう満足して店を出た。

 ちなみに支払いはオリビン持ちだった。

 おごりで食うごちそうはうまさが倍増するのでお得だよな。


 正直飲み足りないが、年若いお嬢さん二人を連れ回すのもなんなので、先に宿をきめたほうがいいんじゃなかろうか。

 しかる後に寿司でも食えば完璧に整う気がする。

 そこの所を聞いてみようとオリビンに声をかけると、こちらは今の料理にずいぶんと満足していたようすで、


「地球にもまともな料理があるではありませんか。前回訪れたスコットランドという土地では煮込みすぎた豆やらぼそぼそのビーフやらばかりで辟易したものです。まともなのはウイスキーだけでしたね」

「だったら、次はうまいスコッチでも飲みに行くか。その前に宿はどうするんだ? 船に戻るのか、それともどっか適当に宿でも……」


 言い終える前に足が止まる。

 いつの間にか、周りをスーツ姿のごついおっさんに囲まれていたからだ。

 なんだかわからんが、食後の余韻が台無しだなあ。

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