第568話 島の遺跡 後編
薄暗い地下墓地の奥で、銀色に鈍く光る卵形カプセルの映像を眺めながら、なーんか見覚えあるけど何だったかなあ、覚えてないってことはたいした物じゃなかったんだろうけどなあ、などとぼんくらっぽくぼんやり悩んでいたら、メヌセアラ嬢が目を輝かせてカプセルを指さす。
「まあ、なんですのこの卵のような、ピカピカの物。きっと素晴らしいお宝に違いありませんわ!」
まあ、確かに普通のものではない感じはキュンキュンしておるわけだが、こういう胡散臭いものは初手で避けて通るのが賢い大人の生き様ではなかろうか。
「このお宝をどうするんですの? 持ち出すにはちょっと大きそうに見えますけど」
「いやいや、ここは神聖な墓所だよ。必要な調査さえ終えれば、あとはそのままにしておかなければ」
「それは……そうですね、たしかに。これだけの発見なので、もったいないと思うんですけど。それとも、こういう物は、よくある物なんですの?」
「さて、ちょっと普通のダンジョンなどで見かけるものではないかな。見たところ、いわゆるステンレス製の遺物のようだが、ここの墓所には似合わないね」
「そうなのですか、でもそれならば余計に調査が必要なのでは?」
なかなか食い下がるな。
考えてみれば、幼い頃からフューエルを慕うような性格だったそうなので、基本的におてんばなのだろう。
そういうご婦人に翻弄されるのが俺の生き様なので、ちょっと付き合うとするか。
「たしかに、魔物もいないようだし、潜ってみようか」
「それでこそ紳士様!」
とても嬉しそうだが、そもそもメヌセアラはスカートなんだよな。
サマードレスって感じのシンプルなワンピースだけど、ダンジョンに潜る格好ではない。
でもまあ、地球でも昔は女性がスカートで登山してたとか聞くし、たいした問題じゃないだろう。
いやでも、スカートがめくれそうになったところを手で防ごうとして滑落した、みたいな事故もあったそうだし良くないのでは?
まあ、大丈夫か。
細かいことは気にせずに、かび臭い地下墓地にドスドス乗り込んでいく。
初夏を思わせる日差しの強い外とは違い、中はひんやりと肌寒い。
「なんだか、思ったよりさっぱりしたものですのね」
俺と並んで歩きながら、メヌセアラは周りをキョロキョロと見回す。
狭い石段を少し下ると、中は細い通路になっており、両脇には棚のようなくぼみがある。
埃が積もる棚はどれも空だが、大きさからしてここに遺体を安置していたのだろう。
「この棚のような物はなんなのでしょう?」
指先でおっかなびっくり触れようとしていたメヌセアラの耳元に、そっと囁く。
「そこはお墓だよ」
「え!?」
驚いて飛び上がるメヌセアラ。
「これがお墓? ここに棺を置いたんですの? それにしては少し狭い気も」
そこでレーンがしゃしゃり出てくる。
「このあたりでは、昔から遺体は火葬していたので、ここには燃やして骨になった遺体を布で包んだり壺に納めて並べていたはずですよ」
「そういえば、島出身の女中に聞いたことがあります。遺体を燃やすだなんてかわいそうだと思ったのですけど」
「スパイツヤーデの多くの地方では遺体をそのまま棺に収め土中に埋めますので、驚くでしょうね。ただ、どちらもいずれは父なる大地に還り、大いなる世界樹を通してこの世界に還元されていくのです。そうした視点で見れば些末なことでしょう」
「それは、神様からすればそうなのでしょうけど、私は暗い土の下で虫に食われるのも、燃えさかる炎で焼かれるのも、なんだか……」
そんなことを話すうちに、例の卵のある小部屋にたどり着く。
現物を見ると、明らかにこの場所に似つかわしくない物だということがよくわかる。
っていうかこれ、絶対女神とかそっち関係の遺物だよな。
そうだこれ、判子ちゃんが過去の世界かなんかで使ってたやつに似てるんだ、たぶん。
ってことは、中に誰かいるのかな?
「なんだか、見ているだけで気圧されますね」
メヌセアラは俺の陰に隠れるようにしながら、銀ピカ卵を見つめる。
確かにプレッシャーは感じるんだけど、中になにが入ってるにせよ、それほどやばそうな気はしないんだよな。
とはいえ、俺の勘はアテにならんからな。
まあ、ほんとにやばけりゃ、ストームやカームあたりがふらっとやってきて、それっぽい思わせぶりなことを言っていい感じにしてくれるんだろうけど……。
「なんですか、これは」
「ぬわっ!?」
突然声をかけられてびびったが、見れば双子幼女のカームが俺の隣に立っていた。
来るんじゃないかと予想していても、突然現れると驚くな。
「お前でもわからんのか?」
「世の中、わからない物の方が多いものです。シーサあたりの次元航行船にも似ていますが、おかめぽんちが何も言ってこないところを見ると、違うのでしょうね」
たぶん判子ちゃんのことを言ってるんだろうが、そこの所はスルーしておく。
「それよりも、このチラチラと鬱陶しいものはなんですか?」
カームがまとわりつく虫を払うような仕草を見せるが、見たところ何も飛んでいるようには見えない。
だが、しばらく銀ピカ卵を見つめていると、時折波紋のような白っぽい光の帯が見えることがある。
その帯はふわっと広がって周りの俺達をすり抜け、壁や天井の向こうに消えていくようだ。
「どうやら……」
これまたいつの間にか現れていた双子幼女のストームが、卵にそっと触れようとして手を止める。
「これはちゃんとこの時空に固定されていないようですわ。その歪みがこうして目に見えるぐらいはっきりとしているようです」
「それで、どうすりゃいいんだ?」
「悩ましいですわね。回収するには不安定ですし、かといって放置もできず……」
「そもそも、何かもわからんのだしな」
「中身が何かはわからぬとは言え、こんな珍妙な物はご主人様関係のものに決まっていますわよ」
「決まってたか」
そろって首を傾げていると、メヌセアラが恐る恐ると言った顔で、
「あの、このお子様方はどこから?」
「こいつらは突然現れて思わせぶりなことを告げるだけの、なぞの幼女だよ」
「そうなのですか、でもなんだか妙に神々しい力を感じるような……」
「神々しいだけなら、その辺の石ころでも磨いて神殿に飾っておけば感じるもんさ」
「そうなのでしょうか」
納得しかねる顔のメヌセアラだが、当の幼女二人は俺の雑な紹介を気にした風でもない。
「とにかく、これはここに置いておきましょう」
カームがそう言って、ペタペタ卵をさわる。
「それでいいのか?」
「アンカーをぶら下げておいたのでどうにかなるでしょう。あとはよしなに」
それだけ言うと、幼女コンビは出現時と同じくふわりと消えてしまった。
とりあえずほっといても大丈夫らしいので、早々に地下墓地から脱出する。
地上に戻ると、すでにウェドリグ派の隠者集団は引き上げていた。
淡泊な連中だな。
まあなんだ、こんないかにもなんかありそうな状況を、何事も無しに乗り切っただけで本日の俺は大勝利だと言えよう。
あとはさっさと帰って、本題であるメヌセアラの治療について相談でもするだけだ。
まだ探索に未練の残る様子のメヌセアラをなだめすかすようにして引き上げる。
森から出ると、きつい西日ですぐに汗ばんできた。
うんざりしながら別荘街の辻を曲がったところで、さっき別れたウェドリグ派の連中と出くわす。
数人固まって地元の子供と話をしているようだが、その子供が俺に気がついて手を振った。
馴染みの地元娘、ミーシャオちゃんだ。
突然の再会に浮かれて声をかけると、ウェドリグ派の一人がミーシャオちゃんを突き飛ばし、懐からナイフを抜いて襲いかかってきた。
俺の護衛も慌てて割って入ろうとしたようだが、タイミングが悪く俺とメヌセアラ嬢だけが一歩飛び出して賊の真正面に位置している。
そんな状況なので俺はとっさにメヌセアラを守ろうとするが、そんな器用なまねができるはずもなく、当然のようにつまずいて転んでしまう。
「ぎゃぁ!」
間抜けな悲鳴を上げる俺の前に、何を思ったのかメヌセアラが飛び出して、身を挺してかばおうとする。
賊の凶刃がメヌセアラに襲いかかろうとした瞬間、何かがバチッっと光って賊を弾き飛ばした。
同時にこっちも衝撃でひっくり返ると、そこは固い床の上で、どうやらまた別の場所に飛ばされたっぽい。
「まあなんですか、入れ替わり立ち替わり別の女を連れ込んで。あなたはなにがしたいのです?」
顔を上げると海賊オリビンが緑の髪を獅子のたてがみのように揺らしながら、俺を見下ろしている。
周りを見渡すと、メヌセアラとミーシャオの二人が、俺と同じように尻餅をついていた。
また、やっちまったようだな。
***
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