第567話 島の遺跡 中編
地下に続く怪しげな階段を見つけた、となれば次はいよいよ探索ターンだ。
深窓のご令嬢たるメヌセアラは腕まくりして乗り込む気が満々だったが、さすがにそれは侍女だけでなく主治医のセキアム先生にまで止められる。
「せっかくの大発見なのに、お預けなんてあんまりです。紳士様、どうか大丈夫だとおっしゃってくださいまし」
などとメヌセアラにおねだりされると、俺のような男はホイホイとOKを出しそうになる。
まあうちのメンツでフォローすればどんなダンジョンでも余裕だろ、と思うんだけど、本当にそうか?
つい昨日も洞窟の奥で鉄砲水に飲まれて死にかけたじゃん。
俺は女中とちょっと逢い引きしてるだけでゾンビもどきに襲われる男だぞ。
可能な限りリスクは避けるべきでは?
でも愛らしいお嬢さんにいいところを見せたいという気持ちもまた大事にしたいものであるなあと思うわけで。
そんなことを一瞬で考えた上で都合のいい作戦を考える。
「メヌセアラ、君のはやる気持ちもわかるが、未知の遺跡探索はそんなに単純な物じゃない。どんな危険が潜んでいるかわからないんだ」
「でも、紳士様なら大丈夫でしょう?」
「そんなことはないさ、どんな優れた冒険者でも、常に死の危険と隣り合わせだ。そもそも、君はどんな危険が待ち構えてると思う?」
「それは……やはり魔物とか」
「そうだね。でもこの島で魔物はあまり見られない。それにいたとしても、魔物相手ならそうそう引けを取ることはないだろう。だが危険というのはそれだけじゃない」
「例えば?」
「ここは見るからに古い遺跡のようだ。となるとまず崩落の危険がある。いくら体を鍛えていても、生き埋めになっては助かりようが無いのだ。ダンジョンでもっとも気を使い対策を立てるのがこの点だ。他にも有害な空気が充ちている可能性もある。対策無しに乗り込んではあっという間におだぶつだろう。だから多少遠回りになっても確実な方法で一つずつ危険を取り除いていく物さ」
「そんな危険が!? 冒険譚などにそんなことは書いてなかったのですが」
「そりゃあ、そんなところを物語にしても退屈だからね。だが実際に人間がやる仕事という物は、冒険者にせよ、学者にせよ、そういう退屈な作業の積み重ねなのさ。君の立場なら冒険者のパトロンになって、上澄みの面白おかしい部分だけを享受することも可能だろうが……」
「でも、紳士様が語ってくださった冒険譚はご自身がなした仕事の成果なのでしょう?」
「そうだね」
「私もそれを、自分で経験したいと思ったのです。私にも……できるでしょうか」
「自分になにができるかは、やってみなきゃわからないもんでね。じゃあ早速やってみようか。こいつは大変地味で、退屈な作業になるが」
「あら、昼間からベッドで寝ているより退屈なことなんてそうそう無いと思いますけど」
「そうかもしれん」
俺は朝からでもベッドでハッスルできるタイプだと自認しているが、まあそこはそれ。
今の会話によって反対意見をそれとなく押さえつつ、堅実な方向で探索を開始した。
具体的には地下洞窟に間諜虫を送り込み、マッピングの済んだ領域から武装したクロックロンを突入させる。
その様子を地上からモニタするという塩梅だ。
小型の投影装置が映し出す遺跡内の立体映像は、地味でかび臭そうな石積みの洞窟なのだが、メヌセアラだけでなく侍女やセキアム先生まで見入っていた。
冒険者ブームとか言うだけあって、みんなこういうのに興味はあるんだよな。
興味があっても実際にやるのはごく一部と言うだけで。
「どうやら、よくある地下墓地のようですね」
一緒にのぞき込んでいた僧侶のレーンがそうつぶやく。
「アルサなんかにあるのと同じか」
「様式的にも類似点が認められます、おそらく五百年以上は前の物でしょう。ただ、ここカープル島がスパイツヤーデに組み込まれたのは近年のことで、それ以前は友好的であったり戦争したりと色々あったそうです。エンテルさんならそこの所からさらに詳しく時代を同定できるのかも知れませんが、私としては、南方様式ではないというぐらいしかわかりませんね」
ついでスポックロンがロボットらしく科学的見地から所見を述べる。
「長く封印されていたようですが、つい最近、人が侵入した痕跡がありますね。映像のマークした場所に三人分の足跡が見られます」
発言に合わせるように、立体映像上に足跡マークがいくつも表示される。
「三日から一週間前と言ったところでしょうか。迷うことなくまっすぐ奥に向かっていますね。もう少し奥に進めてみましょう……、いえ、その前にお客人のようです」
スポックロンが解説を中断すると同時に、護衛としてついてきてきた連中がさっと周りを固める。
と言っても今回はあくまでお見舞いのつもりだったので、戦闘組はほとんどおらず、いつも俺のボディガードをしているキンザリスやエーメスぐらいで、あとはクロックロンら、ガーディアンが大半だ。
フューエルも居るんだけど、こっちも俺と同様守られる側だしな。
で、なにが起きるのかと様子を見ていると、素朴なフード付きのローブをまとった集団がぞろぞろとやってきた。
たしか何とか派とか言って森に籠もってなんかやってる連中だ。
そういや別荘近くに住んでたんだっけ。
この辺は彼らの縄張りではないようなことを聞いた気もするんだけど、それっぽい祠を荒らしたことで彼らの機嫌を損ねたりしたのだろうか。
年長の男が一歩歩み出て口を開く。
「祠を荒らしたのはお前達か」
まあ、荒らしているのかどうかと言われれば、これから荒らそうかなと言うところではあったのだけど、考えてみればここで真面目に信仰している連中からすれば冒涜的であったかもしれん。
いかんせん俺も女神とスケベはできても信心のこころはこれっぽっちも持ちあわせていないからな。
そんな不謹慎極まりない俺の代わりにレーンが前に出て対応する。
「森のヤドリギの皆様、お初にお目にかかります。私はレーンと申す一介の智恵の探求者です」
そう言ってちょっと変わったポーズで挨拶をすると、相手も同じ形をとる。
「わしはパント、ナラのヤドリギの長をしておる。してネアルの娘よ、そなたの信仰に恥じるところが無いのであれば、神聖な祠を荒らしてなんとするか、答えられたい」
フードをめくった初老の男は、語尾を強めてレーンに詰め寄る。
「無論、我が信仰に曇り無し。すべては我が女神への信仰と、我が主への忠誠の導くままに。ですがお答えする前に一つだけ伺いたいことがあります。この祠は、あなた方のものではないでしょう?」
「なぜかね、ここは小さいとは言え森の中、我らが信仰の足跡が残されていても不思議ではあるまい」
「いいえ、もしそうであれば、この祠にも印があるはずです。違いますか?」
「違わぬな。いかにも、ここは我らの遺跡ではない」
「それを聞いて安心いたしました。我らは現在、とある事情から黒竜会の残党と対峙しております。ここを訪れたのは偶然ですが、見れば黒竜にゆかりのあるシンボルの示された祠であり、しかも数日前に掘り起こされた痕跡がある。なにが行われたのかはわかりませんが、このまま放置するわけにも行かぬと調査したところ、古い地下墓地を発見したところでした。我々の行動に対する説明としては、これで十分ではないかと思いますが、いかがでしょう」
双方が何を言ってるのかよくわからんが、レーンが自信たっぷりに話すものだから、なんだかそう言う物なんだろうなと言う気がしてきた。
さてどうなるのかと思ったら、相手のリーダーらしき初老の男に、側の小柄な人物が耳打ちする。
リーダーがうなずいたかと思うと、耳打ちした方がフードをめくって顔をさらして、こちらに頭を下げる。
みればカントーレ婦人の孫のなんとか君だ。
気の強い恋人の方はシシエって名前だったのは覚えてるんだけど、彼の名前はなんだったかなあ。
「ご無沙汰しております、紳士様。以前、あなた様のご助力によりお助けいただいたデリエフです」
そうそう、デリエフ君。
ちゃんと自分から名乗って偉い。
「やあ、元気でやっているようだね。あのアクティブな君のガールフレンドも元気かい?」
と尋ねると、少しはにかみながらうなずく。
いい子だねえ。
そのいい子のデリエフ君が語ったのは、先頃俺がここでインチキ探偵として活躍したときのことだ。
デリエフ君の方とは別件の、うちの従者であるできる女商人レアリーがらみの件で、あれこれあったウェドリグ派の怪しい連中の話だ。
「われわれヤドリギの、ええと世間からはウェドリグ派と呼ばれていますが、その一派が黒竜会とつながりがあるという疑いを受けて、島に駐留している騎士団の要請を受け、我々も調査に協力していたのです。ここの祠はその点から目をつけていたのですが」
などという感じで、なんだか話が面倒くさそうになってきた。
あとは若い人だけでなどと言って早々に逃げ出したい感じなんだけど、それはそれとしてメヌセアラ嬢にいいかっこしたいという衝動もまだ覚めやらぬと言った塩梅であり、どうしたものか決めかねたままグダグダと悩んでいたら、スポックロンが何かを見つけたようだ。
「おや、これは興味深い。何らかのカプセルのようですが、我々の文明の物ではないようですね」
立体映像には銀色で卵形のカプセルが映っている。
「お前達のじゃないってことは、女神がらみの?」
「どうでしょうか、造形的に異なる気もしますが……」
「なんか面倒なことになりそうな気がしたりする?」
「それはどうでしょうか、ご主人様は常に何かしら巻き込まれているわけですし、ちょっと予想がつきませんね」
「嘘でもいいから、取り繕うとかあるだろう」
「そのようなまねをしても、何の面白みもないではありませんか」
「人間いつもいつも楽しさだけを求めてるわけじゃないんだがな」
言うだけ無駄な気がしてきたので、映像越しにカプセルをじっと見つめる。
それにしてもなんか見覚えのある形だなあ。
なんだっけ、これ。
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