第566話 島の遺跡 前編

 主治医のセキアム先生を伴い、別荘地のメヌセアラちゃんに会いにホイホイと海を越えて出かけることになった。

 新しい塔の攻略初日にしてもうサボりかと言う気もしないでもないが、これぐらいで平常運転だという気もするし、なによりかわいこちゃんの命に関わる重大インシデントであるのであってからして俺が取る物も取りあえず駆けつけるのは当然であると言えよう。

 目的地であるカープル島のテライサ村に着いた俺達は、さっそくシャフ家の別荘を訪れようとしたのだが、フューエルから先触れを出すので待てと言われてしまった。


「街の子供が友達の家に遊びに行くのとは訳が違うのですよ、とくに相手は妙齢の貴族令嬢ですからね」

「自分はいつも突然遊びに来てたくせに」

「デュースにはいつも話を通しておりましたので」

「そんな理屈がある?」

「あるんですよ」


 さも当然と流されてしまったが、そもそもメヌセアラ嬢の病気が悪化していたから慌てていたのでは、と思ったものの、セキアム先生いわく、病気がやばいのはもう一人の患者で、メヌセアラの方は石化の兆しが見つかった段階でまだ体調に変化が出る段階ではないとか。

 そういえばそんなことを言ってた気もするが、ラーラのこともあったのでなんかとにかくやばい気がして焦ってしまったようだな。

 納得したので、じっと待つ。

 とはいえ、貴重な時間を無駄にするほど俺も自信家ではないので、美人の女医さんに声をかけよう。

 セキアム先生は初めて乗る飛行機に目を回していたようだが、医者の義務感からかどうにか平静を取り戻している。


「一般にはあまり知られていないかも知れませんが、僧侶の治癒術と違い我々の医術というものは元より連綿と古代より受け継がれていたものなのです」


 少しばかり雑談をしたあとで、セキアム先生はそう切り出した。


「とはいえ、今回ご教授いただく古代の失われた技術、あるいはその復刻というものは、およそ人知を超えたもので、果たしてこれは医療と呼べるのかという素朴な疑問をもたざるを得ないのです」

「それはもっともだと思いますが、それを言うなら僧侶が行う魔法による治療も、人知を超えているでしょう。魔法ほど得体の知れない技術も無いですからね」

「しかし神聖魔法は神の奇跡であって、同じ視点で語れるものでは……、それとももしや紳士様は古代遺跡だけでなく魔法の神秘にも至っているのでは?」

「ははは、それに関しては私としてもはばかられる点もあるのですが、突き詰めれば神の神秘も人の理解できる技術の延長上にあると言えるかも知れませんね」

「それは興味深い。私もまた太古の知を求むるものとして、是非とも紳士様の教えを賜りたい」


 などとグイグイ来る。

 美人に迫られると弱いんだけど、いかんせん俺はレクチャーできるほど詳しくないからな。

 どうもこの世界の医者ってのは、今よりもうちょっと科学技術が高かった時代、数千年ぐらい前の知識を細々と受け継いで成り立っているものらしい。

 こんなことならもうちょっと勉強しておけば良かったなと深く反省してたら、先方に話がついたようだ。

 少人数で訪れると、元気そうなメヌセアラ嬢の出迎えを受けた。

 当主のラズロフ卿を始め他の家族はおらず、本人と使用人だけの暮らしのようで、突然の訪問なのにずいぶんと喜んでくれた。


「実は紳士様にお聞かせしたい大発見があったんですの」


 そう言って楽しそうに話す姿などはとても病気とは思えない。


「あ、でも大発見なんて言っても、紳士様からすれば子供だましかもしれないのですけれど」

「そんなことはないよ、どんなに小さく思えた発見でも時に大きな成果に結びつくものだ。なによりメヌセアラ、君は自分の発見を誰かに話したくて仕方が無いのだろう?」

「そう、そうなんです。うちのものはどれだけ話して聞かせても話半分で、やれ今日は寒いから外に出るなだの、今日は暑いから体に触るだのと、そんなに気温が気になるなら、一日中寒暖計でも眺めていればいいのに」


 そう言って部屋の隅に置かれたガラスの管を指さす。

 中に色とりどりのガラス玉が浮かんでいるが、どうやら温度計らしい。

 温度計なんて庶民の家にはない気がするので、こういうのも技術格差なのかなあ。

 などと考えつつ、メヌセアラ嬢の冒険譚に耳を傾ける。

 わずかな間に島をあちこち見て回ったそうだが、


「それで、先日のことなのだけれど、森の小道で小さな祠を見かけて、そこで妙なものを見つけたんです」


 カントーレ婦人の屋敷裏に広がる森を抜ける小道は、定番の散歩コースの一つだが、その途中に小さな祠がある。

 ずいぶんと古いもので、メヌセアラもこれまで気にかけたことはなかったのだが、先日、通りすがりにふと覗いてみると、何やら祠の周りに真新しい足跡がいくつもある。

 近づいてみると、どうやら祠の周りを掘り起こした者がいるらしい。


「お供の侍女が気味悪がって、それ以上近づけなかったのですけれど、すぐ近くでこんな物を拾ったのです」


 そう言って見せてくれたのは、小さな焼き物のブローチだった。

 仮面をかたどったものだが、目が左右に四つずつ、すなわち八個の目が付いている。


「ね、これって八つ目仮面の文様でしょう。すなわち、あの祠を荒らした賊は、岩窟の魔女のシンパに違いないと思うのです」


 などと言ってメヌセアラは目を輝かせる。

 八つ目のシンボルは、岩窟の魔女のマークとして知られている……らしい。

 うちの従者で山羊娘かつローヌ星人であるパシュムルの生まれた宇宙船にもそのシンボルが記されていたとかなんとか言っていた気がする。


「この島での軍隊と岩窟の魔女の戦いについて、紳士様に教わったあと、私も色々と学びました。そうすると今でも島のあちらこちらにそうした伝説の名残が見つかって、あの祠もきっとそうしたものの一つだと思うのです。ですから……」

「ふむふむ、じゃあ、さっそく行ってみようか」

「え、今からですの?」

「そうさ、こういうのはスピード感をもってあたらないとね。なにより、君が気になってるんだろう」

「そう、そうなんですの。本当はしっかり調べてみたかったのに、侍女が許さなくて」

「幸い今日はうちのもんもついてるし、セキアム先生も同行している。文句も出ないさ」


 勝手に同行することにさせられたセキアム先生は微妙な顔をしていたが、この場は付き合って貰おう。


 午後の蒸し暑い別荘地を、ぞろぞろと散策する。

 終始渋い顔のメヌセアラお付きのとうが立った侍女は、迫力のある目線で俺に圧をかけてくるが、そういう方面にはとんと鈍い俺なのでへっちゃらな顔でメヌセアラと並んで歩く。

 メヌセアラは軽くまとめた髪の襟足がほんのり汗で湿り気を帯びているところなど、とても健康そうに見えるんだけど、全体的にはやはり線が細くて頼りないな。


「紳士様、この先です。この先の祠が荒らされて……あら?」


 いざたどり着いてみると、祠はとくに変わった様子もない。


「こんな感じではなかったのに、ねえそうでしょう?」


 と侍女に尋ねるが、こちらは興味が無いのか、ぞんざいな返事だ。

 近づいて確認すると、一見何もないように見えるが、名探偵の目で見れば異変は明らかだ。

 メヌセアラを呼び寄せて、それを説明してやる。


「ほら、このあたりは妙に落ち葉が多いし向きもまだらだ。あっちを見ればわかるように落ち葉ってのは構造的に裏向きに落ちるのが多いものだからちょっと不自然だね。それに見てごらん」


 そう言って一枚の落ち葉を手に取る。


「上に被さった葉に土と足跡がついているだろう。つまり、あとから適当に落ち葉をかけてこの場所を取り繕ったわけだ。その証拠に……」


 そう言ってそのあたりの落ち葉を取り除く。


「このあたりは土が柔らかく、掘り返したあとがある。君の見つけたとおり、ここを荒らしたやつが居るのは明らかだ」

「素晴らしい観察ですわ、そういう風に、物事は見極めるのですね。でも、どうして祠を荒らしたりしたのでしょう」

「もちろんそこになにか目当てのものが埋められていたからだろうね。それが何かまではわからないが、わからないことは調べてみるに限る」


 というわけで、さっそく祠を荒らす、もとい調査することにした。

 とはいえ、あまり罰当たりなこともできないので、一緒に来ていた僧侶のレーンにいい感じに取り繕って貰うことにする。


「とおっしゃっても何をどうしろと?」

「いやほら、学術的な好奇心からやむなしとはいえ、祠と言うからには何かの神を祀っているのだろう。それに対して不敬の無いようにいい感じになんかほら、あるじゃん」

「なんかほらなどと言う不敬のカタマリみたいなことをおっしゃられても困りますが、みたところこの祠は特定の女神を祀っているのではなさそうですよ」


 と言って石造りの祠の正面を指さす。

 そこには扉をかたどったような溝が掘られており、その中央に精霊のアンクと呼ばれる模様がある。


「このアンクは一見それっぽく作られていますが、こういう場所に描く場合、祀られた神によって、その女神が三柱のどの系譜にあるかを示す模様が描かれます。さらにそれに合わせて女神を特徴づけるシンボルも添えられている物なのですが、これにはそれらがありません。ですから上っ面だけまねた贋作、ないしは素人が適当に作ったものだと言えるでしょう」

「ほう」

「そもそも精霊のアンクとは、大地の礎たる黒竜を円で描き、そこから生える世界樹を模した三本のラインを創世の三柱として描いています。ですから、もしこれが偽物でないとするならば……」


 ちょっともったいぶってこちらを見る。


「創世の三柱そのものを指すか、黒竜を称える連中が作ったという可能性も捨てきれませんね」

「面倒だから適当に作った説でいいよ」

「では適当に念仏でも唱えておきますから、作業をどうぞ」


 ここからは自分の出番だとばかりにしゃしゃり出てきたスポックロンの指示の下、クロックロン達が一斉に地面を掘り返し始める。

 少し掘ると金属製の板で作られた雑な蓋が現れ、それを取り除くと下に続く石段が現れた。

 いいねえ、それっぽくなってきた。


#先週の更新は休んでしまいました、ごめんなさい

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