第565話 第六の試練 その2

 その日の探索を終えてキャンプに戻ったのは正午を少し過ぎた頃だった。

 探索と言っても戦闘しかしてないんだけど、あの後さらに追加で魔物が三ターンぐらい出現してかなりヘビーな戦いだったと言える。

 まあ色々あったものの、数人がかすり傷を負う程度で滞りなく敵を倒しまくり、最終的に鍵をゲットしたわけだ。

 一応次のフロアをチェックしたところ、今度は砂地ではなく、草原に巨木が数本生えてるような景観だった。

 それを踏まえて明日の作戦を立てるんだろう。

 それは俺の仕事じゃないので、俺は俺の仕事をせねばなるまい。

 すなわち、今日がんばった従者連中をあの手この手でたっぷりと労うのだ。


 湖の畔のキャンプ場はバーベキュー向けの立地で、実にはかどる。

 じゃんじゃん肉を焼いてガバガバ食いながら従者達を褒めたりなでたりして回り、どうにか一段落ついてベンチに腰掛けたところだ。

 まだ日も高いので、ここから何をして遊ぶか考えどころだが、夕べの疲れというか、地球側での疲れみたいなのも抜けてない気がするので、のんびりしたい。

 そいや地球でも塔の探索とかすることになるんだろうか。

 余計なこと言わなきゃ良かったなあ、とぼんやり空を眺めていると、突然誰かが俺の膝の上に乗かってきた。

 見ると双子の幼女女神、ストームとカームだった。

 まあカームの方は女神ではないはずだが似たようなもんだ。

 そのカームが手にしたキャンディを舐めながら、俺の鼻をつつく。


「あちらでよその女に手を出したと聞いたのですが」

「気のせいだろう、そもそも誰に聞いたんだ?」

「手を出された本人のメッセージが、ご主人様の体に残っておりましたよ」

「まじかよ、隠し事はできないねえ。でも手を出したと言うより出されたんだからな、不可抗力だぞ」

「男はみんなそう言うそうですよ。それにしても困りましたね。カーネリアはすでにホルダーが居たんですね。となるとご主人様の力を使うわけには行かないと」

「そろそろ俺が向こうで何をすればいいのか、アドバイスしたくなったんじゃないのか?」

「そうですね、不確定な部分が多いとはいえ、ある程度方針も定まったかと思いますよ。ただ、ご主人様が介在することで事象がとことん不安定になるのでいかんとも……」

「あっちは大変なんだよ。なんと言ってもナンパがうまくいかない。相性補正みたいなアレがないからな。素の俺なんてそりゃあもう、その辺を歩いてるただのおっさんだよ、なんだっけあれ……えーとエキストラ、いや、モブだモブ」

「モブでもボブでもかまいませんが、現状の方針は説明しておきましょう。そもそも分割された宇宙、すなわちこの星のある宇宙の部分領域と、地球のある元の宇宙、これを再結合するのが今回の作戦です」

「へー、そうなんだ」

「初めて聞いたような顔をしないでください」

「聞いたことあったっけ」

「さあ、私も初めて説明したような気もしてきました。まあそれは良いでしょう」

「良いのか?」

「良いのですよ。で、そのためには両方の宇宙の媒介となる物が必要なのですが、幸か不幸か私の妹であるビエラ・バスチラが黒竜に捕らわれ、あっちでふらふらしております。アレはちょうどこちらとあちらの両方に縁のある存在ですから、うまい具合に黒竜を分離してご主人様がホルダーとして安定させてやればそれをよりどころに両方の宇宙をくっつけて一件落着と言うわけですよ、ね、簡単でしょ」

「そうかあ?」

「もちろんです。ご主人様のナンパスキルをもってすれば簡単ですよ」

「だったら遠慮はいらん、俺がわざわざやらなくてもいいようにギリギリまでお膳立てしてくれよ、俺は最後の一押しだけやるから」

「まさか、ご主人様の楽しみを取り上げるようなまねがなんでできましょう」

「それをやってしまうところに従者の醍醐味ってもんがあるんだろう」

「従者の醍醐味は、ご主人様が快適なナンパライフを送れるようにお膳立てすることでしょう。丁度次のカモ、もとい新たなターゲットの兆しが訪れたようですよ」


 カームがそう言って俺の膝から降りると、メイド長のアンが来客を告げる。


「バフス先生の紹介状をお持ちのセキアムというお医者様で、客間でお待ちです」


 バフス先生というのはアルサでは名の知れた医者で、精霊力に絡む病気の大家だ。

 長年、病で苦しんできた従者ラーラの主治医であった。

 またフューエルの弟子であるウクレが精霊力の不調で病気がちだった頃に、治療として魔法の習得を勧めてくれたのもこの先生だったとか。

 六十がらみの女丈夫で、王立学園の医学教授としてブイブイ言わせている。

 余命幾ばくも無いと思われたラーラをうちの古代技術でサクッと治してしまったことで、現代の医療関係者と一悶着あったそうなんだけど、飴と鞭でいい感じに取り繕ったと聞いている。

 すなわち貴族の権威を利用したり、無理のない範囲で技術供与したりとかそういう感じだ。

 その大先生の紹介状をもってやってきたのは、年の頃は二十代半ばの女医だった。

 ぺったりとしたショートカットの黒髪に、切れ長の眼差しが強そうな美人だ。


「お初にお目にかかります、紳士様。試練の最中に貴重な時間を割いていただき、感謝いたします」


 などと挨拶したセキアム医師の目的は、ラーラを苦しめていた病気であるエルミクルム結晶骨症、あるいは現代では石化病と呼ばれる病気の治療法についてであった。


「アーシアル族固有の病気として知られる石化病ですが、先頃バフス教授の発表なされた論文にある古代技術を用いた施術の再発見に関して……」


 なにやら専門家特有の、誠実すぎて難しい内容を馬鹿正直に全部訴えちゃう感じの話をがんばって最後まで聞いたところによると、例の病気の患者を抱えているので治療を受けさせたいと言う話だった。


「……つきましては、何卒ご許可賜りたく」

「わかりました、是非ともご協力させていただきましょう」

「よ、よろしいのですか?」


 俺があまりにあっけなく許可したので拍子抜けしたようだが、まあ別に断る理由もないしな。

 ほんとにまずいのなら、そもそも面会前にスポックロンあたりが断ってるだろうし。


「なに、こちらもいわば偶然のような形で手に入れた技術です。それで一人でも救われるというのなら、喜んで協力しますよ」


 なんせ美人の頼みだし、などと余計なことは言わずに爽やかな笑顔で答えると、美人のお医者さんはいたく感動したようで、さすがは紳士様だと散々持ち上げられてしまった。

 こうして実体の伴わない慈善家像みたいなのができあがっていくんだろうな。

 細かい打ち合わせはまだこちらに残っていた自宅地下基地の主オービクロンに任せることにした。

 ラーラの治療も彼女に任せていたし、何より看護婦コスがよく似合うので、こういう案件には最適だろう。

 何事も外見は重要なのだ。

 接客を終えたものの、もうちょっと話を聞いとくべきだろうと説明を求めると、外見で損をしているエセ幼女のオラクロンが色々教えてくれた。


「エルミクルム結晶骨症というのはこの星固有の病気で、十万年前にもそれなりに患者がいたのです。そもそも、この星は例の女神の柱の影響で、大気中にエルミクルムが充満していることはご存じだと思いますが」

「魔法の元だよな」

「そうです。大量のエルミクルムは空気や水を介してこの星のあらゆる生命に取り込まれています。土着のペレラー、すなわち今のプリモァ族などは進化の過程でそれに適応しており、例えば体内にコアをもつのもその一環なのですが」


 なんか水道水にフッ素混ぜてるようなもんだろうか。


「一方、外来種のアーシアル人にはそれがありません。よって、この星に移住した人間の中にはこれを発症するものが一定数いたのです。風土病としてペレラ病などと呼ばれたこともあったのですが、レアルコアをもつアーシアル人はこの数万年の間に適応したとみることもできるでしょう」

「ふむ」

「大半はかつてのウクレのように多少体調を崩しやすい、と言った程度だったのですが、中にはラーラのように命にかかわるものもおりました。現在ではこのスパイツヤーデで言えば年に数人と言った割合でしょうか。重症化は非常に稀なので、うちで治療しても支障ないという判断ですね」

「なるほどね」

「ところで、当時はただの病気という扱いだったのですが、体内のコア、ないしは血液中のエルミクルムが血の契約の根幹をなすと言うことを考えると、また違った意味が見えてくるかも知れませんね」

「というと?」

「それはわかりませんが、女神の思し召しというものでは」

「どうかな」

「ご主人様にはもっと女神の意図というものを暴き出して貰いたいところですね」

「女神だろうが幼女だろうが、ご婦人の胸の内ほど理解の及ばぬものはないよ」

「まあ、頼りないことを。それでどうやってナンパするのです?」

「自分は決して女性の気持ちを理解したりはできないのだという諦観から一歩踏み出すことで、わからない物をわからないまま受け入れることができるようになるんだよ。それこそが唯一確かな包容力というものだ」

「たしかに、男に共感を求める愚かしさというものを、女は最初に学ぶもののようですからね」

「そうだろうそうだろう」


 話が妙な方向にそれてきたので、さっきの女医さんの話に戻す。


「それで、具体的にいつ手術するんだ?」

「セキアム氏の担当患者における候補は2人。一人は重傷のようなので、今週中にも手配する予定です」

「ふむ」

「また、もう一人はご主人様もご存じのメヌセアラ・シャフ嬢ですね」

「まじで、あの子もその病気だったのか」


 別荘で出会ったメヌセアラ嬢の姿を思い浮かべる。

 フューエルも馴染みの貴族の娘で、幼い頃から闘病生活を送っていたと聞いているが、最近はすっかり元気になって俺の冒険譚を喜んで聞いてくれた可憐なお嬢さんだ。


「検査してみないとわかりませんが、どうやら膵臓あたりが石化している疑いがあるようで、早期の治療が望ましいでしょう。そのこともあって試練の間に面会の機会を設けました」

「そりゃ大変だ、試練なんかやってる場合じゃない、今すぐお見舞いに行こう」

「そうおっしゃると思って、現在フューエル奥様が支度をしております。準備でき次第出発しましょう」

「手際がいいな」

「それこそが私どもの仕事ですから。どうです、ご褒美を上げたくなったのでは?」


 などと言って幼女らしからぬ笑みを浮かべるので頭をなでてやった。


「これだけですか?」

「これこそがまさしく幼女にふさわしいご褒美だろう」

「そうは思わぬのですが」


 幼女らしく頬を膨らませて拗ねるオラクロンをほっといて俺も出かける支度をする。

 貴族向けのファッションに着替えた所にフューエルがやってきた。


「あなた、支度はできましたか?」

「おう、こっちは大丈夫だ」

「まさかメヌセアラまで重症だったとは。もう元気そうだったのに」

「早めに気づいて良かったと思うべきだろうな」

「そうでしょうね。とはいえ、試練を再開したばかりですが」

「まあ、お見舞いなら日帰りでいけるだろ」

「そうですね、それにそろそろあちらは暑くなります。カントーレ夫人に暑気払いの差し入れでもしようと思っていた所なんですよ」


 カントーレ夫人とは名探偵としてお孫さんのトラブルを解決したご婦人だ。

 できの悪い息子に苦労してたようなので、顔を出せば喜んでくれるだろう。

 他にお供として、向こうに友達の居るフルン達を誘おうと思ったら、どうやらみんな揃ってシーナの街に居るコン先生の所に出かけているらしい。

 敵討ちがどうのこうのって話だったと思うが、迷惑かけてなきゃいいけど。

 仕方ないので今日のところは少人数でさっと行ってくることにしよう。

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