第564話 第六の試練 その1
夕べの激戦の疲れも癒えぬまま、夢うつつに白いもやに包まれてまったりとたゆたっていると、ふわっと風が吹いてもやが晴れた。
ここは真っ白い大理石の床が広がる円形の広間で、周りは宇宙空間のようだ。
なかなかいい眺めだな。
どっかりと床に腰を下ろして星空を見上げる。
ここからだと手を伸ばせば届きそうな感じがしていいもんだ。
「やあやあ、お待たせしました、黒澤さん」
ふと気がつくと、角ヘルメットの古い友人、ロロ少年が隣に座っていた。
「おう、久しぶりじゃねえか、ロロ」
「久しぶりでしたっけ」
「そういや、この間あったばかりだな」
「そうでしょう。しかし、僕が来たと言うことは、いささか地味な方向に寄ってるっぽいですね」
「そうなのか?」
「ここに姉が居れば、おそらくは切った張ったの大立ち回りが要求されるはずですよ」
「そいつは勘弁してほしいな」
「その代わり、根気と忍耐が多分に要求されることでしょうね」
「そいつはもっと勘弁してほしいな」
「そうでしょう、やっぱり私の出番よね」
突然目の前のロロが、姉のピッピの姿に切り替わった。
あるいは最初からピッピだったかも知れない。
「それで黒澤君、今度は何をしでかすつもり?」
「しでかすと言われても、俺は未だかつて一度たりともしでかしたことはないんじゃないか?」
「無自覚鈍感系なんていまどきモテないわよ」
「洞察力と気配りだけで星一番のスパダリを極めた俺が、鈍感なわけないだろう」
「自己申告は当てにならないのよ。あら、みんな来たみたいね」
急に広間に人があふれる。
みんな光っていて姿形がよくわからないが、どうやら全員が放浪者らしい。
なにがなんだか全然わからんが、わからんことにもいい加減慣れたのでとくに気にすることなく流れを見守る。
「さて、それでは久しぶりに数が揃ったので、ファーツリーギルドの懇親会を始めたいと思います。司会は私エッペルレンが務めさせていただきます。なおみなさま待望の新刊『エッペルレンと封印の島』は本日発売、本日発売でございます」
広間の中央に立った人物がそう挨拶すると、たちまちヤジが飛ぶ。
「引っ込めへぼ作家!」
「印刷代返せ!」
「あんたの在庫で倉庫がいっぱいよ、さっさと引き取りなさい!」
などとやかましい。
「ご静粛に、ご静粛に。さて、本日は新たに我々の仲間に加わったKKこと黒澤氏の歓迎会、および氏のしでかしたファーツリーぶった切り事件に関して、氏の荒唐無稽ぶりをつまみに一杯やろうという催しでございます。前置きはさておき、さっそく黒澤氏にご挨拶いただきましょう」
突然話を振られて、さらにどこからともなく国産メーカーのロゴが入ったビールジョッキを渡されたので、それを手に立ち上がる。
「えー、ただいまご紹介にあずかりました黒澤でございます。若輩者ではございますがー」
などと挨拶を始めると、再びヤジが飛ぶ。
「引っ込めすけこまし!」
「修繕費返せ!」
「あんた脳みそまで海綿体が詰まってんじゃないの、献血しろ!」
などとやかましい。
まあ気にせず続けるのだが。
「それでは皆様のご活躍とご健勝を祈念いたしまして、カンパーイ!」
俺の音頭に合わせて、皆も一斉に乾杯する。
なんかわからんけど、まあ、飲むか。
グビグビやっていると、先ほど司会を務めた男、これがまた全身真っ白でよくわからんのだけど、たぶんその男がやってくる。
「いやあ、お初にお目にかかります。私エッペルレンと申しまして、しがない文筆家ですが、しばらくスランプ気味だったところ、あなたのご活躍を拝見して、久しぶりに創作欲が刺激されたと申しますか、おかげさまで新刊の上梓が叶いまして」
「これはご丁寧に。もしやエッペルレンというと、あの不思議な世界を旅する絵本の?」
「さよう、ご存じいただけたとは。あちらこちらの世界にいる私の眷属が、いわば代筆するような形で出版させていただいているような感じでございまして」
「うちの若いもんが特にあなたの大ファンでね。良ければサインなどいただければ」
「なんとサイン! 私、サインなど頼まれたのは初めてでございますよ、いやあこれは光栄だなあ。銀河が七度生まれ変わるほど練習した甲斐がありました。どれサラサラッと、お名前は? なに私のファンは大勢いらっしゃる、では全員に、いやいや遠慮はいりません。えー、リプルにエット、ピューパー、それからフルン……フルン?」
そこでエッペルレンの手が止まる。
「フルンとはもしやあの聖剣の担い手、戦神の申し子、星喰らう白狼などと称せられる暴れん坊フルンのことで?」
「いやうちのフルンはお行儀が良くてちょっぴりわんぱくなかわいいフルンですよ」
「それは結局、同じ事ではないですか! 見なさいアレを!」
そう言って立ち上がったエッペルレンが、白く光る体をバタバタやりながら、天の一点を指さす。
そこで輝く星が、真っ白い光の渦に飲み込まれたかと思うと、たちまちこっちにやってきた。
「こらー! また集まっていたずらしてるー! 誰が後片付けすると思ってるの!」
光の塊は、フルンの声で怒鳴りながらこちらにつっこんできた。
あっと思った瞬間、あたりが真っ白になって目が覚めたのだった。
夕べノード軍団と激しい戦いを繰り広げたせいか、また疲れる夢を見てしまったが、最近はこの手の夢の内容を覚えてるようになってきた。
たぶん、元々夢じゃないんだろう。
その証拠に俺の手にはエッペルレンのサイン入り新刊が握られていたのだから。
なぜこのタイミングでこんな物をゲットしたのか、なんてことは考えるだけ無駄なのでどうでもいいとして、今日から試練を再開するのかと思うと気が重いな。
それはさておき、夕べ唯一レギュレーション違反で本番抜きだったエセ幼女のオラクロンが、目覚めたばかりの俺の鼻をつまむ。
「おはようございますご主人様、昨夜ほど我が身の不幸を嘆いたことはありませんよ」
「幸不幸は自分の選択の及ばぬ対象に言うべきだな。自分の選択に責任が持てないなら、今からでもイメチェンしたらどうだ?」
「まだ諦めるには早いでしょう。ご主人様の守備範囲は日々広がっていると思われますので、いずれは」
「無いと思うがなあ」
未練がましいオラクロンをほっといて、寝室でシャワーを浴びて身だしなみを整え、食堂に向かう。
今日から第六の試練な訳だが、ここはバトル主体らしいので、多分俺は見てるだけで済みそうだ。
さっきのお土産のサイン本を渡そうとフルン達を探すと、食堂の片隅で鞄にお弁当を詰めていた。
いつも一緒に朝飯を食ってる女紳士リルは、すでに出発したあとのようだ。
「ご主人さま、おはよー。遅いから今日は休みかと思った」
荷造りの手を止めてフルンが笑う。
「昨日はちょっと大変だったからな」
「大丈夫? しんどいときは休んだ方がいいけど」
「まあ、大丈夫さ。それよりいい物をやろう。エッペルレンのサイン入り新刊だ」
そう言って本を手渡すと、フルンは目を丸くする。
「すごい、どうしたの!?」
「ちょっとコネでな」
「サインもある! うれしい。しかも新刊! あれ、これ作者もエッペルレンになってる、キムエリ・ネムエリじゃない!」
「エッペルレン本人に貰ったからな」
「本人! エッペルレンって本当に居るの!? どんな人?」
「いやあ、ちょっと挨拶しただけなのでどんな人までかは……。今度あったらしっかり覚えてくるよ」
そんな感じでエッペルレンファンのお子様中心に大盛り上がりだったのだが、残念ながら試練に行かなければならないので渋々出発する。
「ほら、あなたたち。気分を切り替えないと怪我をしますよ」
などとフューエルに言われて、フルンなどはさっと切り替えができているようだが、エットなんかは早く読みたいと気もそぞろのようだ。
渡すのはあとにしときゃよかったな。
大きな湖にそってのびる小道をぞろぞろ歩いて試練の塔に入る。
ここ第六の塔は外見からしてかなり大きい方だが、中は全フロアが闘技場って感じで、直径五十メートルぐらいの砂地が広がり、魔物が徘徊している。
入り口部分は鉄柵で覆われており、ここが控え室なのだろう。
控え室には鍵のかかった扉があり、この中に上に上る階段があるそうだ。
その鍵は魔物を倒すとランダムに落とすと聞いている。
闘技場に通じる格子扉を開いて中に入ると、外周上にいくつも設けられた鉄扉が3つ開いて中から魔物が出てきた。
一つは鎧と槍を装備したギアントの軍隊で、十二匹いる。
その隣には大小二匹の大蜘蛛。
最後の一つは、杖を持った手長が三匹、いかにも魔法を使いそうだ。
どのグループも強そうだが、これらが入り交じって乱戦となるとさらに厳しそうだ。
しかも身を隠せる障害物もないし。
こういう場合に活躍するのが騎士連中だ。
集団での野戦こそが彼女たちの本領発揮と言える。
馬に乗ってればなお良いんだけど、地に足をつけていても、何ら遜色はない。
さっと飛び出して陣形を整え、結界を張る。
先頭に立つのはクメトスで、その両脇をエーメスとメリーの元白象組が固める。
一歩下がってオルエンとレルルの赤竜コンビ、さらにビキニアーマーのアンブラールが巨大な盾を構えて、後衛の魔導師組をカバーしている。
エディとポーン、ローンの赤竜トリオは仕事でお休みなので、これが今日の基本陣形となる。
今一人の騎士、魔族のラッチルは、新人戦士三人組の監督役を優先しているので、今のところ待機中だ。
セスの侍組と、エレンの斥候組も同じく待機となる。
「さて、双方一足一刀の間合いで向かい合ったわけですが、まずは様子見といったところでしょうか」
ラッチルが俺にそう話しかけるが、実際には隣に控えた三人、イーネイス、エキソス、バドネスへのレクチャを兼ねている。
その辺りを念頭に置いて、様子見する意図を尋ねてみると、
「敵方の勢力がわかりません。鍵を落とすまで連戦するのだとすれば、おそらくあの三種で終わりとはならぬでしょう。どのタイミングで後続が現れるのかがわからぬので、陣を崩さぬように手堅く攻めたいところです」
そこでラッチルは一呼吸置いて、外周を取り囲む扉を見回す。
「さらにあれらはパーティとして協調するのか、それとも個別に襲ってくるのか、場合によっては魔物同士も争う乱戦となるやも知れませぬ」
「大変そうだな」
「ですがこちらも控えは十分にあります。聞けばこの者達は異界でご主人様の供をしてきたとか。戦士は一度の経験で伸びることもよくあることです」
ラッチルが三人に目をやると、三人とも無言で前を見つめている。
あっちはあっちでだいぶハードモードだったからな。
「始まるようです」
同じく側に控えたセスが静かに告げた。
その数秒後、いきなり手長の一匹が杖を振り回すと、闘技場の中央に火柱が上がる。
双方がとびしさり構え直したところに、のこり二匹の手長が放った氷礫が四方に飛び交う。
こちらに向かった氷礫は前衛の盾で防がれ、ギアント部隊の方も同じく盾で防いでいたが、蜘蛛は大きい方の腹を切り裂いて紫色の体液をまき散らして息絶える。
もう一匹の小さい方の蜘蛛は天井まで跳びはねてそのまま天井に張り付いた。
「どうやら乱戦となるようですね。こうなると当方がいささか分が悪いのですが……」
とラッチル。
「数の多いうちが有利とはならんか?」
「多いといっても体格差もあり、取り囲めるほどではありませんし、閉所で乱戦だと強力な呪文がつかいづらい点も問題ですね。我々の出番もあるかも知れません。準備はいいですか?」
ラッチルが三戦士に尋ねると、緊張した面持ちでうなずいた。
緒戦は手長の魔導師対大蜘蛛のようだ。
天井に張り付いた蜘蛛が仇とばかりに手長に糸を吐くと、一体を絡め取る。
そのまま引き寄せた勢いで天井にたたきつけると、手長はぐしゃりと嫌な音を立てる。
痛そう。
残り二体の手長がワンテンポ遅れて火球を放つと、手長を捕らえた糸が燃え尽きてどさりと手長が落ちてくるが、そいつはすでに死体だった。
俺が哀れな手長のミンチに気をとられている間に、ギアント部隊がうちのチームの側面に突進をかける。
ちょうど前衛三人の脇に回り込んだ形だが、俺と違ってまったく隙の無いオルエンとアンブラールが盾で突進を防ぐ。
ギアントの巨体と盾が激突した瞬間、ごわーんと凄い音が鳴り響くが、打ち勝ったのはこちらだ。
二人の盾に阻まれて、先頭のギアントは弾き飛ばされる。
その隙を突くかのように、メリーとエーメスが今度はギアントの側面に切り込んでいく。
たちまち分断されたギアント部隊の後ろ半分に無数の雷が蔓のように絡みついた。
魔法に捕らわれたギアントはもがいて逃れようとするが、もがけばもがくほど光る蔓が食い込んで肌を焼く。
呪文マニア、ペキュサートの放った雷撃の一種だ。
あいつは変わり種の呪文が多いからな。
さらに残りのギアントをメリー達が確実に仕留めていく。
そちらに気をとられていると、今度は目の前に黒い塊がどさっと落ちてきた。
どうやら小さい方の蜘蛛も魔法に焼かれて焼き蜘蛛になったらしい。
焼け焦げた死体は悪臭を放っていてちょっと勘弁してほしい。
俺達の居る控え室は結界に守られているようで魔法なんかは遮断されているが匂いまではカットされないようだな。
蜘蛛を仕留めた手長の方も残り一匹となっており、そいつが再び呪文を唱えていたが、飛んできた槍に喉を貫かれて首がポーンと飛んだ。
首をはねた槍はそのままUターンすると、見事な投擲を見せたクメトスの元に戻る。
リモコン槍もクメトスがつかうとかっこいいな。
俺だと槍に使われるだけだからな。
などと考えていると、外周の扉が再び開き、今度はノズが六体ずつ三チーム出てくる。
「長引きそうですね。どちらから行きますか?」
ラッチルがセスに尋ねると、
「まずはそちらが良いでしょう」
「うむ。では三人とも行きますよ」
ラッチルの合図で、三戦士は勢いよく闘技場に飛び込んでいった。
確かにこいつは長引きそうだな。
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