第563話 慰安

「ご主人様! ご主人様、大丈夫ですか? 起きてください!」


 海賊船グリースワーグ号のリビングで飲んだくれていたはずの俺は、イーネイスの声で起こされる。


「んー、もう着いたのか? 今度こそ寿司を……」

「それどころではありません、気がついたらこんな場所に」

「うん?」


 のっそり起き上がると、薄暗い場所でびしょ濡れになっていた。

 どうやら洞窟の中らしい。

 なんでこんな所に……ってあれか、ペレラに戻ったのか。

 あわてて確認すると、戦士ホロア3人娘は側に居るが、王様の姉サンスースルやメッキ土偶のバルキンは居なかった。

 一緒に居たはずなのに、どういう理屈だろうな。

 三人が無事であることを確認していると、スポックロンからの無線が入る。


(ご主人様、ご無事ですか!? バイタルが30秒ほど途切れていましたが)

「おう、大丈夫大丈夫、ちょいと別世界に避難してただけだ」

(また妙なことを。3人もそこに居るのですね。ラッチルとキンザリスは?)

「内なる館に居るはずだが、見てこよう」


 3人を連れて中に入ると、ラッチル、キンザリスの二人が慌てて駆け寄ってきた。


「ご無事でしたか、こちらに入ってこられないので心配しました」


 とラッチル。


「すまん、ちょいとトラブルがあってな。それより中に残された連中の救助をしないと」


 あらためて外に出ると、クロックロン達がわらわらと集まって、洞窟内を照らし出している。

 よく見ると俺達がいたところだけが、丸くえぐれており、その周りに土砂が積もっていた。

 見た感じ、この場所だけバリアが張られて、その周りを鉄砲水が流れていったかんじか。

 とはいえ、確かに周りは水浸しなんだけど、ラグが30秒だとすると、その間に全部流れきったとは思えないんだけど。


「スポックロン、二人も無事だった。とにかく、例の要救助者を探して脱出したい。案内してくれ。っていうか、あっちはまだ無事なのか?」

(センサーで見る限りは大丈夫かと。ところで先ほどまでそこに居たロボットは?)

「あー、あっちの世界においてきちまったっぽい。まあ詳しい話はあとでするよ」

(わかりました。ひとまず、ナビの誘導する方に進んでください。また、入ってきた方の洞窟は、水で埋まっております。未知の力で水流がせき止められていますね。脱出経路は現在策定中です)

「ふうん、まあいいや。とにかく進もう」


 ナビの示すままに洞窟を進むと、所々に土砂に埋もれたクロックロンを発見する。


「ヘイボス、今日ノ遊ビハチョットヘビーダナ」

「たまには刺激が無いと飽きるだろう」

「マッタクダ、ソッチニ、イントルーダガ埋モレテル、チョット引ッ張ッテヤレ」

「まじかよ」


 慌てて探すと、土砂の隙間からカーキ色のゴムのような腕がはえていた。

 慌てて掘り起こすと、イントルーダが一体、這い出してきた。


「申し訳ありませんボス、お守りするはずが」

「こっちこそすまん、回収できれば良かったんだが」


 最近は俺の護衛としてこのイントルーダ達がつかず離れず守ってくれてるんだけど、いかんせん普段は姿が見えないので忘れちゃうんだよな。


「それで、他のイントルーダは?」

「この奥に3体おります。無事だったクロックロンが掘り起こしておりますので、ボスはこのまま要救助者の元に向かってください」


 こいつらも要救助者な気がするけど、マネキン風ののっぺりフェイスで感情が読み取れないせいもあってよくわからんな。

 まあ基本的にロボット連中の指示には従った方がいいので、言われるままに先に進むと少し開けた場所に出る。

 手前には大きな地底湖が有り、その奥の一段高いところにランタンの灯が灯っていた。

 見ると二人の人物が座り込んでいる。


「おーい、逃げ遅れた酒蔵のもんかい?」


 俺が声をかけるとそうだと返事が返る。

 一人は中年の人魚男で、腕に怪我をしている。

 あれがペースンの叔父だろう。

 もう一人はどうやら若い娘のようだ。

 やったね。

 苦労して洞窟に潜ったかいがあるってもんだ。


「いや、助かったよ。あんたら、祭に来た冒険者かい?」


 中年人魚は、そういって頭を下げる。


「まあ、似たようなもんさ。名物の酒を買いに来たらこの騒ぎでね」

「他の連中は?」

「無事さ、取り残されたのはあんた達二人だけらしい」

「そうか、なんにせよ助かったよ。礼をしたいが、この町には酒しかねえんだ」

「それに勝るご褒美はないだろう」

「ちげえねえ、って、いてて」

「大丈夫か?」


 男の腕はぽっきり折れており、キンザリスが回復呪文をかけているが、彼女の術では骨折は治らない。


「なあに、これぐらいの怪我は屁みたいなもんだ」


 と強がるが、脂汗をだらだら流していて大変そうだ。

 今一人のかわいこちゃんは、特に怪我などしていないようだが、表情は暗い。

 どうもホロアっぽいんだけど、小柄でぽっちゃりしてる。

 ホロアって年齢的には幅はあっても、だいたいスタイルはいいものなんだけどな。

 約一名をのぞいて。


「君も大丈夫かい?」


 と声をかけると、顔を上げて申し訳程度に笑顔を見せる。


「おかげさまで助かりました。水は流れ込んでくるし、地響きは続くしで、正直生きた心地がしませんでした」

「災難だったね。水は治まってるようだが、急いで脱出しよう。君は歩けるかい?」

「ええ、だいじょうぶ。でもパッスンさんが」


 ペースンの叔父さんは、自分で歩くのは厳しそうなので、どうにかしないとな。

 内なる館に入れられなかったので、迂回路経由で外を目指すことにした。

 ぽっちゃりホロアちゃんの方は試してないんだけど、ひとまず脱出を優先しよう。

 台座付きのクロックロンに中年人魚を乗せて、洞窟を進む。

 途中、迎えに来てくれたミラー達と合流し、先を急いでどうにか外まで出ると、留守番のカリスミュウルが怖い顔で待ち構えていた。


「まったく、貴様というやつは、自身の頼りなさも忘れて調子にのりおって」

「すまんすまん、まあみんな無事だったから勘弁してくれ」


 俺が謝ってるよこで、助け出された二人の周りに町の人が集まり、互いの無事を祝っている。

 アレが落ち着いたらさっきのホロアちゃんのナンパにいこうかなと思ったら、飛行機でうちの連中がぞろぞろやってきた。

 その中で最初に飛び出したスポックロンが珍しく神妙な顔でペコペコ頭を下げる。


「この度は私の不手際で、ご主人様を危険にさらしてしまい、誠に申し訳ありませんでした」

「ははは、まあ不手際はお互い様さ。それよりペースンの叔父さんが重傷だ。治療を頼む」

「かしこまりました。それにしても……いえ、この件はひとまずおいておきましょう。それより、どうなさいます? いったんキャンプにお戻りになった方がよろしいのでは」

「そうかもしれん。後始末は任せて大丈夫か? イントルーダやクロックロンたちも結構やられてた気がするけど」

「そちらはすでに回収済みです」

「ふむ、じゃあ戻るか」


 町の連中はまだ騒いでおり、声をかけられる感じじゃなかったので、そのままキャンプに戻ることになった。




 キャンプに戻って一風呂浴びてカリスミュウルと一杯やってると、フューエルが大股でやってきた。

 どうやら宝探しの町ラクサに出向いていたらしい。


「あなた、またしでかしたんですか。まったく性懲りも無く」

「すまんすまん、俺がしでかすのは趣味みたいなもんだから、多少は諦めて貰わんと」

「珍しくスポックロンが取り乱していましたよ。あとでちゃんとフォローしておいてください」

「そうするよ」


 その後も入れ替わり立ち替わりやってきた従者に謝りながら飲んでいると、今度はレーンがやってきた。


「ご主人様、今日はずいぶんとご活躍だったようで」

「まあね」

「その割には、釣果は0ですか」

「まあね」

「あちらにはイーレ殿がいらしたでしょう」

「イーレ? あのホロアの子か」

「そうですよ」

「口説く機会が無くてな、まああれだ、危険を顧みず駆けつけた俺の勇ましさに今頃メロメロに違いあるまい」

「ご主人様の勇ましさに魅力を感じるのは難しい気がしますが、まあ掴みは良かったと言うことでしょう」

「それよりも、知ってるんなら彼女の情報をくれよ。戦もナンパも、情報収集が勝利への第一歩だぞ」

「それはごもっとも。では……、とその前に私もエールを一杯」


 ジョッキをグビグビ煽るレーン。


「イーレ殿はスペツナの都にあるネアル神殿のお生まれで、クラスは錬金術士、ご本人は一流の酒造家を目指しておられるそうです」

「ほほう」

「各地の酒蔵を巡って知見を広めつつ、己の目指す酒造りを探求しておられるとか」

「まさしく俺が求めるべき人材ではないか」

「さように思いますね」

「知り合いだったらなんで紹介してくれないんだよ」

「海開きの前にアルサで一度お目にかかっただけでしたので、その機会もなく。まあご主人様ならご自分でいい感じにきっかけを作られるであろうと思っておりましたが」

「まあね。しかし酒造家か、あそこにいたってことはウイスキー作りなのかな?」

「どうでしょうか、一番好きなのはエールだとおっしゃっていましたが」

「ふむ、まあ一番はエールだよな。俺と気が合いそうだ」


 ナンパの気運が高まったところで、本格的に飲もうと気合いを入れていたら、イケてる女紳士のリルが至極当然といった顔で食堂にやってきた。

 いい感じで餌付けできてるな。


「クリュウ、あんたまたしでかしたの? みんな騒いでたけど」

「またって何だよ、俺はたまにしかしでかさんぞ」

「たまにしでかしてりゃ十分でしょ」

「まああれだ、ターニアの町でちょいとトラブルがあってな、人助けだよ、人助け」

「あんたって、あれこれ言いながらマメに人助けしてるのねえ、ちょっとはイケてるのかしら」


 リルはそう言って手にしたジョッキを煽る。


「それで、どうだ試練の方は。俺はまだ入ってないんだけど」

「どうって言うか、ここは戦闘ばっかりね。闘技場みたいに広いところでポンポン敵が湧いてくるだけ」

「まじかよ、めんどくせえな」

「いっぱい倒してるとそのうち鍵を落とすから、それを拾うと次の階にいけるみたい。私が今二階で、王様が三階ね」

「ふうん、まあそう言うのだと数の多いうちが有利かな」

「そうかも。あんたはせいぜい人助けしてさぼってなさいよ」


 そんなことを話しながらグビグビ飲んで、いい感じにできあがったので寝室でスポックロンのフォローでもしてやろうかなと呼び寄せると、なぜかスポックロンだけでなく、ファーマクロン、オービクロン、オラクロンの各ノード連中が揃ってやってきた。


「どうしたんだ、ファーマクロンまで。出てきたのは初めてだろう」


 前回同様60年代スタイルのファーマクロンが、さめざめと泣き真似をする。


「ご主人様とのリンクが切れることは何度かありましたが、今度ばかりは誠に肝が冷えました。にとって、いかにご主人様の存在がかけがえのないものか改めて認識したので、こうして出向いてきた次第ですよ」


 などとかわいいことをおっしゃる。


「ははは、俺も罪な男だな。罪滅ぼしに、しっかりかわいがってやろうじゃないか」


 そう言って4人を侍らせると、夜遅くまでしっぽりと従者の慰安に励んだのだった。

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