善の国

むらびっと

第1話

目が覚めると、僕は見知った所にいた。

「善」と書かれている大きなステンドグラスがはめ込まれている大きなこの空間は国の中枢とも言える大教会だ。何か政(まつりごと)や大きな裁判なんかもここで行われている。ここにはお祈りを捧げるために毎日きている。1日に5時間祈ることが僕らの国の仕事であり、日課であり、生きがいであり、そして義務である。起きたばかりの頭は一瞬いつもの通り国の長でもある大司教様が教典を読んでくださるのかと思った。


だが今日はきっと違う。


僕は現在、突っ立ったまま両手両足に枷をつけられている。とても重い金属の枷だ。きっと今逃げようとしても僕は一瞬も経たぬうちに転んでしまうだろう。

今の状況を整理しようと辺りを見渡す。すると目の前に人がいることに気づく。この国民の三分の一の人数をも入る程の大きな協会の礼拝堂の中にいる人は目の前にただ一人だけ。この国の人間ならば誰もが知る人物、大司教様が立っておられた。


「もし?起きましか?」


大司教様は僕に近づき、顔を覗き込むように話しかけられた。僕より随分と小さく、幼げな少女のような見た目の大司教様はいつも国民に教典を読み聞かせするような優しい口調だ。


「…………あ……の」


思ったよりも掠れた自分の声に驚きながら僕はこの状況を説明して貰えないか頼みこもうとした。しかしそんな事心中察しているかのように大司教様は語り始める。


「声は出る様ですね。久方振りなので喉がお辛いでしょう。無理に話す必要は無いですよ。貴女が何故そんな姿でここに佇んでいるのか、私が全てお話しましょう」


「…………?」


僕は眉をひそめる。しかし抵抗もする気もないのでそのままお話を聞かせていただくことにした。


「ではまず、少し質問に答えていただきましょう。貴女が覚えていらっしゃるか些か疑問なのですが……名前はモルメート、それで間違いないでしょうか?」


なんて稚拙な質問だろう、と一瞬考えてしまった。自分の名前を忘れる者などそう多くは無い。が、こんなことを考えてしまった自分を恥じる。大司教様の事だ。きっとなにか崇高なお考えがあって僕にそう聞いたに違いない。それだけご立派なお方なのだ。

僕はこくりと頷く。


「素晴らしい。よくお忘れになられなかったですね。次に、貴女は何故自分が枷をしているのか理解しておられますか?」


僕は素直に首を横に振る。


「そうですか。次に、貴女は今まで何をしたか覚えておられますか?」


しばし目を伏せ、考え込む。しかし覚えていることといえば気を失う前に少し夜更かしてしまった気がする、というとても曖昧かつ重要とはとても思えないことくらいしか頭に浮かばない。僕はまた首を横に振る。


「なるほど、分かりました」


くるり、と白いマントを翻し僕に背を向けられる大司教様。


「質問ばかりで大変申し訳ありません。ですが最後に一つだけ、お聞かせ願います。貴女は……」


一つ間を置き、大司教様は顔だけ傾け、僕を見る。


「貴女は……まだ善を信仰しておられますか?」


「…………」


その言葉に、僕はなにか聞き間違いでもしたのかと思った。この国に居るものは老若男女、例えどんな身分だろうと善を信仰している。雨が降ろうと風がどれだけ冷たかろうとどんな不幸があろうと皆必ずお祈りを捧げるのだ。僕は生きてきた中で信仰していない人物を見たことがない。いや、それは流石に嘘だ。一人は知っている。だがそれでも僕はこの生きてきた18年間でそのただ一人しか知らないのだ。

そして当然の如く僕も善を信仰している。それはそうだ、この善の国の人間なのだから。したがって僕は力強く、深く頷いた。


「……そうですか……」


僕の行動に少し悲しそうな顔をされたのは気のせいだろうか?しかしすぐにいつもの穏やかなお顔になられ、手を後ろに組みながら僕にまた体を戻す。


「どうやら貴女は嘘はついてないようですね。とても喜ばしい事です。では今度こそ貴女の今の状況をお話しましょう」


ようやく僕が望んでいる話をお聞かせ願えるとほっとした。


「貴女が何故こんなところで気を失って立っていたのか、何故重い枷をつけられているのか。それは至極簡単な純粋な答えがあるからです。それは……」


「…………?」


僕は早く答えが聞きたくて少し前のめりになっていた。そんな僕の様子を見てか否か、大司教様はにっこりと微笑みかけ、告げた。




「貴女が大罪人だからです。」

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善の国 むらびっと @murabitto

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