お宝

 夜の森、深く暗いこの場所では僅かな明かり、微かな音ですら命取りに成り兼ねない。それを理解しておいて尚リヴァディーは、森の中を駆け巡る。


 置いていたお宝が雨によって増水した川により流されてしまっているのかが心配? 仕掛けた罠に掛かった動物が逃げ出してしまって居ないか心配? 冬が近づくこの時期に薪となる枯れ枝の備蓄が無いことが心配? 確かにそれら全ても心配の種ではある。だが、それ以上にリヴァディーは恐れていた。何に? それは当然ようやく現れた己と共に生きてくれる存在の喪失に。


 リヴァディーは、人間の軟さを知っている。少し力を籠めれば簡単に折れる軟な体だということ。 リヴァディーでも耐えられる程度の寒さでも人間にとっては命を脅かすことを。 少しの油断で折角名前を呼び合える相手を、会話が出来る相手を、愛しいと思えるそんな相手を失うかも知れない。 そうならない為に、せめて準備は常に万全でありたいのだ。


 使える道具を多く蓄えて置きいざと云う時に扱えるようにすると言う意味でのお宝収集。餌を確保出来ない期間が長引き飢え死にすることを防ぐと云う為の食糧の備蓄。 寒さで再びチェインが倒れてしまわないようにする為の薪。 それら全ての事前準備を万全に済ませることでようやく、非常時に備えることが出来る。


 これからはチェインと、人間と生きて行くのだ。 その程度の事はして置かなければ、瞬きをした次の瞬間にでも失ってしまうかもしれない。 始めて抱える喪失の恐怖を覚えたリヴァディーはそう成らない為、枝を拾い持ってきた鞄の中へと詰めながら、幾つもの獣を捕らえる為の罠を仕掛けた場所を確認して回る。


 結果として、小さい獲物が数匹獲れただけだった。 多くの罠は起動してから時間が経ちすぎたのか掛かった獲物が暴れて壊れたらしく、ただ無残に破壊され残骸となっていた。


 しかしこの程度の事はよくある事だ、例え早く確認に来ていたとしても気性の荒いモノや生に貪欲なモノは無理にでも動き体の一部を失うことに成ろうとも逃げ出すことだってある。 実際にリヴァディー自身が捕らえられることが遭ってもそうして来たのだから、罠を壊されたからと言って一々その事に対して文句を云う気も無い。 いつものリヴァディーなら壊されたのを確認すれば、仕方がない新しいモノを仕掛け直そうと思い行動するだろう。


 ただ、今回は時間が限られている。 完全に陽光が沈み夜の寒さが広がる今、洞窟内に残したチェインの体が冷えて倒れてしまう前に、最低限の食糧の確保と薪の確保程度は済ませて戻らなければ成らないのだから。


 此度は捕らえた獲物に暴れられ逃がし壊れてしまった罠を確認しても、仕掛け直すことはせずに、壊れた罠の位置と数だけを覚えて先へと急ぐ。


 そうこうしてリヴァディーは仕掛けた罠全てを確認し、捕らえた小さく僅かな数の獲物と、薪として使う枯れ枝を確保に成功する。 枯れ枝は雨が降った後と云う事もあり、薪として使えるモノは十分な備蓄とは到底言えない程度しか集められなかったが、少なくとも今夜を凌げるくらいの数は集まった。 この間僅か三十分程。 通常で在ればたっぷり二時間は掛けるルートであったのだが、罠の仕掛け直しをせず全力で急いでいたこともありこれだけの時短を行えたのだった。


 鞄の中に詰めた収穫物の数を見て、一先ず今集められるだけの数は集め終えたと判断したリヴァディーは前を見る。 目指す方向はチェインが待つ洞窟の方、では無く一作々日程前にお宝を取りに来た川の方へと向かう。


 何故急いで戻らなければならない今、わざわざ寄り道をするのか。 今居る場所が川に近い場所と云う理由もあるが、何よりも大きな理由は前回のお宝集めの際に鞄に入りきらず持っていけなかったモノが目的なのである。


 チェインと出会う前、お宝を置いて行った際はリヴァディーにとって無理をして持って行く程の理由は無かった為、後日取りに行こうと置いて行った。 だが、今は手に入るので在れば優先して獲得して置きたいお宝の一つ。


 それはリヴァディーが使い方を教わるでも自己理解の範疇で試すでも無く、人間の行動を観察して正しい使い方を知った数少ない道具の一つ。 主な使用法は湯を沸かすこと。 無理をすれば自身の体内に熱を生みだし内部から無理矢理身体を暖めることも出来るリヴァディーにとって湯を沸かす為の道具とは興味こそ在れ、それ程価値基準が高くは無かった。


 だが竜人であるリヴァディーと違い、人間であるチェインにとってはそうでは無い。 体内を直接暖める方法など持ち合わせて居ないチェインと共に過ごす以上、体内へ流し込み身体を暖め、かつ有害でないモノである湯を作り出すことの出来るお宝。 ケトル。


 これが有るか無いかで、今後大きく生活の豊かさが変わることをリヴァディーは予感したのだ。 故に回収出来るので在れば今すぐにでも手に入れたい代物。 蓄えた宝物庫全ての道具の使用方法を理解しきれていない為、もしかしたらわざわざ取りに向かわずとも我が洞窟内に蓄えたお宝の中にケトル同様に湯を沸かすことが出来る道具が、あるやも知れない。 だが、無いやも知れないのだ。 そんなはっきりとしない状態で戻るには、先行きが不安でしか無い。


 ならば、今すぐに川へ向かいケトルの無事を確認してから今後の方針を決める方が良いとリヴァディーは判断した。 昨日の雨で川の水が増水して、置いてきたお宝が流されていない事を祈りつつ歩みを進める。 


 もし流されていたとしても、それならそれで諦めも付く。 リヴァディーにとっては確認せず翌日以降になって、昨日確認して置けばまだ手に入れたかもしれないと言う後悔を

残しておきたく無いという思いもある。 後悔とは判断を鈍らせるモノだ。 そんな過ぎた事を考えて思考が鈍り判断を遅らせ、ようやく出来た共に生きてくれる存在チェインを失うことにでも成れば目も当てられないと言うもの。


 しかし、ケトルが川に流されず残っているので在ればその方が助かるのも事実。 頼むから流されていないでくれ、との願いを抱いてリヴァディーは足早に件の川へ辿り着く。


「ハぁ ハぁ ハぁ。 ――――ッ」


 草木を掻き分けて昨日お宝を置く為に掘った穴のあった場所に辿り着く。 走って来た際に乱れた息を整えながらその場所へ目を移すと、流れの激しい川の水のみが視界に広がった。


 この場所が下流に位置する為か、雨により増水した水嵩は未だ下がっておらず。 川の縁だった場所は既に溢れた水に浸食され、穴を掘った場所の上には濁流が流れている。 もはや軽く掘った程度の穴に置いたお宝の数々が流されているなんてことは、わざわざ目を凝らしてお宝の所在を確かめるまでも無く目に見えて理解出来る事実であろうと思わざるおえなかった。


 唇を噛み締めこれ以上は時間の無駄だと判断し、その場を後にしようとしたリヴァディーだったが、視界の端にキラリと光を反射する何かが見えた。


「アレは、ア、アッタ――――!!」


 興奮と驚き、そして安堵。 様々な感情が巡り喜びの声が上がる。 何せ諦め帰ろうとする中で目にしたのは、キラキラと月明りを反射して光を見せる手鏡の隣で共に流され、横から生え手入れもされずに好き勝手に伸びた低木の枝先に引っかかる目当てのお宝の姿があったのだから。


 だがしかし、喜んでいるだけと云う訳にもいかない。 目当てのお宝を支えるのは、今にも折れてしまいそうな程に弱々しく細い枝。 このまま見ているだけではいつ折れて、お宝が流れてしまうか分からない。 


「クッ。 ナガれが激しイ」


 急いで取りに向かおうと川に近寄るが、川上から勢い良く流れる水と言うのは中々手に負えるものでは無い。 激しく荒れ狂う濁流に足を付ければ一息に吞まれ流されてしまうことだろう。 リヴァディーには翼があるのだから飛べば良い? 冗談は良してくれ、飛べるのであれば最初からそうしている。 リヴァディーの背にあるこの翼はその機能を殆ど果たさず今や唯の飾りでしかない。


 何せ生まれてこれまで空を飛ぶ方法など知らず、教えられもせず、そもそも空を飛ぼうとするものなら簡単に天敵に見つかりかねない。 地を這い生きる事に慣れたリヴァディーに、手足と同様の利用方法こそ思いつけど、いくら土壇場とて飛び上がるなんて発想は生まれない。


 ならばどうするのか。 理性的な人間ならば手の届かない場所へと届くような道具を扱って手繰り寄せるなんて考えが生まれるのかもしれない。 だが、差し迫るいつかも定かでは無い、チェインが寒さに耐えられず倒れるという時間制限が頭によぎるリヴァディーに、悠長に道具を用意する考えもそんな時間も思いつかない。 


 しかし手がない訳では無い。 なにせリヴァディーには竜であり人であるからこそ出来る芸当が存在する。 それは力技である。 生まれもった時より持ち合わせ、生きる為に使い方を覚えざるおえなかったモノ。


 竜の特性として備えたその腕力は、リヴァディーの両肩から伸びる鱗肌の二本腕にそして、それを支える二対の足に宿っている。


 何かを思い覚悟を決めるなんて方法をとる必要も、鍛冶場の馬鹿力に頼る必要も無い。 ただ己の肉体を経験を信じ、リヴァディーは近くにあった木々の一本へと近寄る。 そして、両足に力を入れ地面に跡が残る程に踏みしめ、目の前の木を両の手で抱えた。 


 流れる力の方向は天上へと、歯を食いしばり一息に


「フグッ、ラあああああああああああああああああああぁ」っと雄たけびを上げながら、抱える木を根が地中から浮き上がる程の位置に持ち上げる。


 そして鞭を打つかのように一度、朱き尾を地面へ打ち付けるのを合図とするように、リヴァディーは両手で抱えたその一本の木を、今にも流されてしまいそうなケトルが引っかかる枝の向こうへと投げはなった。


 まるで軽石を投げたかのように宙を舞うその木は、リヴァディーの思い描いた通りの軌跡を描いて、勢いよく川を塞き止める形で地面に叩きつけられる。


「ハァ ハァ ハァ ハァぁぁぁぁぁぁ」


 流石に自身の背丈以上の木を持ち上げしかも放り投げたと成れば息も乱れるのか、リヴァディーは暫し呼吸を整える。 そしてヨシっと一言口にし眼前へ視線を移すと、短く地響きが鳴り止んだのちに塞き止められた水が行く手を邪魔する木を突き破らんとするかの如く荒々しく何度も打ち付けていた。


 あくまでも水の流れを塞き止めたのは川の上部のみ、しかし木で出来た壁より向こう側の水の流れは先程の勢いを失ったように見える。 だが、それも今だけに過ぎないだろう時間が経てば怒涛の如く流れる川の水により退路を塞ぐ木が突き破られるか、乗り越えられるか、或いは流れが変わるかでしかない。 それに今のままでは、ケトルまでの道のりが変わった訳では無いので近寄ることが出来ない事実は変わらない。


 しかし、そんな事も考えられないリヴァディーでは無い。 リヴァディーの考えは別にある。 なにせ今のは所詮は準備に過ぎないのだから。


 持ち上げ放り投げた木の跡が残る地面、その周囲には根が引き上げられた影響で表面上の土と表に出るはずでは無かった地中の土が入り混じっている。 かくして柔らかさを取り戻した土だが、それはむやみやたらに伸びた木の根の分だけ広がりを見せている。 


 当然のように被害を受けた他の木々は、先程の木を引き上げた際にその影響を受けている訳だが、まぁ何が言いたいかと言えば、掘り返された土の影響で先程力を籠めて引き上げるよりも容易く引き上げることが可能になった木々が沢山ある訳だ。


 リヴァディーの狙いはそこにある。 元より一本の木だけで川の流れを塞き止め続けるのには無理があることくらい理解出来ない訳ではない。 ならば、一本でダメなら沢山用意すればいいじゃない。 である。


 ホイ、ホイ、ホイと先程とは打って変わって、一度目で要領を掴んだリヴァディーは前回よりも力を必要としないそれらを軽々と持ち上げて川の流れを塞き止め逸らす形の位置に放り投げた。


 ケトルが引っかかる枝を中心に、六角形の枠を放り投げた木々で作る。 塞き止められていた川の水は、まるで意志をもち諦めたかのように流れを変えて、木々を引き上げて出来た穴に導かれるように邪魔をする木の枠を避けて元の本流に戻るように、くの字に折れ曲がって行く。


 幾たびの地響きで既に引っかかっていた枝を離れたケトルだが、先に退路を塞いでいた事もあり容易く手に入れることに成功する。


「ヨウやく取れた。 まったく手間を掛けさせてくれるナ」


 誰に聞かせるでもない文句を口にしたリヴァディーは、獲得したケトルを持ち上げた。 その際に隣で引っかかっていたキラキラと光をはね返すモノ、手鏡に目がいく。


 どういう代物なのかは、なんとなく知っている。 人間が己の姿を確認するモノだ。 何度か森を通る人間が使っているのを見ていたが、実際に自身が手にしたのはこれが始めて、故に興味本位でそれも拾い上げる。 その際に手鏡は己の姿を映し出した。


「ヒィッ」


 気付けばリヴァディーは、その手鏡を手放してしまっていた。 己からは聞いた事も無かった声が出ており、自分自身でもその行為に驚いてしまう。 何がなんだか分からないでいた。 姿を映すモノ。 それが意味する所をリヴァディーは、頭で分かっているつもりで、実際の意味を真に理解しては居なかった。


 恐る恐る手を振るわせながら、もう一度だけ手鏡を拾い上げる。 そして、ゆっくりとそれに映る自身の姿を見た。


 始めて客観的に見た自身の姿。 それはとても醜いモノだった。 生まれてこの方リヴァディーは、竜を見た事は無い。 己の姿が竜と人間の両方に酷似していると人間達の言葉から知ることはあった。 だから竜がどんなモノかは知らないが人間は良く知るリヴァディーは、鱗肌の自身の手足が竜に似ているだけなのだと思っていた。 だが、違った。 手鏡に映る自身の姿がそれを物語っている。 人間が敵視する竜とは見た目だけの話では無いのだ。


 光を反射して黄色く輝く瞳は自身のモノと分かっていてもゾクリと背筋を振るわせる恐怖を与える。 伸びる鱗肌の腕はその元に続く人間のモノである肩と併せて見ると異様としか言葉に表せない。 鱗肌と同じく朱く伸びる長い髪の頂きに生える黒く禍々しく伸びる二本の角は短く小さいながらも畏怖の念を与える。 元より人から生えている筈の無い骨ばった二対の翼。 長く伸びる尾。 腿から下に伸びる腕と同じ鱗肌の脚。


 どれを客観的に見ても人間からはかけ離れた存在である事を物語る。 そもそも人間と竜人とでは種として違うのだから当然のこと、それが解らないリヴァディーでは無い。 無いのだが、考えと感情は別のモノ。


 理解して居ながらリヴァディーは恐れた。 自身が、共に居てくれると言ってくれたチェインと言う人間の少年と違う存在であると言うことを。 彼に恐れられた事実を。


 チェインがリヴァディーに言った言葉全てを疑う訳では無いが、こんなにも醜い自分の傍に居させると言うことは彼を怯えさせ続けるだけなのでは無いのだろうかと、そんな事を一度考え始めると止まらなくなってしまったのだ。 そしてその考えは果てはチェインの怪我が治り次第に自身の元から逃げてしまうのでは、そんな事を思ってしまう。


 折角、目当てだったケトルと言うお宝を苦労して手に入れたと言うのに、リヴァディーは落ち込んだ様子で夜道を歩いていた。


「ハァ、トニかく帰ろウ」


 いつまでも起きても居ない事で落ち込んでいても仕方が無い。 そう思い至ったリヴァディーはトボトボと暗い森の中を歩く。 だが、その頭の中は先程見た手鏡に映る客観的に見た己の異様な姿でいっぱいになっていた。 そして、チェインにその姿を見られて恐れられたという事実が思い浮かぶ度に、ハァと溜息を付く。 


 リヴァディーはケトルを手に入れ帰る最中、その手には己の姿を映した手鏡は無いと言うのに、わざわざ置いてきた手鏡のことを、そして手鏡に映った自身のことを思い続け、帰り道を進むが、リヴァディーは気付かなかった。 否、正確に言うので在れば気付けないでいたのだ。 自身の付けた縄張りの証である爪痕が一筋の剣により付けられた痕跡で上書きされて居た事に。

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