気持ちの問題

@gikiandalucia

第1話 黒か白でしか語れない

 成功者は一般人であるのか。その普遍的な檻から抜け出せたから成功者となり得たのか、それとも何か成し遂げたからこそ、普通の人ではなくなったのか。色で例える。凡人を白、成功者を黒とするならば、白に黒を足したのか、それとも白の成分が抜けて黒になったのか。先天的か後天的か。そんなことはどうでも良いのだが、どちらにせよ私は凡人にはなりたく無いし、かと言ってはみ出し物にもなりたくない。普通でいたいし、異常でもいたい。目立たない有名人と言ったところか、そんな人いるのか、どうだろうか。そんな相反する願いをぶら下げて、今日も私は静かに登校する。何も起きず、何も起こさず、と言うより目立つことの難しいこの片田舎で、私は音を立てずに生きていくしかないと悟ったのは、あれは中学の時か。

「アイドルになりたい」

14歳の誕生日にふと思い立って、隣の市の芸能養成所に通いたいと親にねだったことがある。習い事もしていないし、成績も問題ない私に対して良い社会勉強になればと、両親も否定することなくすんなりと通わせてくれた。それが大きな間違いだった。

 ここは私のいるべき場所じゃないんだ。歌やダンスの練習が楽しいとは思えなかったし、何より一緒に練習している娘達の熱量についていけなかった。同い年で同じような格好をしても、中身は全然違う。やる気とか本気具合とかに似た、目に見えない情熱とやらである。私のアイドルになりたいと願ってしまったがゆえに、劣等感に似ているだけで、この状況下であればこう思うべきだという常識に打ちのめされてしまった。たとえそう思ってもそれが偽物ならば思ったことになってない。頑張ってキラキラ輝いた世界に入りたいと思ったそれは偽物ではなかったはず、ただ、それを私が本物にしようとしなかっただけ。本心が言動に追いついていない、結果あの時の決意は偽物になってしまった。私は二ヶ月で通うのを辞めたのだが、一年分の月謝前払いの事実は飲み込めなかったので、働きだしたら返すと親に伝えたが、母は別になんてことないわと言って笑ってくれた。私はその優しさを正しく受け止めていれば、ひねくれた性格にはならなかったのだろうか。

 それからというもの、私は目立ちたいと思った過去を消すように、息を潜めて暮らすことを決意した。その決心を偽物にしようとしている自分もまた、なにかに囚われたように、その時を待っている。どちらが本物とか言うお話ではない、これは私の気持ちの問題である。


 高校生の朝は早い、その早起きに付き合ってくれるバス会社の社員が好きだ。午前6時、私と運転手だけでは空白が多すぎるこの車内は心地よく、朝日が差し込む暖かさは私専用の毛布みたいに強く抱きしめた。ふと気が緩むと寝てしまって仕方なく、そんなことをしては遅刻の種になり不穏である。平穏と安楽を求めて彷徨う亡霊が充満し、いかにも満員であるかのような錯覚を覚えた。私の願いが大きすぎたのだ、一人では抱えきれないほど成長し、手に負えないからこうやって幻覚を見るほど溢れ出し、押しつぶされた私の耳に聞こえたのは、しらないバス停の名前。


 私はバスの運転手が嫌いだ。いつもいつもアホみたいに同じバス停で降りている私を裏切ったのだ。起こしてくれればいいのに、少しくらいバスが遅れたって誰も悲しまないだろうに。ダイヤがそんなに重要か、法律じゃあるまいし、だったら偶にある謎にバスが来ない日を何とかしてくれよと。今日祝日ダイヤだったっけ、そしたら私は学校行かなくていいじゃんと何度思ったことが。そんなことを噛み締めながら走る私は遅刻者。名前は「 小津彩也子」と言うがそんなことはどうだっていい。ただ私は走らなければならない。知らない町の知らない道を、おそらく合っているだろう通学路を。


案の定、遅刻をした。あろうことか学校とは逆の方向に走っていたのだ。バスが通った道を素直に戻れば良かったものの、そんな当たり前のことが頭に浮かばなかったのだ。これは本能のせいだ、走らなければならない、そうでないと遅刻をする。たったこれだけのせいで、未だに私はどこにいるのかもわからない。いつもと違うだけでこんなに不安になるというのは初めてのことであり、気持ちが溢れ泣き出しそうなのだがそれでも焦りは残るし、どうにもならないから座り込むほか成す術なくといったところか。困ったら何をするのが良いか、学校では教わらなかった、親にも言われたことはない。敷かれたレールに従って進んでいるのだから、車輪が外れるなんて思いもしなかった。誰のせい、社会か、学校か、家庭か、私か、私が悪いのか。そう思ったら今まで我慢していた涙がポロポロと落ちるようになった。それは恥ずかしさからくるものなのか、不甲斐なさから来てるのか、知りたかったが誰も教えてくれないから、泣いて解決する他、生きる術をしらない。


高校生にもなって涙流して泣くんだ恥ずかしいなぁ。心の片隅で強がって俯瞰してみたが、当の本人が私なのだからそれは意味のないことだとて、本能がそうするから、本能のせいだから。そのせいで知らない片田舎の知らない場所でうずくまってしまっている。どうしよう、どうしようもない、遅刻を受け入れるのと一緒に自分の対応力のなさも認知しなければならないのだからキャパオーバーであり、手足が動かなくなってしまった。そんなことが許されるのは小学生まででしょうに、強がる私が私を責めるから余計に身動きが取れない。四面楚歌もとより内側からも攻められているからなんと言い表せば私の気持ちは落ち着くのだろう。よしよし、怖かったね、辛いね苦しいね、なだめても止まらない私の涙は、朝日差し込む歩道を濡らして、それを見守るのは私ではなく、私ではない誰かであった。

「ちょっとホント偶然、こんなことが起こるの、奇跡、ほんとに奇跡じゃん」

 顔をあげると見覚えのある学ラン姿の男子高校生がいるのだが、顔は存じないので誰か知らないそんな彼はどことなくありきたりな反応と共にオロオロウロウロしながら私に話しかけている。

「あ、あの、僕もめちゃくちゃ泣こうかと思ってたところなんです。あなた、すごい泣いてますけども、あれでしょ。大失恋でしょ。分かる、分かります。今までの楽しかった日々とか思い出とかが、あんだけ美しくきれいだったのに急に襲いかかるんだよね。で、別れた日とか、次の日とかはたかが恋愛ごときにこんな惨めな思いしてたまるかって強がるんだけど、時間が経つともう元に戻れない事をふと思い出してしまって泣いてしまうんだよね。意識しないで忘れよう忘れようとするんだけど無駄なんだよね。だからこうして大遅刻かましてるけど座り込んで泣いて仕方ないんだよね、そうだよね。今の僕が、まさに、ま、まさに、そ、そそ、そう。そうなんだ」

 途中、早口で何言っているのか聞き取れなかったが、結局彼も泣き始めて訳の分からない二人を完成させてしまっている。しかも彼のほうは大声とセットで泣き始めるもんだから私の立場なんてありゃしない。泣いている時に泣かれると困るのは最初に泣いた方、喧嘩だって先に殴ったほうに罪があるのだし、それとおんなじで私のほうが彼をなだめないといけないのか、これは。世間様、私の涙は何処にしまえばよいのですか。

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