第8話 「グーテの怪夢」

 グーテは夢を見ていた。あまりにも生々しい、のような夢。


 夢の中に出てくる男は、リバル魔導帝国の帝都ベリルという場所で生まれたようだ。帝都とは言っても、表の世界ではない。醜く煤んだ裏の世界、国の掃き溜め、つまるところ貧民街だ。


 男の母親は娼婦であり、父親はその客だ。父親に関しては、顔すら知らない。

 衛生環境が最悪の貧民街で出産となれば、相応の危難が付き纏う。

 生まれながらにして──否、生まれる前から、母親に厄災を持ち込んだ男は、当然の如く母親から忌み嫌われ、疎まれていた。


 そもそも、娼婦と客という互いを繋ぐ物が金でしかない関係での望まぬ懐妊なのだから、この運命は決して逃れられるものではなかった。


 生まれた直後からそんな調子なのだから、当然のように悲惨な幼少期を育った。

 一日に決まった食事なんてものはなく、廃棄物を漁り、お世辞にも粗飯とすら言えぬ屑物を食らって生き延びていた。

 運が良い日は、表の人間からの僅かな金銭的な施しを受けて、たまの贅沢を楽しんだ。


 そんな屑のような男の人生に、転機が訪れる。

 それは、男が十五の頃のことである。

 

 男が珍しく表の世界を歩いていると、一人の商人と体がぶつかってしまった。その商人は、当時の帝国ではある程度名の知れた商家の三男であり、粗暴で高慢なことでも知られていた。


 その商人は、己の将来を憂い、気が立っていたのだろう。

 体がぶつかった男を見るや否や、目を血眼にして蹴り倒した。

 充分な食事を取れていない男は、筋力がないどころか骨も空疎で、蹴られた部位は簡単に骨折していた。


 きっと商人は誰でも良かったのだろう。己の怒りをぶつけられる相手を欲していたのだ。

 そこに丁度、あらゆる点において、自分より圧倒的に弱い、惨めな塵芥虫ゴミムシが転がってきた、それもあろうことか自分に危害を加えて。


 こうも相手を踏み潰して良い条件が揃っていたのならば、それはある意味自然の成り行きであり、仕方のないことだったのかもしれない。

 人間という生き物は、自分に責任が問われることがない、又は責任を上回る利益を前にする状況になれば、いとも容易く他者を傷つけることが出来る。


 今回の場合はその両方が当て嵌った。貧民街の子供が一人死のうと誰も構わないし、誰も商人に責任を問わない。

 一方商人は、塵芥虫を潰して優越感に浸れるし、それまでの間は将来への憂いなど気にせずにいられる。


 正に誰も損をしない一石二鳥の冴えた考えだ。勿論、その損をしない人間の中に男は含まれていない。というより、商人は男のことを同じ人間だと思ってすらいない。

 商人の考えはやや極端ではあるものの、世間全体の考えなどその程度のものだった。


 最終的に男は、どこから治療を施せばいいのか分からないほどの全身骨折となって商人の暴力から解放された。

 そして、当然の如く、道端に落ちている瀕死の塵芥虫を助ける酔狂なものは居ない──筈だった。


 結果的に言えば、男は助かった。それも、怪我一つない真っ新な状態で。

 男が気を失う寸前、最後に見たのは、一人の冒険者とその手に持つ神秘的な輝きを放つ洋燈のような物──魔導具。


 この出来事をきっかけに、男は魔導具に大きな興味と関心を持つことになる。

 そしてそれが、男の人生に多大な影響を及ぼすことになる──。

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