第7話 「異端児の誕生」
「どぉ⋯⋯し、て⋯⋯」
燃え盛る炎が周囲の家々を飲み込でいく。
井戸水に混入していた毒の影響か、それとも彼女の翡翠色の瞳が映す激情の炎により体の半分以上を炭化させられた所為か、彼女はその場から動けずにいた。
辛うじて口にしたその言葉は一体誰に対して、何に対してのものなのか。
紡がれた言葉は空虚に響き、目の前の物言わぬ骸は、只管に苦渋に満ちた表情を彼女に向けるばかりである。
「ち⋯⋯父、上⋯⋯」
骸の正体は、彼女の父であるユーグであった物である。生前、娘を守り抜くと誓った彼は、志半ばで息絶えた。娘を人質に取られた
彼女と同様の翡翠色の瞳は、徐々に濁っていく。死した父と視線を交える彼女の瞳もまた、邪気と激情の念を孕み、濁っていく。
周囲の家屋に組まれた材木が炎により爆跳する。それが奏でる乾いた音は、潤いのない彼女の心情を表しているようにすら感じる。
「どぉ⋯⋯し、て⋯⋯どぉしてよぉおおお! グーテェエエエ! あぁああぁっ! ──けほっ、けほ⋯⋯っ」
彼女は、この惨状を引き起こした張本人である幼馴染の名前を叫んだ。愛する父を殺し、村人を殺し、郷土を焼いた憎き少年の名を。
しかしながら彼女の慟哭はそう長く続かなかった。黒煙が彼女の肺を侵し始めたのである。
高温の黒煙は、内包する火花と共に周囲一帯を埋めつくし、蒼天へと立ち昇る。
まるで、彼女の存在を報せる為の
◆
「はぁ、此処は一体何処よ⋯⋯?」
満天の蒼穹から差す陽射しが、荒野を歩く乙女の柔肌を射抜く。
彼女──ハイレン・ピーチュは、荒野を彷徨っていた。只管に広く、目印になる物も少ないこの荒野は、土地勘のないハイレンを遭難させるには十分だった。
和毛な藤納戸色の頭髪と吊り目がちな同色の瞳、やや生意気な印象を受ける表情をしながらも、確かな知性を感じさせる容貌。両手には、長さ三十センチメートル程度の短杖を持つ。
十人中五人が美人だと答える、そんな容姿を持ったそこそこ美人な少女である。
「全く、こんな荒野じゃ右も左も⋯⋯──って、あれ? 黒い、煙⋯⋯? こんな所で火事?」
そう言うが早いか、ハイレンは駆け出していた。剥き出しの好奇心と正義感が少女を突き動かす。未だ子供から抜け出したばかりの少女である。
ハイレンが火元に辿り着く頃には、立ち昇る黒煙も、燃え盛る炎も弱まっていた。
村雨が降り始め、消火を行ったのである。しかしながら、村の中は静謐を湛え、自然の施しを歓喜する者は存在しない。
少女の瞳に映されるのは、炭化した焼死体と焼け焦げ、倒壊した家屋のみである。
「──うっ⋯⋯これは、きついわね⋯⋯」
ハイレンは生存者を探す為、村の中を歩き回るが、生存者は疎かまともな死体さえ見つからない。
体が炭化し、顔や性別すら判別出来ないような死体ばかりである。
しかし、決まって同じなのは、何れの死体も胸部に大きな損傷が見受けられることだ。まるで、その部分だけ元から存在しなかったかのように、丁寧にくり抜かれている。
「なんて惨い⋯⋯」
綺麗な死体しか見たことがない少女にとって、それは、あまりにも酷く、あまりにも衝撃的だった。
この凄惨な現場を目の当たりにしたハイレンは、半ば生存者は居ない、と決めつけていた。
それは少女だから、ではない。誰がどう見ても、生存者は居ない、そう言うだろう。
しかし、物事には必ずと言っていいほど
そして、今回もその例に漏れず、異端児は誕生した。
「──っ! この子、まだ生きてる!」
それが異端児故の力なのか、
「主の認のもと、私は此を行使する。傷みに喘ぐ彼の者を癒し給え──。〈治癒〉」
しかし、たった今、彼女は天より現世へと蘇った。この事実だけで、他の一切合切は無用である。
「ふぅ、ごっそりと魔力を持っていかれたわね。ま、いいわ」
「ぐぅぇえ⋯⋯ぇぇ⋯⋯──っ、かはっ、けほ、けほ⋯⋯うぅ⋯⋯」
「おはよう、と言いたい所ではあるけど、この様子じゃ流石に無理そうね」
「ぁぁあぁぁ⋯⋯」
「ああ、無理に喋らなくて結構よ。私の特別な治癒魔術を受けたから寸前で生きているのであって、貴女半分死んでるようなものだから」
「ぁぁぁぁ、すぅぅ、ぁぁぁぁ」
「まあでも、貴女どうしても喋りたいようだし、名前ぐらいは聞いてあげてもいいわよ」
「ゎ⋯⋯⋯⋯しは⋯⋯ゎ⋯⋯た⋯⋯⋯⋯し⋯⋯は⋯⋯」
「うん、言ってごらん」
物事の理から外れ、物事の理に支配された異端児は立ち上がる。彼女の名は──
「ゎ、ゎた、私は⋯⋯フェリシア・サルティーヌ⋯⋯ぃ、いつ、の、日⋯⋯か、勇者に成る者、だ⋯⋯っ!」
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