元社畜の死にたがり魔王はもう復活したくない

常葉㮈枯

元社畜の死にたがり魔王はもう復活したくない

社畜。


社員として勤めている会社に飼い慣らされ、自分の意思と良心を放棄し、サービス残業や転勤もいとわない奴隷……from.Wi◯ipe◯ia……。


何が言いたいかといえば、つまるところ私は奴隷だったのである。


天井を回っても終わらない仕事。

こなせばこなすほど増えていくタスク。

安い給料に、貰ったことのない残業代。

いつも同じご飯―――コンビニのおにぎり。


そんな生活にもう嫌気がさしてしまった。


「ここから再起して、人間らしく生きる方法……」


毒親の実家には帰れない。かといって頼れる友人はいない。

新しい職場を探す時間も気力もないし、何より次の職場が決まるまで生きていくためのお金がない。


「ないな。死のう」


詰んだ。


一言でいえば、私の人生は詰んでいた。そもそももう生きる気力自体が赤ゲージを超えてゼロだ。むしろマイナスだ。


あっさりと決断した私は、死ぬ方法を考えた。


トラックに飛び込むことも考えたが、最近は転生とやらが流行っていると聞くし……確実に逝ける方法を模索した結果、人の迷惑なんて顧みずに新幹線に飛び込むことを決めた。迷惑まで気にしていたら、自死なんて出来やしない。


電車じゃなかったのは、車両を目にしたら思わずそのまま通勤してしまう……という奴隷根性を危惧きぐしたためだ。


「よいしょ」


私は高架線に侵入した。

真似する良い子がいるかもしれないから、経路は割愛するが。


そこまで全力で死に向かって行けるのなら、生きて行けるのではというご意見もあるだろう。

まあろくに寝れず栄養も足らず、死んだように生きている人間の思考なんて、常人にはわかるまい。


「それでは、アディオス!」


響き渡る急ブレーキの調べを聞きながら。

私はようやく、この苦痛から解放されることに歓喜の笑みを浮かべたのだった。







───と、ここまでは良い。

確実にここは現代社会ではない。だって、悪魔がいるもん。


「飛び込みの迷惑考えたら地獄行きとは思ってたけど」

「なにをブツブツ仰っているのですか!復活したなら、さっさと続きの仕事に取り掛かっていただかないと!」

「えぇ……仕事ォ……?」


見知らぬ大きな広間。

目の前で喚き散らす赤い悪魔が、これでもかと言わんばかりに目を血走らせた。鼻息を荒くするたびに尻尾がピコピコ動いている。

アレかな、地獄だから自分が嫌なことをさせられるって感じかな。やべ、死に方ミスったかもしれん。


痛みとかを感じる暇はなかったけど……。

むしろ痛みとかがないように、一瞬で死ぬ死に方を選んだけど……。

死んでまで働かされる苦痛を考えれば、少し苦しくても首吊りとかにしとくべきだったかもしれない。今更遅いけども。


「あの……針山とか、釜茹でとかなんか肉体的に苦痛なのは頑張るんで、精神こころにくるやつはやめてもらえませんかね、無理ですかね」

「何ですかそれは、新たに作るトラップの名前ですか?」

「トラ……え、ここ地獄ですよね?針山とかってまさかトラップだったの?」

「地獄……?愚かな人間どもはそう呼ぶこともあるみたいですが、正式名称は魔界です。いきなりどうしたんですか、魔王様」

「様!?真緒まおでいいですけど!?地獄も今はそういう接遇せつぐうにうるさいんですか!?」


なんだか混乱してきた。

思っていた地獄とは何処となく……というより、全く違う気がする。よく見れば周りの景色も地獄というよりは何処かの洋館のみたいだし。

そもそも、私が思っている仏教圏の地獄ではないってことだけは間違いなさそう。

魔界ってことはとりあえずHellってこと?いつのまにか、欧米圏の方の地獄に来ちゃったって事なのか。日本語は通じてるんだけどな。


ぐるぐる思考を巡らせる私を見て、目の前の悪魔は腕を組んで首を傾げた。

悪魔といえば10人中9人が思い描くだろう、超スタンダードな姿をした悪魔がいる時点でおかしいとは思ったけども。

執事服みたいなのを着てるから、地獄の受付とかそんな感じかと思っちゃったのよね。


「魔王様、もしや復活の副作用で記憶が混濁されているのでは」

「ふっ、復活……?」

「やはりそうなのですね、ご自身のことも分かっておられないとは、おいたわしい……」


悪魔は嘆くように目をハンカチで拭う。

それを胸ポケットにしまい込むと、キリッとした表情で私を見据えた。


僭越せんえつながら……記憶を取り戻す一助として、この私めが簡単にご説明させていただきます」


彼はコホン、と一度咳払いをして続けた。


「貴女様は魔界の王にして我らが魔族の王、魔王サターン・マオ・アドラメレク・デモンマキア様です。この度は忌まわしき人間の王の奸計かんけいにより、死の憂き目に遭われましたが、先ほど満を持して復活された次第でございます」

「ちょーーーっと待って下さいね」


思考が追いつかない。

だけど、これは私の頭が悪いからとかそういう次元の話じゃないと思う。


私は痛むこめかみを親指で押さえながら、至極真面目に説明をしていた悪魔の顔をまじまじ見返す。

真面目そうな顔だ。嘘とか冗談を言ってるようには見えない。まあ、悪魔の顔なんて見たことないからあくまで雰囲気だけなんだけど。悪魔だけに。はは。


「私が魔王」

「はい、魔王様です」

「死んだ」

「はい、一度は」

「復活」

「はい、普通の人間では魔王様の命を完全に奪うことは出来ませんので」

「っすぅ〜〜〜」


思わず渋い顔で大きく息を吸い込んだ。

まさかのまさかというか、もしかしなくてもコレは流行りの"転生"ってやつではないだろうか。マジで?せっかくトラックは避けたのに?


状況を整理できるどころか、むしろ更に混乱を極める私の脳内。

頭を抱え込んでしゃがみ込むが、一向に思考はクリアにならない。……あ、なんかツノが生えてるぞ。


悪魔はそんな私を見てため息を吐いた。


「駄目ですね、思い出せそうにないですか」

「思い出すも何も、私は魔王じゃなくて」


言ったところで受け入れてもらえるかはわからないが、ちゃんと伝えておくに越したことはないだろう。

説明をしなければ。そう思って顔を上げた私の目の前に、優しく微笑む悪魔の顔があった。

───悪魔の優しい微笑みなんて、また頭が混乱しそう。


「いいのですよ、魔王様。今は無理でも、ゆっくりと思い出していけば良いのです」

「悪魔さん……」


優しい言葉。

誰かから優しさを向けられるなんて、もう何年なかっただろう。

親は毒だったし、上司なんてもってのほか、同じ境遇の同僚同士は励まし合う余裕なんてなかった。


もしかしたら、これはやり直しのチャンスなのかもしれない。

優しさに飢えて死ぬことしか頭になかった私に、神様がくれた最後の贈り物なのかもしれない。


そう思えば、混乱したままでもなんだか前向きになれるような気がした。

そうだ、死ぬことが叶わなかったのだとしてももう一度やり直せば良いじゃない。

今度は、ちゃんと優しい人(?)がいる環境で───。


「では魔王様、記憶がなくても大丈夫なものから片付けていきましょう」

「……へ?」

「まずは魔王様が復活されるまでに溜まっていた書類への押印ですね。あ、こちらはもう採決済みのものばかりですので判を押していただくだけで構いません。量はかなりありますが、2日あれば大体捌けるでしょう。合間にこちらの魔道具に魔力の充填をお願い致します。魔界と人間界の境界に置いていた防壁なのですが、そろそろ魔力が尽きかけていましたので。こちらは月に一度、魔王様の魔力を与えていただくことで24時間稼働する優れものですね。それが終わりましたら各領地の魔族達と一度顔合わせをして、魔王様の現状を知ってもらいましょう。あぁ、心配は要りませんよ、魔王様おらずして魔界の魔力は満たされませんので、わざわざこの機会に反旗をひるがえす愚か者などおりませんから。あとは───」


黙り込む私をよそに、悪魔は嬉々として"仕事"の話を続ける。その顔は晴々と明るく、この話題を進められるのが楽しくて嬉しくて仕方がないというような表情だった。


そういえばこの悪魔、最初もえらく勢い込んで仕事をさせようとしていたような。

こういう顔の人を知ってる。

同僚にもいた……これは、仕事中毒者の顔だ。


「それが終わったらその後は……」

「あの、魔王ってそんなにやらなきゃ駄目なことが多いんですか」

「当たり前でしょう!魔王無くして魔界は無し、魔界無くして魔王は無し、魔界の民がいてこその魔王です!民のために粉骨砕身ふんこつさいしんで働くのは当然のことでしょう!?」


当然の理論だ。

言ってることは至極当然。

だけど、


「あ、無理だ」



だけど私は絶望した。



「死んで蘇ってまで奴隷働きしてられるかああああああぁぁぁ!!」

「魔王様ァーーーー!?!?」


魔王というからには、凄い力が使えるんだろう。実際、めちゃくちゃ凄い力が出た。

よくわからない黒い力を自分の頭に向けてぶちかませば、悪魔の悲痛な叫び声が聞こえた。


普通の人間じゃ無理でも、魔王の力だったら魔王でも死ぬでしょ。


そんなことを思いながら、私が最期に見たのは首を無くして床に倒れ込む私自身の身体だった。








意識が浮上する。

重たい瞼を上げれば、見知らぬ大きな広間───訂正、見たことある大きな広間。

私の口から、はぁ、と乾いた吐息が漏れた。

頭の中で、いつぞやに聞いたアーティストの曲が延々とリフレインしている。


夢ならばどれほど良かったでしょう。


と。


「魔王様、お目覚めですね!?まったく、ご乱心もほどほどになさってください!目覚めるまでの3日でまたお仕事が溜まっておいでですよ!」


目の前で赤い悪魔が喚いている。


さっきまでのがなんかの間違いで、死ぬ直前の妄想であれと思ったけど……そう上手くはいかなかったらしい。


「悪魔さん……」

「どうされましたか?ちなみに、もう一度頭を吹き飛ばされた場合は、問答無用で執務室の椅子に括り付けた上で復活していただきますからね」


横暴だ、という文句も出ない。

悪魔なのだから無慈悲で横暴なのは、もはや当然とすら思える。


だけど、これだけは聞かせて欲しい。


「普通の人間では魔王を完全に殺せない……ってことは、殺せる人間がいるって事ですよね?」

「勿論ですとも。それこそが我らにとっての最優先懸念事項──聖剣を携えた勇者です」

「勇者」

「はい。勇者は放っておくと無限に成長して、魔王様の命を脅かしかねません。見つけたら即刻葬り去るのがベストです」


魔王、勇者。

御伽話おとぎばなしのようだけど、そもそも私の置かれた状況が御伽話みたいなもの。まさかの死ぬこともできずに、延々と働かされるのかと思っていたけども……光明こうみょうが見えたかもしれない……!


私は心の中で涙を流した。


勇者に討たれる魔王。ストーリーとしても完璧な流れじゃないか。

私の最後の希望は、その勇者に託そう。大丈夫、私は勇者と対峙しても抵抗せずに首を差し出す。私は死ねる、人間は喜ぶ、魔界は……まあ、この中毒者ジャンキーの悪魔がいればなんとかなりそう。


頭の中で算盤そろばんを弾いて、私はようやく心から笑うことができた。

逝ける。これなら後腐れもなく逝けるはず!


私は嬉々として悪魔へ言った。


「悪魔さん、勇者の居場所を教えてください!」

「おお!魔王さま直々に撃って出られますか!さすが、獅子博兎ししはくとでも言いましょうか」

「なんか都合よく勘違いしてくれてるんで、それでOKです!」

「しかし魔王様、勇者は現在見つけることはできませんよ」

「どうしてですか!?必要なら、草の根をかき分けてでも……」

「今代の勇者は、ついぞこの間に魔王様が討ち取ったばっかりではないですか」


「え」



数秒の沈黙が、広間を満たす。

私が自分の頭を吹き飛ばすような事をするから、期待をさせないためにそんなことを言ったのかもしれない。……と、思ってみたものの、悪魔の表情は至極真面目である。

彼は再びハンカチを取り出し、目元を拭う仕草をした。


「それすら忘れられているとはおいたわしい。魔王様が復活しなければいけなかった原因がそれですよ。ほぼ相打ちのような形でしたから、もう終わったと思ったのですよ!?奴の持っていたのが聖剣ではないことが救いでしたが」

「勇者、死んだの……?」


ようやく得た希望まで、速攻砕けてしまった。

呆然と呟くしかない気持ちを、この悪魔はわかってくれないだろうなぁ。


「今代の勇者は。ですが、次代の勇者がまた現れますので油断されてはいけませんよ」

「っ……次代!?次代はいつ、どこに!?」


と、思ったらまた希望が見えた。

思わず食ってかかる私を見て、悪魔は何故か嬉しそうに頷いている。


「おお……その気迫、まさに魔王様……。少しずつですが、調子を取り戻されてきましたね」

「そういうのはもう良いんで!それより、次代の勇者ってのは何処に……!!」

「まだまだ、生まれるのは先に御座いますよ」

「……うまれる?」


いま、生まれると言ったの?

勇者の意志を継ぐものが次の勇者になるとかじゃなくて?


「勇者は100年周期で世に生まれますからね。あの勇者は10代半ばほどに見えましたから……


まあ、精々あと80年ほどは勇者の影を気にせずに過ごしていただけますよ」


語尾に、星がつきそうな口調だった。

心から嬉しそうににんまり笑う口元は、これ以上ないほどに緩んでいる。


80年。


80年?


20年ちょっとの人生でもう苦痛だったのに?


絶望から希望。

希望から絶望。

テーマパークもびっくりのジェットコースターに、私の情緒は壊れた。



「無理だ死のう」

「魔王様ぁぁぁあああーーー!?」


芸がないと言われようが構わない。

力の使い方を学んだ私は、再び躊躇いなく自分の頭を吹き飛ばしたのだった。




この後も勇者が生まれるまで耐えきれず、いろんな方法で自殺を試したり、仕事をさせられたり、結局80年待った勇者に一目惚れされたりと───まあ、それはまた別の話。


これは、復活してしまう私がなんとかして完全死亡を求めるだけの……そんなお話。



END.

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