来世までの徒競走
高黄森哉
来世までの徒競走
もうすぐ、競争が始まりそうだった。それは、来世までの徒競走なのだ。それは、今、生きている人間には説明しなくてもいいんじゃないかな。だって、君が生きている限り、この競争は通過してきたはずだから。
でも、時折、この徒競走の記憶が、欠落して生まれる人間が存在する。理由は分からない。いつか、頭を打った拍子に、忘れてしまったのかもしれない。隣にいる人はそうだった。今の今まで徒競走の記憶を忘れていたという。
だから、やはり、この徒競走の詳細について、詳しく話さなければならないのだろう。これを読んでいる人間が、それを覚えていない可能性が、ごくわずかに存在する以上は、親切に解説する必要があるのだ。
競争が始まる前に、ちゃちゃっと終わらせよう。
この競争は一口で言うと、バトルロワイヤルである。つまり、この数億人の中から、ゴールできるのは一人だけ。その一人が来世をつかみ取ることが出来る。負けた人がどうなるのかというと、それ以上はない。死んでしまう。死んでここに来て、また死ぬと、もうそれ以下の世界は存在しない。それは、そういうシステムだから、としか説明できないのである。知っているから知っている。
このレースは、闇雲に、走ればいいってものじゃない。そんな単純じゃない。時には遅れていく方がいい。先頭に立つ者はいつも未知の仕掛けにさらされるから、脱落する割合が高くなる。でも、最後尾を歩いていても、勝利を勝ち取ることは出来ない。それなりに、走らなければならない。
走り続ける限り、足が速くなくても、チャンスはある。そこに、存在したい、という意思があり続ける限りは、誰にだって、来世をもらう機会は許されているのである。でも、諦めてしまえばそれまでだ。だから、みんな走り続けるのだ。
生まれ変わってまた人間になったら、何をしたいだろうか。もしかしたら、この気持ちも、この徒競走とともに、忘れてしまうかもしれないが。でも、考えることは楽しい。宝くじを眺めるようなものだ。
僕は、生まれ変わったら普通になりたい。そして、誰も悲しませたくない。間違っても、生まれてくるんじゃなかった、とか、生まれてきたかったわけじゃない、とかいう言葉を吐いて、死んだりしない。別に、過去のその言葉に、後悔があるわけではない。今考えると嘘だった、という話なだけだ。嘘をつくのは、どうしても嫌いなのである。
存在したくて存在した。
もし違うならば、隣の人に道を譲っていた。彼らが先にゴールするように。それはこの競争の話じゃない。もしそれが、このレースの話ならば、死後、来世への徒競走があるという前提にしか、自分の存在が己の意志であることの証明が成り立たないではないか。僕が言いたいのはもっと生物的な、保健体育でならうような、生物で最初のレースのことだ。つまり、精子の競争だ。
そこまで、思って僕は、あっ、と気が付いた。もしかしたら、このレースに勝っても、さらにその、卵子への徒競走が待っているのかもしれない。しかも、その徒競走は、この徒競走に勝った猛者たちだけの競走なのだ。なんて生きるということは、自分の意志に基づいた行為なのだろう。生まれてきたくなかった人間なんていないのだ。人がそこに存在するとき、必ず、存在したいという意志が介在する。
その時、笛が鳴って、一斉に走り始めた。
来世までの徒競走 高黄森哉 @kamikawa2001
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