第3話 始まるリリムとの共同生活
「冷蔵庫になんにも入っていないじゃないですか!」
セーラー服の少女は俺の朝飯を作ると宣言した後、キッチンへと向かった。
そこと洗濯機の間に設置してある冷蔵庫の扉を開けて言う。
「ドレッシングとか、コーラとかしかない……普段何を食べているんですか⁉」
「コンビニとか……スーパーとかで弁当を……いいだろ! 半額の時を狙ったり、味を選ばなかったりしたら充分安く、コスパよく飯なんて食えるんだよ!」
「ありえない……じゃあ何で冷蔵庫を買ってるんですか⁉ 包丁も、鍋も、お皿だってあるのに!」
勝手にキッチンの扉をパカパカ開けて中を確認する。
「う、うるさいな……最初はやる気はあったんだよ……でも、そんなことあんたに言われる筋合いはない! 飯は作れない。それで俺を
「買ってきます!」
「は?」
「材料……買ってきます! 今はコンビニでも食材ぐらいは置いていますし、簡単なものならそれで充分ですから……買ってきます!」
少女はずんずんと扉へ向かって歩き出す。
「待っていてください!」
そしてバタンと玄関の扉を閉じて、外へと言ってしまう。
タッタッタと部屋の前の通路を走る足音が遠ざかっていく———。
なんか……勝手に出てった。
ガチャリ……!
俺は今がチャンスとばかりに、玄関の扉の鍵を閉めた。
「ふぅ……何だったんだ? あいつ……」
ドッと疲れた。
「前の部屋の住民だからって。勝手に入って来るとか……つーかどうやって入ってきた? 俺昨日鍵を閉め忘れたのか……?」
いや、そんなわけはない。
昨日の夕方にあの少女が無理やり玄関からこの部屋に押し入ろうとしたばかりなのだ。
俺は普通の人間だ。
普通の人間であればそんなことがあったら、警戒心が増して戸締りがちゃんとしているかチェックする。
だからはっきりとは覚えていないが、カギはしっかりと昨日もかけている———はずだ。
それなのに侵入されたということは……。
「そういえば……昨日の時点で一歩だけだけど侵入されてたな……あの時、もしかして鍵を盗み取られていたのか⁉」
ぶわっと鳥肌が立つ。
一気に危機感が押し寄せてきた。
誰かが部屋の中に侵入するなんて今まで想像もしていなかったものだから、俺は鍵と財布は玄関前の靴箱の上にポンと無造作に置いている。
昨日のあれは———もみあいだった。
俺も半ばパニック状態になっていて、あの子が何をしていたのかなんて正確に把握できていない。
もしかしたら、あの時鍵をスッと盗られていたのかも……!
「いや、あるわ……」
視線を靴箱の上に落とすと、そこには普段と同じようにロボットの頭部のキーホルダーのついた鍵が置かれていた。
鍵は盗られていない……だけど、その隣には財布がある!
「もしかして、あいつ金を抜き取ったんじゃ———!」
もしかしたら今、買い物に出かけると外に出るまでが手口だったのかもしれない。
鍵はやっぱり一度盗られていて、金目のものを手に入れたから置いて逃げたんじゃ……!
「いや、あるわ……」
8962円。
昨日コンビニで使った後、何となく覚えている通りの金額がちゃんと財布の中に残っていた。
「あいつ……盗みに来たんじゃないのか……」
じゃあ、何しに来たんだ?
何の目的で、ここは自分の部屋だと主張し、不法侵入までしたのか。
ふと、天井を見上げると———隠し扉が目に入る。
その扉は屋根裏へとつながる折り畳み式の
———そういえば、あの子のセーラー服。昨日見たのと全く同じだったな……。
「まさか……!」
俺は鉤付き棒をフック穴に挿しこみ、梯子を下ろす。
そして自分の考えを確かめたい一心で天井裏へと駆けあがる。
「……やっぱり」
毛布が、綺麗に折りたたまれていた。
同じ大学生がこの部屋を宅飲みで使う時、あるいは友達が泊りに来た時、俺が寝るときに使う毛布が、端をそろえて折りたたまれていた。
俺は割とルーズな人間だ。
だから、誰にも見られていないような場所はとことん手を抜く。
あの毛布も使った後は折りたたまずに、そのまま広げて放置をしていた。いつも放置をしていた。
それが———ああやって折りたたまれていると言うことは、
あの
それに———ほんのりさっきトイレで嗅いだ甘い匂いがこの屋根裏でもする……。
ガチャリ……!
扉の鍵が開く音がする。
「ただいま帰りました~……あれ、お兄さん? どうして二階に行っているんです?」
下からビニール袋を右手に抱えた、セーラー服の少女の声が聞こえる。
「大家め……!」
俺は恨みがましくつぶやいた。
何故なら、彼女の左手には銀のもう一つのカギが握られていたのだから。
「大家め……! 住民が新しくなったのなら、カギもちゃんと新しくしろよ……!」
彼女が不法侵入できたカラクリはなんてことはない。
前に使っていたカギを、ずっと持ち続けていたというだけなのだ。
◆
トントントントン……!
キッチンで心地のいいリズムの包丁の音が聞こえる。
朝飯を作るセーラー服の少女をぼーっと眺めながら、彼女のことについて考える。
———家出か。
そうとしか考えられない。
何らかの事情で家にいられなくなり飛び出し、一夜をしのぐ場所をここしか知らずに頼ってきた。そういうことか。
どうすっかなぁ……こんな経験初めてだから何をいったらわかんないんだよなぁ……いや、何度も経験があってたまるかという話ではあるんだが。
腕を組んで頭を抱える。
セーラー服の彼女————いや、「りりむ」ちゃんか。柱に名前が書いてあるし、カギを持っているのだから前のこの部屋の住人であることはもはや確定だろう。
りりむちゃんをどうやって説得するか……家出までするのだから、その事情というのはよっぽどのもので、何も知らない俺が上から目線で説教をして、取り合えず親元に帰れというのはあまりに酷な気がする。
どうしたものか……本当にどうしたものか……。
「まぁ、考えたところでしかたがないんだけど……」
悩むのに疲れて俺はテレビのリモコンを取り、電源を付ける。
気晴らしに、朝の情報番組でも見るか。
『先日、悪質な修理金の水増し請求と保険の架空契約などの問題行動が発覚した大手自働車メーカー『サンゼンカーズ』の代表取締役、
プツン――—。
リモコンの電源ボタンが押され、テレビが消える。
セーラー服の少女、りりむちゃんだ。
「さ、できましたよ」
いつのまにか机の上に置いてあるお盆の上から、白飯の入った茶碗とみそ汁の入った器を俺の前に置く。
「テレビ……」
「食事の最中に何かを見るなんて、行儀が悪いですよ」
彼女は自分の前にもご飯とみそ汁を置いて、手を合わせる。
「いただきます」
「い……いただきます」
彼女に促されるように手を合わせて、一礼をする。
そして———口を付ける。
「…………ッ!」
目を開く。
「どう、ですか……?」
不安そうに聞いてくる彼女に———嘘は言えない。
「
「———! そうですか……!」
パアッと明るい顔をしたと思えば、一気に彼女は自分の分のご飯をかきこみはじめた。
俺もがつがつと、少し行儀悪く食べる。
旨い、本当に旨い。
みそ汁はシンプルだけどちょうどいい塩加減と味付けで、どんどんご飯が進む。
それに……旨いだけじゃなくて、どこか懐かしい味……。
「「ごちそうさまでした!!」」
五分も経たずに食事は終わった。
本当に美味しかった。
「満足いただけましたか?」
そう、りりむちゃんが聞いてくる。
「ああ、満足した……人の手料理なんて久しぶりに食べたよ」
「それは良かったです。じゃあ、ここを出て行ってもらえますか?」
「……どうしてそうなる?」
「だって、美味しかったってことは私を認めたってことでしょう? 私を認めたってことは、私を許したってことでしょう? だったら、私の言葉を許してここを出て行ってもらえますか?」
「意味が分からん理屈を振りかざすな! あんた……家は?」
「家?」
思わず、言ってしまったワード「家」。
彼女の事情に踏み込んでもいいものかと迷っていたが、このワードを出してしまった以上、踏み込まざるを得ない。
彼女の家庭の事情ってやつに……。
「家、家だよ。あんたにも家族がいるんだろう? りりむって名前を付けてくれた大切な家族が……心配してるぞ。こんな場所にこだわっていないで、さっさと戻ったらどうなんだ?」
何も知らない奴の、上から目線の説教だ。
それに対して彼女は、
「別に、心配なんかしていませんよ」
にへらっと笑った。
その顔はなんだか――—俺には疲れているように見えた。
「そんなことは……」
「じゃあ、こうしましょう! お兄さん!」
りりむちゃんは指を一本立てて突き出し、俺の言葉を遮った。
「お兄さんが出て行かないと言うのなら、仕方がありません。一緒に住みましょう」
「……はぁ? 許されると思っているのか、そんなことが?」
「許されるでしょう! ギブ&テイクです! 私はお兄さんの家事手伝い、身の周りのお世話をします。大学生の一人生活なんて色々大変でしょう?」
「いや、別に……」
「大変なんです! だから、私がそのサポートをしてあげます」
そう、胸を張るりりむちゃん。
「……あ~、わかった」
「いいんですか⁉」
もういい……疲れた。
なんて言って追い出したらいいか、もう俺には思いつかない。
それにしばらくしたら、熱が冷めるように自然と親元が恋しくなって帰りたくなる時が来るだろう。
その時を気長に待とう。
「いいか悪いかで言ったら、普通にダメだけど。もう君帰りそうにないし……」
「そりゃそうです。ここが私の帰る家なんですから」
「前の、な……」
ハァ~……と大きなため息を吐く。
全く……普通のキャンパスライフを夢見ていたのに、どうしてこうなったんだか。
「ところで、お兄さんの名前は?」
食器を片付けながら、りりむちゃんが聞いてくる。
「…………み、
彼女を見ないようにそう答えた。
「なんか照れてます?」
「いや、その……」
食器を片付ける時、彼女は大きく前かがみになっていた。
それで俺の方に頭を向けているモノだから、
「あ!」
それに気が付いたりりむちゃんが胸元を慌てて押さえて背筋を伸ばす。
と———、
ポロリ……。
彼女の胸ポケットから、手帳のような物が落ちる。
「あ、落ちたぞ」
それを拾い上げようとすると、気づく。
そこに書かれているものに気が付く。
床に落ちた衝撃で開かれた、手帳の中身———。
『戸塚高等学校一年生・出席番号19番・三千条璃々歩』
彼女の顔写真と共に、そう書かれていた。
「……はい」
「あ、どうも」
拾い上げて彼女に手渡す。
「
「あ、はい……よろしくお願いします……」
愛想笑いを浮かべて一礼すると璃々夢はキッチンへ行って洗い物を始めた。
こうして――—現役大学生の俺と女子高生璃々夢の危ない、綱渡りのような共同生活が始まった。
上京して一人暮らしを始めたらJKが住みついた。 あおき りゅうま @hardness10
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