第2話 翌朝———、

「ん……」


 カーテンの隙間から差し込む朝日が顔に当たる。


「ふわぁ~……」


 あくびをしながら、バッと体を起こす。

 布団を吹き飛ばしながら、立ち上がる。


「よし……!」


 気合を入れる。

 俺の癖……というか、習慣。心がけだ。


 朝、目が醒めた後ダラダラと布団の中にいたら二度寝をしてしまう。そして時間を無駄に過ごして今日はこういうことがやりたかったのに、もう時間がないと夜になって後悔する。

 そうならないために、目が醒めたらすぐに起きる。勢いよく起きる。

 まるでバネのように布団から跳ね起きる光景を、他の人が見たらびっくりするだろう。

 だけど、そんな心配はない。

 だって———ここには俺一人しかいないのだから。


 シャッとカーテンを開けて日光を浴び……ようとする。


「日当たり……悪いな」


 部屋の窓の真正面に、二階建ての一軒家があり「ファミーユハイツ江古田 202号室」へ日光が届くのを完全に阻止している。


 まぁ……ここに入居してから三か月も経つので、慣れたものだが。


「三か月も———経つからな」


 部屋を見渡す。

 上京と共に電気屋で買ったテレビと家具屋で買ったコタツ机。その上に先日ATMで家賃を振り込んだ証である明細書が、捨てられずに置いてある。


「何だったんだ……昨日の女の子は……」


 ———ここは私の部屋だから……出てって欲しいんです!


 そんなことを言って、セーラー服を着た女の子が押しかけて来た。

 結構かわいい女の子だったが、言っていることがとんでもなかったので俺は若干の恐怖を感じ、無理やり入ってこようとする少女を必死で押しのけた。

 自分の家だ、部屋だと主張する少女に対して俺は契約書を突きつけた。この物件を所有している大家から正式にこの部屋を使用できるように、この俺———三波悟が許可された証しの書類を。

 それでも彼女は無理やり入ろうと玄関に一歩足を入れてきたので、警察を呼ぶぞとスマホを取り出したら、流石に諦めて脱兎だっとのごとく逃げ出した。


「怖かった……」


 あんなことがあるんだ……東京こわ……。


 日本人形のようなぱっつんヘアーで、セーラー服も全く着崩していない、かなり真面目そうな女の子だったが……あんな子がいきなり押しかけようとしてくるなんて……。


「でも、いきなり家に真正面から侵入しようとしてくるんだから……対策のしようがないもんなぁ……」


 頭をポリポリと掻きながら、トイレへと向かう。

 俺のモノは、いつも通り勃起ぼっきをしている。

 朝勃ちというやつだ。

 寝ている間に尿が漏れないように海綿体を硬化させる生理現象。

 もっこりと山を作っているズボンを隠さずに堂々と歩くなど、実家にいる時ならできなかった。


 ガチャリ……。


 トイレの扉を———開けた。


「え……?」

「え……?」


 二つの声。

 俺以外の、キーの高い声。


 トイレに人がいた。

 女の子だ。

 セーラー服を着た———おかっぱの。


「え———っとぉ……⁉」


 パニックになりそうになる。

 彼女は昨日の、無理やり侵入しようとしてきた女の子だった。

 どうしてここに……⁉ いや、今度こそ完全に不法侵入……!

 どうするべきか……? 警察に通報……?


 いや———それよりも俺おしっこしたいんだけど……!


「え、」

「あ……!」


 女の子の視線が———下に向く。

 彼女の視線の先にあるのは、俺の股間。


「——————ッッッ‼」


 ―――それから、とてつもないことが起こった。

 まず彼女の目が見開かれて、頬が赤く染まった。

 そして、俺が股間を見られていることに気が付き、自分の股間がどうなっているのか確認しようと視線を下げた。

 反射的な行動だった。

 その結果、彼女の股間が目に入ってしまった。

 パンツを脱いで――—これからトイレを使おうとしていた彼女の。

 ボンッと、ただでさえ赤かった彼女の顔が更にしゅに染まった。

 そして大きく息を吸い込んで悲鳴を上げようとし、俺がその口を塞ごうとした。

 だが、その必要はなかった。 

 彼女もすぐに気が付いたのだろう。

 この状況で悲鳴を上げるのは、お互いにとって損しか生まないということに。

 だから、寸前で「むんっ!」と頬を膨らませて我慢し声を押し殺した。

 それがいけなかった。

 彼女は顔に力を込めたせいで、意識を全部上の方に持っていかれてしまった。 

 下の方がおろそかになってしまった。


 チョロチョロチョロ……。


「——————ッッッ‼‼‼」


 人間の顔は何処まで赤くなるのか、その限界値を俺は見た。

 俺に見守られながらした彼女の顔は、まるで真っ赤に輝く太陽のようだった。


 ◆


「言っとくけど! 俺は悪くないからな!」


 机を挟んで俺とセーラー服の少女は向かい合う。

 互いにトイレでの用を一通り済ませ、俺が着替えるのを彼女に待ってもらい、改めて話し合おうとしていた。

 ……いや、何で俺待ってもらったんだ? 相手は不法侵入をした犯罪者だぞ?


「……そうですね。確かに私の不注意でした」

「つーか……あんた完全に不法侵入なのわかってる?」

「だから……ここは私の部屋で……」

「んなわけないだろ。昨日契約書みせたし、今月分の家賃だって俺が払って……」


 トントンと明細書を指で叩いている間に、ハッとする。


「あんた……もしかして、この部屋の前の住人か?」

「…………………」


 あんなにもこの部屋を自分のものだと言ってはばからない理由は———そうとしか考えられない。

 それを証明するかのように、彼女は無言で顔を逸らし、この五・五畳の居間と廊下を区切る引き戸の方へ向ける。

 木でできた柱に戸が当たり、ストッパーとなるよくある引き戸。

 その柱にマジックで線が引いてある。

 ちょうど俺の膝ぐらいの高さに、一本の線。


 そして、隣には名前———「りりむ」と書かれていた。


 古くてすっかりと掠れて読みにくいが、確かに残っている。


「……あのなぁ、あんたそれでも」

「お兄さん……一人暮らしなんですよね?」

「あ、あぁ……」


 露骨に話題を逸らしに来たなと思ったが、少しの優しさで乗ってやる。


「———朝ごはん、食べたくありませんか?」


 彼女の顔がゆっくりとこちらに向けられる。

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