上京して一人暮らしを始めたらJKが住みついた。

あおき りゅうま

第1話 なぁ~んで、こうなった?

 上京すれば、彼女ができると思っていた。


 大学進学を機に田舎から上京し、都内にアパートを借りて暮らすことになった俺は19歳。

 高校時代は縁がなくて彼女を作ることができなかったが、大学ではサークルに入っていろいろな出会いを経て、恋人を手に入れる。

 そうして恋愛関係になった相手といつかは……。

 俺は、そうなると思っていた。

 俺も、そうなると思っていた。

 俺のオヤジはそうやっておふくろを手に入れたのだから。


「おい、何ボーっとしてんだ? おい?」


 俺の目の前を掌が横切る。


「あ? 何だよ?」

「何だよはこっちのセリフだよ。食事中にボーっとして……ラーメン冷めるぞ」


 ここは日輪大学にちりんだいがく芸術学部キャンパス校舎。

 東京池袋から電車で五分ほどの江古田という古き良き昭和の街並みの残る街にある百年以上の歴史のある大学。

 卒業生は結構有名で、芸能人や舞台脚本家など、由緒ある学部。

 運よく、俺はそんな人たちがいた学部へ入ることができた。

 

 がやがやがや……。


 12時35分———。


 午前中の授業が終わって、学生たちが集まる一番混雑する時間帯。

 人が溢れる学食の中で、俺と藤宮刀夜ふじみやとうやは端の壁際で日当たりの悪い二人掛けの席に座っていた。


「いや……大学生活こんなはずじゃなかったのに……って思ってさ」


 ずぞぞぞ……と180円のあんまりおいしくもないラーメンをすする。


「バーカ、そんなもんだって……」


 ギャハギャハと盛り上がっている笑い声が聞こえる。


「リア充ウゼー……」


 眼鏡を曇らせた藤宮が愚痴る。

 学食の中心では金髪だったり、ピアスだったりをしているチャラい見た目の男に髪の毛を染めたオシャレな女たちが集まり、人目もはばからず大笑いをしている。

 青春してるな、って思う。

 一方俺たちは……。


「ああ、なりたかったな」


 羨むばかりであった。


三波みなみ三波みなみさとるよ」

「あ?」


 わざわざ藤宮が名前を呼ぶので何事かと思う。

 彼は曇った眼鏡を拭いもせず、こちらに顔を向けて言う。


「諦めろ。俺達は———陰キャだ」


 現実を突きつけて来る。


「そんな……わけ……いや、そうか……」


 諦めた。

 反論しようと思ったが、俺はろくにファッションに金を使うこともなく、ろくに友達付き合いを広げようともせずに、気の合う藤宮刀夜ふじみやとうやというカッコいい名前が完全に負けている、眼鏡で小太りのエロゲオタクと四六時中一緒にいる。


 俺は……俺達は陰キャだ。根っからの。

 

 俺が認めると藤宮は満足そうに「うんうん」と頷き、箸で先ほど「うざい」と言った陽キャ集団を指さす。


「俺達が陰キャじゃなかったら、木曽きそさんと一緒にご飯くえているって」


 陽キャ集団の中に茶髪でアイドルみたいに可愛らしい、長い袖のパーカーを着ている女子のことを言う。


「俺達、芸術学部映画学科一年脚本コースの中に何を間違えたのか存在る、滅茶苦茶レベルの高いあの子きそさん。一緒のゼミを受けるから俺にもワンチャンあるかと思ったけど、やっぱり演劇学科の奴とばかり遊んでる」


 日輪大学の芸術学部というのは多数の芸能人を輩出しているし、多数の芸能人が入学してくる。

 元子役だったり、現特撮番組の出演者だったり、そんな輝かしい人たちがいる中で彼女———木曽遊奈きそゆうなは負けず劣らずの容姿をしていた。

 それなのに、映画のシナリオを勉強するウチのコースに入って来ていた。

 脚本家や小説家を目指す集団の中で、アイドルのような彼女は浮いていた。


「あんな子と付き合えたら良かったのに……そう、思っただろ! 三波!」

「思ってねぇって」


 思っていた。

 頑張って勇気を出して声を掛けたいと思っていた。

 だけど、他の野郎どもと同じくそんな勇気は出なかった。

 できれば———あっちから声をかけてくれないかな……。

 そんなことが起きればどんなにいいか。

 そんな情けない事すら考えてしまう……。


「え、あ、おい……三波」

「あ?」


 藤宮が俺の肩を叩く。

 何だと思っていると———木曽さんがこっちへ向かって走って来ていた。


「え—————」


 何かの間違いか、勘違いかと思っていたが、


「三波くん!」


 木曽さんが俺の名前を呼ぶ。

 呼んでこちらに駆け寄って来る。


 そして———俺の席の前で「ハァハァ……!」と息を吐いて呼吸を整える。


 なんだ? 

 何があるんだ?


「三波くん―――」


 もしかして、こくは、


「三波くんの家って、大学の直ぐ近くだよね⁉」


 ……違った。

 これは、絶対に違う。


「そうだけど……」


 大学の近くの一人暮らしの部屋。

 それがどんなに利用・・されるものなのか。入学してたった三ヶ月でよくわかった。


「じゃあ、今度〝映画撮影〟で使っていい? 三波君の家だったら大学から近くで、映像研究部の部室からあんまり離れてないからさ! 今度の学園祭で上映するやつなんだけど、それで君の部屋をぜひ使わせてほしくて……ダメ?」


 あざとく、小首をかしげる木曽さん。


「い……いいよ……」


 そうとしか言えなかった。

 小さく彼女は「やった」とガッツポーズし、


「じゃあ、今度みんな・・・で行くから!」


 そう手をフリフリしながら、木曽さんは陽キャ集団へと帰っていく。


「ど、どんまい」


 ポンと藤宮が肩に乗せる手を、俺は振り払えなかった。


 ◆


 大学から徒歩五分、江古田駅から徒歩八分の場所にある『ファミーユハイツ江古田』202号室。

 2階建ての木造アパートの部屋で五・五畳一間の大学生が一人暮らしで使うには少し狭い部屋だが、この物件には大きな特徴がある。

 屋根裏があるのだ。

 梯子はしごで屋根裏に行くことができ、当然屋根裏には冷暖房など備え付けていないが、実質二部屋の物件である。

 だからこそ、よく来た。

 日輪生どもが———よく来た。

 大学から近いと言うこともあり、飲み会帰りに終電を逃した馬鹿やお金がなくて無理やり押しかけて宅飲みを決め込む馬鹿。そういうやつが来るたびに俺は二階の屋根裏に逃げて、毛布にくるまり山賊たちのうたげが終わるのを待っている。

 大学から近いと言う理由でこの物件を選んだが……やめておけばよかった。

 たまり場になるのだ———そんな部屋はぁ……!


「は~ぁ、何でこんな部屋選んじゃったんだろ……」


 もっと大学から離れたところにすればよかったと後悔しながら、敷きっぱなしにしていた布団に背中を落とす。


「もっと、キャンパスライフってキラキラしてるもんだと思っていたんだけどな……」


 上京して、一人暮らしを始めると絶対に彼女ができるもんだと思っていた。

 できれば……あの木曽さんのような女の子と彼氏彼女のような……。

 あ———泣きたくなってきた。


 ピン、ポ~ン……。


 俺の感傷を断ち切るようにチャイムが鳴る。 

 珍しいこともあるもんだと立ち上がり、玄関へと向かう。


「はいは~い……今開けま……す」


 宅配便か何かだと思っていた。

 だけど———違った。


「———あの、ここ私の部屋なんですけど……!」


 セーラー服を着たぱっつん髪の美少女だった。


「へ?」

「だから———此処ここ 、私の部屋だから……出てって欲しいんです!」


 俺を強気に睨みつけながら、制服姿の彼女は言った。

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