第5話


 どうやら彼は、近頃活発に動いている“低級”と呼ばれる混血の吸血鬼たちの情報を聞いては、それを取り締まる仕事をしているらしい。


 先日クラブ帰りに腕を組んでいた女もそう。


 混血たちは、人間の血を欲する時だけ瞳を赤くさせるのだという。


 純血の吸血鬼と違い、ツテを持たない彼らは、闇雲に人を襲う危険生物。



 首から下げていた十字架は、自身の吸血鬼の気配を消すのに有効なのだそうだ。


 

 私は、まるで何も知らない子供だった。






「私のこと、最初から知ってたの?」

「いや? 全然。いい場所見つけたから陣取ってたら強そうなヤツが来て、ヤバいかなって思ったら、意外とフレンドリーだった」

「強そうって、私のこと?」

「他に誰がいんの?」



 ほんと、失礼なヤツ。


 “強そう”なんて言われて、嬉しがる女がいる?



「怪我。……治ったのね」


 

 女に噛まれた首筋の傷は、綺麗に跡形もなくなっている。



「わざわざ言うこと? 当たり前でしょ」

「……心配してるのに。大怪我することもあるんでしょ? 怪我する前に捕まえればいいじゃない」

「現行犯じゃないと捕まえられない」



 あ。なるほど。


 仕事もなかなか大変だと思った。




「心配してくれてありがと」



 不意打ちな一言にドキッとする。


 

 さらに、こちらに向けたいたずらな微笑に、完全に私の脳はやられた。



「昨日、何でいたの?」

「っえ?」



 昨日?


 彼が、ここで女を捕まえた時。


 何て言い訳しようかと頭を悩ませる私の髪の毛を、彼の指がそっと撫でる。



「キレイな髪」



 混乱する私をよそに、すっと手を離し、元の体勢に戻る彼。



 見えない彼の心は、今夜も私を激しく揺さぶる。



 冷たい夜風が私たちの黒髪を掬う。



 偶然にも、今夜も満月。



 出会った夜と同じように。



 私は隣で体育座りをする、黒ジャージ姿の彼をじっと見る。



 今までと一つ違うのは、彼の瞳も、私と同じ真紅であること。



 運のない人生だと、ずっと思っていた。



 でも今は違う。



 私は、最高に幸せな女だったのだ。





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【短編】満月 美浪 @minaminami2211

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