第25話 スパイス

 カレーがいい具合に煮込んだ所、権田は俺に言われた通り焦げないように適当にかき混ぜていた。

 ふと彼女何かを思い出したのか、首を小さく傾げて質問してきた。


「部長言ってたけど、葦田くんの相談を受けて1年の課題を変えたらしいって」


「あぁ。俺ずっと絵とモチーフのズレっつーか、モチーフをちゃんと見てないから線が歪んでるって指摘されてたんだよ。だから部長はモチーフをよく見るように次の課題は粘土彫刻やれってさ」


「ちょ、彫刻!?」


 俺の返答は全くの予想外だったらしい。

 最初に聞いた時は俺もビックリした。絵を描きに入学したのになんで粘土遊びなんかしなきゃいけないんだって。しかもうちの美術部室に粘土用の設備なんて一つもない。


「立体物に直接ふれると、質感と構造がよくわかるんだとさ……あと確か、絵の空間の使い方も上手くなるって」


「難しそう……粘土かぁ〜 小学校の図工以来だ……」


「まぁ、そういうわけで今週土日はバイト。部長のアトリエ行って粘土用のヘラやら霧吹きやらの色々、あと土練機どれんきの搬送を手伝ってくる」


「なんか私の想像してた粘土よりも本格的」


 課題の話をしている間に炊事場入り口あたりが少し騒がしくなった。

 ゴミ拾い班たちが戻ってきて中には青井ケイトの姿も見える。


「あ、青井さん戻ってきたみたい!」


「あぁ……ん?」


 青井ケイトはゴミがパンパンに入った二つの袋を持って右往左往している、見るからに困っている様子だ。彼女の目線の先を見てみるとその理由がわかった。


 頼んでないとはいえ午前中は色々と助けてもらったので、嫌だけど俺は椅子から立ち上がって彼女のところへ向かう。


「おい、青井ケイト」


「……あっ、葦田……ん? ちょっちょちょっと!?」


 目を合わせないように青井ケイトの腕を掴んで、対応する種類のゴミをまとめる教員の所まで連れて行った。


「燃えるゴミとプラスチックはこっち」


 教員たちはゴミの種類ごとに色別の腕章をつけていたが、どうもコイツにとっては逆に分かりにくかったらしい。


「まっ、待って! 力強っ! じゃなくて、私の腕汚れてるから……」


「んなのあとで洗えばいいんだろ。そんなことより、色見えないんだから困った時は素直に助けを求めろよ」


「ごめん…………ん? なんで色のこと知って──」


「午前中は助かった。早くゴミ渡して手ぇ洗って……カレー食うぞ」


「あ、うん」




 10分後。


 青井ケイトはようやく労働の報酬を手にする。俺の向かいに座る権田と青井、二人は仲良く手を合わせていた。

 昨日からちゃんと食べてなかったので俺は食欲に身を任せた。スプーンを手に取ってカレーライスを一口掬ったその時、女子二人の視線に気づいた。


「なんだよ?」

 

「…………」


「…………」


「ッチ、わかったよ。やりゃあ良いんだろ! …………いただきます」


「はい、「いただきます」をいただきました〜 早くカレーお食べ〜」


「お前らが止めたんだろうが……」


 呆れつづ自分と権田の合同作品を口に入れると、カレーのスパイシーさと野菜の甘味が完璧に合わさった旨みが瞬時に広がって溶ける。

 普段家で使ってる材料と変わらないのに、何故だろうかいつもより数段美味しく感じる。


 ふと視線を上げると青井たちと目が合った。二人とも俺と同じ感想らしい。

 なるほど……いつものカレーには入ってないけど、美味さがグッと増すスパイスってこういうことか。


「あれ、青井さんのスマホ着信来てるよ」


「ん? あ、ホントだ……ちょっと出るね」


 机の上に置いたスマホを手に取って着信に出る青井、彼女の話を聞かないように俺と権田は食事を再開した。

 しかし、電話に出た青井の顔色は少しずつ青ざめていった。


「……あ、はい。青井、ケイトですけど…………え?」


 聞かないフリをしていたが気づけば、俺も権田もスプーンを下ろして彼女を見つめていた


「ウツセが、倒れて入院したって……原因はなんです? …………栄養失調!? そんなわけなっ………………」


 電話は終わったのに彼女の顔は曇ったまま。


「ウツセさん、お姉さんが倒れたの?」


 どうやら権田は彼女の姉を知っているみたい。

 それにしても家族が倒れたってことは、今の電話の相手は入院先の者だろうか。


「う、うん……」


「大変だ! こ、こういう時はえっと」


「お、落ち着いてよ。何ともないから、今日学校終わったら……終わったら遅いから明日様子見に行ってくる」


「今行った方がいいんじゃない? ウツセさんのこと──」


「そんな焦るような状態じゃないから。アイツは私のこと嫌いだし、会わないほうがストレス溜まんないって……」


 二人の話を聞いてられなかった。

 立ち上がる時に無意識で机を叩いて大きい音を出してしまった。おかげさまで周りの班の全員が俺に注目した。


 一年前まで、俺は注目というものを死ぬほど嫌った。

 だが、今はそんなことがどうでも良いと思える。


「何スカしたこと言ってんだよ!! テメェーの家族は倒れて入院したんだろがっ! だったら会けよ! もし間に合わなくて家族が死んだらどうすんだよ?」


「ッ! ……葦田には関係なくね?」


「大ありだよ、俺んの作ったカレーがクソマズくなる!」


 青井ケイトの右腕を掴んで、さっきと同じように担任のところに連れて行く。

 事情を説明すると、一緒に来ていた教頭は俺たちを車に乗せた。


 後部座席に座る青井はスマホを握って俯いたまま。

 車が走り出すと彼女は小さく呟いた。


「……ありがと」


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