第24話 フラッシュバック

 自分の班の炊事場まで戻ると、青井ケイトはすでに離れてゴミ拾い班と合流していた。そして、ジャージ姿の権田はわかりやすく困った表情で何かのプリントを読んでいた。


 青井ケイトならともかく、権田には勢い任せで言い過ぎた気がする。


「それレシピだろ、俺に見せてみろ」

 

「おっ、思春期中二病くん! 戻って来たんだ〜」


「その呼び方やめろ……まぁ、さっきは悪りぃ、勢いで言い過ぎた」


「意外と素直じゃんね」


「ッチ、早くプリント渡せ!」


 気持ち悪い笑みを浮かべる権田から紙切れを奪い取ると、案の定書かれていたのはカレーの作り方。

 顔の熱さを誤魔化そうと、配布された材料らをビニール袋から取り出してまな板の上に並べた。


 すると、野菜を見た権田はテンションが上がったのか、包丁を手に取って大きく振り上げた。


「おい、お前何してんだ!?」


「?? ……料理するんだから切んなきゃ」


「…………何かを切るにしても、包丁を頭より高い位置まで持ち上げる必要はない」


「え、そうなの? 勢いよくやんないとスパッと切れないと思って」


 もしかして材料を叩き潰そうとしてる?

 権田のデッサンって確かすごく繊細なタッチだったけど、私生活だと真逆の蛮族みたいになるんだ。

 自分の行動に一切の疑念を持たない彼女から包丁を没収した。


「はぁ……だからアイツ面倒を見ろって言ってたのか。ほら、野菜は種類ごとに別々のボウルに分けて入れて」


「……よし、できたっ!」


「次、一緒に来て。水道んとこで洗って皮を剥くぞ」


「はいよ。慣れてる感じだね? なんか昔のお兄様を思い出す」


 権田って兄貴がいるんだな。

 横の料理音痴にジャガイモやにんじんの洗い方を教えながら彼女の言葉に続いた。


「うち双子の弟と妹が居るんだよ。二人共まだチビだから、メシはいつも俺が作ってる」


「へぇ〜良いお兄ちゃんじゃん! ヤンキーだけど」


「ひと言余計だっつーの」


 野菜の処理を終えて再び調理場に戻ると、引き続き彼女に指示をしながら一緒に下準備を進めていった。

 

「ね、ね! にんじんの切り方ってこう?」


「だからひと口サイズだっつったじゃん! 薄く切ったら煮込んで無くなっちまうだろ……ったく、こう! 左は猫の手、右は包丁をしっかり握って……こう、斜めで回しながら一口サイズに切るんだよ」


「あっ、ちょ、ちょっと……」

 

 間違えていつも弟たちに教えるつもりで権田の両手を握ってしまった。

 見上げると互いの息が当たるほど近づいていた、彼女は俺と同じように速攻で目を逸らしながら手を引っ込める。


 さっきまで和気藹々としてた雰囲気が一気に気まずくなった。

 彼女の顔をチラ見すると、頬だけでなく耳まで赤く染まった。俺は……


「ごめん。さっき言ったみたいに切ってみて」


「あ、うん……」


 権田はなるべくこちらに目を合わせないようにもう一度包丁を握った。


 年頃の男子と女子、互いに好意が無くても接触すると意識しちゃうもの。俺は鈍感な方ではないからある程度は理解できる。

 だけど、俺は彼女と真逆な感情になった。

  

 アイツの記憶がフラッシュバックした。

 権田とユウナはまったく似てないのに、面影を見出してしまったんだ。


「……俺……そっか、そういうことか」


「ど、どうしたの?」


「俺は青井ケイトが嫌いじゃなかったんだよ……」


 女だ。

 「女」そのものがトラウマなんだ。


 中学生の女子は意外にも成熟するのが早い、少なくとも俺はそんなヤツらを女の子ではなく「女」に見えていた。

 そして、俺にとって「女」という生き物は悪魔そのもの。







「こ、これ……なに……なんでユウナと俺の……」


 満面の笑みでスマホ画面を俺に見せる女子、後ろでクスクス笑う女子たち、その様子を撮影する女子たち。

 その場にいた全員の顔、俺は死ぬまで忘れない。


「アンタが震えながら告白する動画、ウチのインストで大人気だよ!」


「初キスの後、ユウナずっとうがいしてたよね」


「ね〜 歯が溶けるとか言ってた! ウケるー」


「お前、鼻息めちゃ荒いって愚痴ってたよ」


「もうバレたからユウナの罰ゲームは終了ね。葦田も付き合ってる間は楽しかったっしょ? あとで動画送るよ」


 中三の夏。

 教室の窓ガラスの破損と女子生徒に怪我を負わせた罰で、俺は2週間自宅謹慎になった。

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