第23話 一匹狼

 夢、怖い。

 目が覚めて見る夢じゃない、瞼を閉じた時に見る夢のことだ。


「シュウくんのこと……幼馴染として見てないよ」


 俺は夢を認識できる、いわゆる明晰夢ってやつだ。

 だけど、夢に干渉することはできない。だから俺は夢の中で瞼を閉じて、耳を塞いだ。

 そんなの意味ないってわかってるのに。


「私と付き合ってくれない? シュウくん、好きだよ」


 抵抗したってアイツの声は頭に伝わるし、目閉じてるのにアイツの顔が見える。青井ケイトとそっくりなアイツ、櫻木ユウナ。


「お、俺もユウナのこと……」


 やめろ、はやく目覚めてくれ。






 野外炊事場。


「顔色悪っ、真っ白じゃん。これ低血糖だよ」


「そうなの? 全然わかんないや」


「クマもひどいし、寝不足だったのかな……」


 知ってる声が聞こえてきた、夢の時間が終わる。

 やっと、ユウナの顔を見なくて済む。


「……うぅ」 

 

 だが瞼を開けた瞬間、彼女がいた。心配そうな表情で俺を見てやがる。

 散々コケにしといて何でまた俺の前に現れるんだよ、クソ女。

 うまく力が入らない手でヤツの胸ぐらを掴んだ。

 

「ユウナ、テメェー!!」


「ッ!? ……何のつもり? ジャージだけじゃ飽き足らず、今度は体操服にも吐く気?」


「あ……青井ケイトか……」


 青井を軽く突き放すと、彼女は何もなかったかのように顔を近づけてくる。

 前から思ってたけど、コイツの図太い神経はどうなってるんだ。

 その後ろにいる権田もなんかニヤニヤしてるし、気味が悪りぃ。


「ユウナって人とそんなに似てるの? 私」


「あぁ、嫌になるほど似てる……そんなのどうでもいいだろ」


「あっそう……じゃあ、葦田はここで料理番ね。権田さん、料理全然できないから一緒にカレー作るの手伝ってあげて」


「葦田くん、よろしく〜 顔色悪いからちゃんと食べた方がいいよ!」


「……俺はいい。一緒にカレーなんか作る気ねぇし、一緒に食う気もねぇ。女子の仲良しごっこなんてクソ気持ち悪りぃんだよ」


「ちょっと待って、葦田くん」


「なにあれ? 中二病?」


 青井と権田に背を向けて、準備してる他の班と先生を掻き分けてこの場から離れた。

 中学卒業してやっと普通に眠れるようになったというのに、美術部に入ってから……青井の顔を見るようになってからまたユウナのトラウマを見始めた。

 そのせいでこの2ヶ月はいつも寝不足だ。


 炊事場のすぐ横の小川近くに着いて、ちょうどいいサイズの岩を見つけた。

 そこに座って一人で休む。


 前はもっと人がたくさんいる場所が好きだったけど、ユウナの一件があってからは一人でいる方が楽だ。


「あれぇ〜、もしかしてもしかして?」


「ウワサの葦田シュウくん?」


「あ? 誰、お前ら」


 横から俺の名前を呼ぶ連中、外見だけなら俺と同類の不良グループだ。

 ハッキリ言おう、俺はこういうグループが大嫌いだ。天敵と言ってもいい。


 グループのリーダーらしき男は馴れ馴れしい態度で俺の横に座ってくる。


「葦田くん、だよな? 美術部所属の一匹狼で有名だぜ……そんなとこにいるよりもさ、俺らと一緒にいた方が楽しいよ、ど?」


「失せろ。お前らみたいなクズどもと群れる気はねぇ」


「今何つった? クズって言ったかコイツ?」


「言葉が足らなかったか? クソ以下のクズども、さっさと消えろって言ってんだよ」


 本調子じゃないし、相手は4人もいる。ケンカしたら間違いなく負けるだろう。

 だからどうした?

 痛いからって、怖いからってクズには頭を下げるべきじゃない。


「そこまで!」


 不良たちに言い聞かせるようにして、少し離れたとこで青井はスマホのカメラを構えて大声上げた。


「葦田から離れないと、今撮ってる動画を先生に見せるから」


「チッ、なんだよ」


「彼女持ちかよ、きしょ」


 どうやら動画撮影は効果覿面のようで、不良たちは青井を睨みつけながらこの場から離れていった。

 当の青井はまたいつもの涼しい顔でこっちに駆け寄る。


「大丈夫だった?」


「余計なお世話だ。どっか行けよ」


「ヤダね、料理番手伝ってくれるまで付き纏うから」


「は? 何なんだよお前」


「権田さんはね、材料を切るのに1時間もかかるんだよ。手伝いが居ないと、私らゴミ拾い班はマトモな食事を食べられないんだぞ! それに、お前にはジャージの借りがあるんでしょ。だから、手伝え」


「マジか、権田って料理下手だったんだ…………はぁ、やりゃあいいんだろ……後で行くから、先に戻れよ」


「そんなに私の顔が見たくないんだ?」


「…………あぁ」


 青井は立ち上がると、俺に聞こえるように小さく鼻で笑った。

 それは誰かをバカにするような笑いではなく、何かに納得した笑い。


「だから先輩はいつもデッサンの歪みを指摘するわけだ、納得」


「何が言いでぇ?」


「いつも見たいモノだけを見るし、信じたいものだけを信じる。見たままの物を受け入れられないんだ」


「は? 適当なこと言って──」


「お前の記憶の中のユウナって人じゃないよ、私。勝手に重ねないでくれる」


「重ねてなんか……」


「重ねてるよ……思い出を見るな、お前の目の前にいる人は青井ケイト。ゲロをジャージに吐かれたけど、友達にはなりたいと思ってる同級生だよ」

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