五章

第22話 クソ汚ねぇ

 クソすぎ、何が林間学校だよ。

 山のゴミ拾いして、仲良しごっこして、カレー作って食うだけのイベントじゃねぇか。

 そんな時間あったら絵を描かせろっつーの。


 百歩譲って林間学校はいいよ。

 なんでバスの席はクラス混合なんだよ、積み立て金を取ってんならもう2台バス借りろよ。


「……何でよりによってとなりの席、青井ケイトかよ」


「もうお前さ、一周回って私のこと好きなんじゃないの?」


「ッチ」


「あのさ、葦田は鷹過先輩に何言ったの? 次の課題変えるって言ってたけど」


「お前どういう神経? 何でそんな普通に話しかけてくんの?」


「いや、なんかもう逆にお前がかわいく見えてきたからさ」


「は?」


 クソ狭いバスは俺たち一年生全員を乗せて走り出す。

 ただでさえ車酔いしやすいのに、最近朝昼メシも抜いてるから最高に気持ち悪りぃ。最悪なコンディションに極め付けは青井ケイトの横という地獄のコンボ。

 もう俺を殺してくれ。


「葦田さ、私のこと嫌いすぎじゃない? お前になんかしたわけ?」


「……気分悪りぃから話しかけんな」


 正直に言って青井ケイトは別に何もしてねぇ、本当は……

 今更引っ込みがつかないってやつだ。


 初めて会った時、青井ケイトは美術の「び」の字も知らなかったし、両手もめちゃくちゃキレイで絵を描いてる人間の手じゃなかった。

 何ならシャーペンでデッサンしようとしたんだぜ。


 そんなニワカが鷹過先輩に特別視されてるのが気に入らなかった。

 何より、青井ケイトはアイツとそっくりだった。だから、無意識のうちに重ねてしまったんだろうな。


「こんな平日なのに渋滞するんだ……」


「ねぇー 青っちさぁ、ウチの横来ない? ユズっちと交換しようよー!」


「ちょっと! それ言ったらタカハシとケイトが交換してよ! ワタシもケイトの横に座りたいもん」


「私のために争わないで」


 学校から目的地の野外炊事場まで距離はそれほど離れているわけじゃないのに、渋滞でバスがいつまでも進まない。

 寝たフリしてるけど、その間ずっと女子たちの会話を聞かされんのキツすぎ。

 

「うっ……うぇ、ヤバ……」


 進んでは止まっての繰り返しで酔い止めの薬を飲んだのに吐き気が止まらない。これ以上はマズイと思って、力が入らない手でエチケット袋を探す。

 体を起こした瞬間、低血圧に襲われて視界がグラッと歪む。


「ちょ、ちょっと、葦田大丈夫?」


「う、うっせぇ…………袋どこだし……ゔう……」


「吐きそう? ちょっとまって、私も袋探すから」


「青っち、そっち大丈夫そ?」


 胃の中の内容物ゲロがもういよいよ喉仏まで上がってきたので、両手で口を押さえる。

 言葉どころか息も上手くできないのでただただ苦しいだけ。


「もう出る!? ヤバッ……袋見つからないし……あぁ、もう!」


 事態の緊急性に焦った青井ケイトはそれでも袋が見つからない。

 だから彼女は俺に大きな貸しを作った。


「こ、これに吐いて!」


 青井ケイトは着ていたジャージを脱いで、俺の目の前に広げてくれた。

 水を溜めすぎたダムはどうなるか、説明するまでもないだろう。


 高校に入って俺はデビューするどころか、関係が一番険悪な女子のジャージの上にゲロをぶち撒けてしまった。

 息苦しさで涙を溢しながら、俺は中学のアイツを思い出した。

 

 俺に優しくて、青井ケイトとそっくりで、可愛かったアイツ。

 最後の最後に俺を裏切ったアイツ。


「勘弁してよ……このジャージ、もう着れないよ」

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