第21話 私たちの色彩

「わぁお、中間テスト終わってすぐに課題提出か……カロリー高いね」


 5月終わり、中間テスト終えた私と青井さんは合作の課題を部長に提出した。4教科のテストを解いたので流石の部長でもクタクタみたい。


「結構時間かかったね。これアクリルで塗ったの?」


「はい、青井さんが塗りました」


「え、ケイトちゃんが!? どうやって?」


 絵の色塗りの醍醐味は絵具の調合によって生み出される味わいで、作者のセンスや感覚に大きく左右される要素だ。

 だが、青井さんにはそのセンスも感覚も根本的に存在しない。


 だったら真逆のことをするんだ。


 感覚で絵を描けなきゃ、その感覚を数式のように分解すれば良い。

 A色とB色を混ぜるとC色ができて、こういう部位に塗ると他人にどういう印象を与える……そういった経験とデータを記録して蓄積させるんだ。

 そして塗るべき色のエリアを全部細かく線画で決めてから、パズルのピースを嵌め込むように計算された色を塗りこんでいく。


 この方法はきっと青井さんの表現方法を制限してしまう。

 だけど、人生ってそういうものだよね。可能性は無限に広がっているけど、選べる選択肢はいつだって一つしかない。

 青井さんはそれを少し早めに選んだだけ。


「……なるほどなぁ、大変だけど確かにこれならケイトちゃんでも絵画を描けるね。色の記録をすればするほど、ケイトちゃんの表現の幅も広がっていくはずだから良いね! やるじゃん、ケイトちゃん」


「いや、コレ考えたの私じゃない。権田さんだから」


「えへへ……」


「フフ、そっか。もうこの時点で満点をあげたいんだけど、一応絵の内容も説明してくれる? 美術に関わるなら「発表」もすごく大事な要素だからね」


 部長は私たちの絵をイーゼルに立てて、イスを持ってきてそれに向かうように座った。


「そんじゃ、どうぞ〜!」


「タイトルは「私たちの色彩」、です」


「ええっと……「柔らかい朝光が差し込む寝室」に眠る「赤ちゃん」と「お下がりのおもちゃ箱」でそれを表現することにしました。

 私が思う青井さんの「色彩」にピッタリなモノ、それは目覚めようとする赤ちゃん。

 色彩を持った存在でありながら世界の色を知らない、そして目覚めた赤ちゃんはきっとたくさんの彩りを知って大きく成長していく」


「なんか自分をこう説明されると恥ずかしいな」


 彼女には言ってないけど、この提案をした理由はこれだけじゃない。青井さんの姉ウツセさんのことも決定に至った原因の一つ。

 青井さんはまさにまだ愛を知らぬ赤子、だけれど彼女は間違いなく目一杯の愛情と祝福を受けている。


 そんな彼女がいつか愛に気づけるように願った。


「そして、「お下がりのおもちゃ箱」は私の「色彩」を表現したものです」


「お下がりのおもちゃ箱か……どうして?」


「部長は見抜いてるかもしれないんですけど、私……自分自身が嫌いで「自分」を持てなかったんです。だから自分の「色彩」って何なんだろうと考えてもよくわからなかった」


「権田さん……」


「それで?」


「時間かかったけどやっとわかったんです。私にとって「色彩」というのは「受け継ぐ」ことだって」


「受け継ぐこと、か……興味深い答えだね」


「家族が受け取った沢山の色と想い、幸運なことに最近ソレを受け取るチャンスがあったんです……だから今度は私がそれを誰かに渡したいんです」


 自分を持てない透明人間。

 そんな私だからこそ受け取った色彩を、幸せを誰かに教えたい。


「形のあるものじゃない、誰かの心に受け継がれ続ける想いが私の答え。私だけの「色彩」です。ソレをお下がりのおもちゃ箱で表現しました」


 何となくこうなれる予感はしてた。

 中学生の頃、初めて鷹過先輩の絵を見た時に感じたあの予感。

 あの「ヒカリ」を描いた作者のそばにいれば、暗闇の中から自分を見つけ出せる気がした。


「課題への答えが完璧だね。1年生とは思えない素晴らしい出来、なんて褒め言葉は陳腐かな?」


「そ、そんなことありません! ありがとうございます!」


「やったぁ」


「よし、ギリギリ間に合うね……この絵さ、夏の県の展示会に出すけどいい?」


 鷹過部長の話す夏の展示会は彼女のかつての登竜門だった。

 天才画家の孫がいきなり高校デビューして自他校の上級生を全員打ち負かした展示会。

 名を広めるのに持ってこいな舞台、部長は私たちの合作をその舞台に上げようとしている。


「良いんですか? あの展示会って2年から出るのが普通なのでは?」


「いいのいいの! それただの暗黙のルールだから。私も1年の時に出展してるじゃん、大丈夫大丈夫! それに……」


「それに?」


「実はさ、君たちは2なんだよね」


「2組め? ……他にも出す1年生いるの?」


「うん、葦田くんがテスト前に傑作を提出してきたんだ〜 そういうわけで、この合作は出展するでOK?」


「はい、お願いします!」 

「うん、よろしく」


 葦田くんは最近ずっと放課後で何か描いてたけど、展示会を見据えて動いていたんだ。

 青井さんの目を見抜いた件といい、葦田くんはすごいな。自己紹介で鷹過先輩を抜くって言ったの本気なんだな。


「あ、そうだ。葦田くんの相談で次の課題を変えたから、準備にちょっと時間かかるの。だから来週は肩の力を抜いて、林間学校楽しんできてね! 新課題は再来週からね」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る