第6話 新しい朝
目覚まし時計のベルの音が響いている。アオイはもぞもぞと掛布団から這い出して銀色のベルの付いた目覚まし時計に手を伸ばした。
ボタンを押すと時計は静かになった。時計の針は6時45分を指している。今時デジタル時計が主流であったが、アオイはあえてアナログな針のついた時計を使用していた。徐々に分針が進むのにつれ、短い針がゆっくりと回っていく様がなんとなく好きだったからだ。
ベッドから降りて窓のカーテンを開けると、すがすがしい青空と青い海の水面が見えた。カーテンを開けようとした際にふと自分の手に違和感を覚えた。
(そういえばあんなにひどいケガだったのに、今は痛みをほとんど感じない。)
──まさか…、左手に巻かれている包帯をほどくと、そこにはいつもと変わらない肌色をした人間の指があった。昨日あんなにボロボロだったのに、一晩でケガが治るなんて。
昨日のことを思い出していると、バスに遅刻したことをついでに思い出してしまった。二日連続遅刻なんてしてたまるか。アオイは自室のドアを開けてリビングへと向かった。
7時30分、アオイは赤いパーカーに青色のジーンズでバス停に向かって歩いていた。昨日は乗り損ねたが、今日は早めに家を出発したから絶対間に合うぞ。
(…そういえば白鳥さんは昨日のことを覚えているんだろうか、トラウマになったりしていないだろうか)
バス停に向かいつつも、彼女のことが気になった。俺がバスを受け止めたからケガはなかったはず、それに鷹見さん(お巡りさん)も、白鳥さんに大きなけがはなかったって言ってたもんな。
(バスを止めちゃうほどのパワーが俺にあったなんてなぁ)
アオイは歩道に落っこちていた握りこぶしほどの大きさの石を掴むと、手のひらでギュッと握りしめてみた。
すると、みるみる石に亀裂が入って行き、最後に"ぱきっ"と乾いた音がして石は粉々になった。ゲゲッ、今なら握力100kg以上は平気であるんじゃないのか?
(まてよ…、これならバスを待つ必要もないじゃん!)
アオイは歩道の上で前かがみになり、手のひらを地面に着けて、右足はたたんで前に、左足は膝を付けた状態になった。クラウチングスタートのポジションになったアオイは大きく息を吸って、ふぅーっと吐いた。
「よーい…」
「ドン!」
体が書道に使う半紙みたいに軽い。目の前の景色がどんどん後ろへと流れていく。
(これならバスなんて乗らずに学校についちゃうぞ!)
と、気分が高揚しかけたその時だった、目の前におばあちゃんが歩いているのが見えた。このままじゃぶつかっちゃう──
「南無三っ!!」
思い切り地面をけり上げてアオイは空高くへと飛び上がると、足の下に建物の屋根が見えた。どうやら二階建ての建物程度なら軽く飛び越えてしまうほどの脚力を俺は手にしてしまったらしい。
そのまま誰の家とも知らぬ屋根の上へと着地し、周りを眺めた。
坂の途中にある家だったおかげで街を見下ろすことは容易であった。左手に広がる海は、朝日を反射しおだやかに波打っており、その上をカモメが気持ちよさそうに飛んでいるのが見える。
街の方を見てみると、おそらく通勤中の自動車が何台も走っているのが見える。この街の中に、昨日俺をロボットに狙うように命令した人間がいる可能性もあるんだろう。一体どんな人物が俺を狙っていたのだろうか。
(でも今の俺にはバスを手で止めて、家よりも高くジャンプするパワーがあるんだ。捕まえられるんなら捕まえてみやがれ!!)
アオイは人がいないことを確認して、屋根から飛び降りて歩道へと着地すると、なるべく人通りの多い道は避けつつ、ダッシュで学校へと向かった。
いつものバスの到着時間よりも早めに学校に到着すると、すでに教室にはほとんどの生徒が到着していた。アオイは自分の席へ着席して荷物を置くと、みんなが早く学校についている理由を尋ねてみた。
どうやら先日のバス事故のせいで、今月いっぱいはスクールバスの利用を見送っているらしい、という返事が返ってきて、ついでに携帯宛に連絡が来ていたぞと教えてもらった。そこで初めてアオイは昨日帰ってからほとんど携帯を見ていなかったことに気が付いた。
その連絡を確認するために、携帯を取り出そうとした時だった、ドアが開き白鳥さんが教室へ入ってくるのが見えた。教室にいる生徒たちのほとんどが一斉に彼女の方を見た。
「白鳥さん、昨日は大丈夫だった?」
とクラスの中でも派手目な女子が声を出した。白鳥さんは彼女の方をちらっと見ると、少しだけ困ったような目でアオイの方を見て、「うん、運よく軽く転んだだけですんだよ」と返した。
「怖かった?」「ニュース見てびっくりしちゃった!」と彼女に対して質問しようと生徒たちが彼女の机の方に集まってくる。まるで、政治家とかアイドルがやらかした時の記者会見みたいだなとアオイは思った。
白鳥さんは少し疲れ気味の顔をしつつも彼らの質問に対して律儀に返していた。だが、先生が教室に来て、質問攻めしていた生徒たちに対して注意をしてくれたおかげで少し教室の様子は穏やかになった。
ホームルームが終わり、いつも通りの毎日が始まる。1時間目は社会の授業だった。アオイは教科書をめくりつつ、ふと物思いにふける。
(昨日、俺が暴走するバスを止めたことをみんなに話しても、だーれも信じちゃくれないんだろうな…。あれ?なんでみんなは白鳥さんがバス事故に巻き込まれたことを知ってるのに、俺もその場にいたことを知らないんだ?)
アオイはこっそりと携帯の電源を点けて、机の下で画面を操作した。『海鳥小学校 バス事故』検索──、ニュースサイトが幾つか出てくるので、適当なリンクをタッチしてみる。
6月24日…昨日の日付だな、見出しには『バス横転 アンドロイドの誤作動が原因?』事件の起きた市に住む女子生徒が1名軽症であったものの死傷者はない…、やっぱり俺についての記述がないぞ。まるで俺があの場所にいた記録が消されてしまっているみたいだ!
このご時世だし、監視カメラなんかで俺の姿が映っていてもおかしくないはずだし、あれだけの事件だ、俺がバスを止めようとして足を踏ん張っていた際にできた道路の亀裂なんかも残っているんじゃないか。
(…足…、あっ。)
前日の朝、急いだせいで犬の糞を踏んだまま教室に入場したせいで、先生から靴を借りていたことを思い出した。あの靴、昨日の事故の時にバスを止めようとして削れてボロボロになったんだ。
(なんて言おう…)
スーパーパワーを手にしたアオイは、こっそりとポケットに携帯を戻すと、担任の先生に対して言い訳の文言を考えるのに1時間目のほとんどを費やすことになった。
不良品の僕がヒーローになるまで へどろいど @hedoroido1234
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