10 耳飾り
あの騒ぎから一月ほど経った。
町は徐々に元に戻りつつあった。
「こっちにしようかな。」
アリシアが露店の宝飾屋の前で耳飾りを見ていた。
その後ろでセスが彼女の手元を覗き込んでいる。
「この白い石か、青いのか、やっぱり緑かな。」
どれも綺麗な石だ。
だが程ほどの値段だ。
セスがアリシアの後ろでそっと囁く。
「お前さ、庶民の石で良いのか?」
「だって高いものはセスが買えないでしょ?」
「お前の方が金持ちだろ?自分で買えよ。」
「こういうのは買ってもらうのに意味があるのよ。」
結構長い間二人は言い合っている。
それを見て店主が飽きたのか二人に言った。
「姫さん、全部買ってもらえよ、彼氏に。」
「いや、ち、ちょっと、待てよ。」
アリシアがにやりと彼を見た。
結局セスは全部買わされてしまった。
「すっからかんだよ、どうするんだ。」
アリシアは満面の笑みだ。
「人に買ってもらうって気持ち良いのね。」
「金持ち娘が。」
「何言ってるのよ。」
アリシアが少し怒って言った。
「金持ちだから兵隊さんと一緒に戦ってくれた人に
お礼出来たのよ。
それにあなた達にも特別金が出たでしょ?」
セスが彼女を見た。
「まあな。町の人にもかなりお金を出したよな。」
アリシアが頷く。
「そうよ、みんな大変だったんだもの。
幸いにもうちの国はわりと裕福だから
こういう時こそみんなを助けないと。
きっとすぐ返って来るわよ。」
「そうだな。」
それは全てアリシアの一存で決まった。
渋る者もいたが王も彼女に賛成をしたのだ。
「やっぱり平民の方々は大事にしないとだめよ。
皆が働いてくれるからこその王族。威張っていちゃダメ。
そのうち王族なんて無くなるわよ。」
セスは彼女を見る。
そしてその頭をぐりぐりと撫でた。
「何よ。」
と言いつつアリシアの顔は明るい。
「それよりズィー村の人達よね。」
「あ、ああ。新しい土地で上手くやっているかな。」
ゾルジを葬った後、セスとアリシアはグレイシャルの話を村人に伝えた。
「やっぱりそうおっしゃられましたか。」
体中傷だらけのダーダイが言った。
「わしもゾルジがああなってしまって色々と考えたのじゃ。
どうしてこんな事になってしまったのかと。」
「ゾルジの死体は見つからなかったのだが……。」
セスが聞く。
争いの後ズィー村の人達に用意された宿屋で皆は集まり話し合っていた。
「多分心髄まで闇に侵されていたのじゃろう。
命はもう消えていたのじゃ。
だから剣で切られた時に全て散ったのだ。
だがあやつは庭にいたのじゃな。」
ダーダイがため息をついた。
「馬鹿者め、本当に……。」
哀れむような呟きだ。
「ズィー村に魔素が泉のように溢れていたのが
元々の原因なのじゃ……。」
ダーダイが言った。
「大昔はどこにでも魔法は満ちておった。
だがいつの間にか人々は使えなくなった。
ただわしらはズィー村に溢れる魔素のおかげで魔術が使えた。」
村人は黙ってダーダイの言葉を聞き何も言わない。
「わしらはそれは人の為と思っておった。だがその陰で闇が育った。
光と闇は表裏なのじゃ。
使えば使う程闇は大きくなっていった。
だが人の世は変わりつつある。
そして魔素もどんどんと減ってきておる。
多分闇はそれを感じていたのじゃ。魔法の時代が終わる事を。」
「それは闇は死にたくないと言う事ですか?」
アリシアが聞く。
「それに近いじゃろう。
だからズィー村と近しい関係であったセス殿のお父様の国を滅ぼし、
ゾルジを取り込み闇に迎合しないグレイシャル様を葬ったのじゃ。
そしてズィー村も滅ぼしてこの世の魔素を自分だけに集める。
そしてアリシア様を取り込むつもりだったのじゃろう。
光と闇を合わせて世を混沌とし魔術の世界を復活させる……。」
アリシアがため息をつく。
「だからと言って
「グレイシャル様はこの世の魔素を全て消すつもりなのじゃろう。
そうすれば第二のゾルジは産まれぬ。
そしてわしらのような魔術師も産まれん。」
セスの母、リビーを知っている老婆が言った。
「リビーちゃんも魔術師でなければ死ななかったかもしれん。」
セスがダーダイと村人を見た。
「俺は気が進まない。あなた達はこの国を救ったんだから。」
「それでもやらねばならぬよ。
グレイシャル様がおっしゃったのだからな。」
ダーダイは皆を見た。
「わしらのような魔術師がいなくなっても
人は色々なものを見つけるじゃろう。
誰でも空を飛べたり遠くが見えるものを作るだろう。
それは魔法のように見えるものかもな。
もうわしらの力は必要ないのじゃ。」
ルメがアリシアとセスを見た。
「もうみんなで話し合ってあるの。
ズィー村が無くなってからずっと。
魔素が無ければ私の家族も死ななかったかもしれない。
私はもう普通に生きたい。だからお願い。」
アリシアとセスは顔を合わせた。
そして幻庭の剣を構えた。
「ダーダイ師、幻庭って一体何なのですか?」
アリシアが聞く。
「あそこは墓場じゃ。全ての魔素は幻の花となって消える。」
アリシアの母、グレイシャルとセスの母のリビーはあそこにいる。
全ての花が枯れるまでそこにいると言ったのだ。
幻庭の剣が美しい緑の光を発した。
二人は優しく村人の体を撫でる。
そして二人は剣を持ったままそれを体にはさみそっと抱き合った。
緑の光はゆっくりと薄くなる。
黒い剣の横の文字も消えた。
幻庭の剣も今死んだのだ。
「新しいズィーはここからそれほど遠くないから時々見に行くわ。」
「そうだな。」
「その時は護衛してね。」
「どうしようかなあ。」
アリシアがセスの横腹を肘で打とうとするが、彼は上手に逃げた。
彼女は既に買った耳飾りを付けていた。
そして城内に二人は入る。
「じゃあ俺はここで。」
とセスが彼女から離れた。
「だ、だめよ、
「行きたくない。」
その時兵舎からヒーノがやって来た。
彼は正装をしている。
「おい、セス、早く準備しろよ。イチャイチャしてるな、急げ。」
二人の顔が赤くなる。
そして城の方からはクレールが走って来る。
「姫様!式典が始まります!お早く!」
アリシアがセスを見た。
「私も何となく行きたくなくなった。
ぎゅっとされるし。」
「だろ?王様が勲章をくれるらしいが……。」
「どうする?」
二人は目を合わせた。
ヒーノとクレールが走り寄る。
辺りでは騒ぎの傷跡が残り所々で修理をする音が聞こえている。
そして国は新しく生まれ変わるのだ。
幻庭の花 ましさかはぶ子 @soranamu
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