第7話
「ただいま」
オレは憔悴しきった声で、そう言うのだった。
「お帰りなさい。ずいぶんと遅かったですね」
オレは重い足取りで、ソファーに腰かけた。ハナをオレとフウカの横に座らせる。三人でソファーを使うのだった。ハナは横でぐっすりと眠っていた。寝息を立てていた。
テレビは、放送休止のアレが流れていた。もう、こんな時間だったんだな、と認識できた。そして、フウカを随分と待たせてしまったと、罪悪感が生まれる。
オレは中に箱が入った二つのビニル袋を机に置いた。
「ごめんな。こんなにも待たせてしまって」
「いえいえ。大事がないだけで十分ですよ。ハナちゃんは……眠っちゃっていますね」
「まあ、夜も遅いし、今日はたらふく食ったからな」
おかげでこんなに時間がかかってしまったのだ。大変だった。ハナを背負いながら隣町からここまで来るのが。あと、一応報告しておくと、ハナが今日食べたのは、五匹と四人だ。これだけ食べればさすがになあ……。
「その……袋には何が入っているんですか?」
「まあ、ちょっとな……。それより、もうヘトヘトだ」
「お疲れ様です」
オレはわざとらしくくたびれた雰囲気を出した。ソファーにもたれかかる。
「ドラマは面白かったか?」
「はい。まさか、主人公以外の仲間が全員死ぬとは……」
「おい。ネタバレするなよ。後で見られないだろうに」
「録画でもしていたんですか?」
「してないけどな。そして、見る気もない」
「そうですか」
フウカは口元を抑えて笑う。
「今日はな、お前にプレゼントを渡したいと思ってな」
「私に……ですか? ああ。それがこれですか」
「そうだよ」
オレは一つ手に取り、箱をビニル袋から取り出し、その中身をフウカに見せた。
「お人形ですか? 可愛いですね」
「今日、とある女の子と会ってだな、それを貰ったんだ。ハナとフウカの、二人のだ。フウカも大事にしろよ」
「分かりました。大事にします。ありがとうございます」
「コトリという名前らしい。そう呼んであげな」
「コトリちゃんですか。可愛らしいですね」
「そうだな」
「でも……私は、この子を満足に撫でてあげる事も出来ないんですよね。こんなのに触られて、この子は嬉しいんでしょうか」
「嬉しいだろ。そう卑下するなよ。要は気持ちなんだよ。それが伝われば過程は気にしなくてもいいんだ」
「そう……なんですかね……?」
「そうだろ」
「……でも、これは、ハナちゃんだけのです。私がもらえません。お気持ちだけ受け取ります」
「どうしてだ?」
「だって、私は、厄介者じゃないですか。何の役にも立たない。腕も脚もない私は……。迷惑をかける事しかできない」
「そんな事はない。満足に動けない身体だとしても、人の役には立てる。オレは、お前のおかげで、明るい一日を迎えられ、終れるんだ。ハナに物事を教えてくれる。こうやって、帰りを待って出迎えてくれる。話を聞いてくれる。これでどう役に立っていないと言えるんだ?」
「本当に、そう思っています?」
「ああ」
「……ありがとう……ございます」
泣いているのだろう。涙は出ない身体だが、そんな気がした。
「なら、これを受け取ってくれよ」
オレはもう一つの袋を取り出した。縦に細長い箱をビニル袋から取り出す。
オレは、ユウから貰った腕と脚をフウカにプレゼントするのだ。
「それは……誰のですか?」
フウカは驚愕していた。それもそうだろうな。
「さっき話した女の子のだ。ユウ、という子だ。その子のだ。その子からは許可は取ってある」
「……受け取れるわけないじゃないですか」
「生きているのなら、誰かの物で生きていかなくちゃいけない時がある。それが、この時だよ。人はな、そうやって生きていくんだよ。誰かの死で、物で、生きていくんだ。それを利用していくんだ」
「私は、生きてなんか……」
「生きているんだよ。確かに、一回は死んだ。でも、こうやって生き返ったじゃないかよ。今もこうやってオレと話せているじゃないか」
「…………」
フウカは言葉を失っていた。それは長い事。時計の針の音が部屋に響く。カチカチと。
「……貰っても、よろしいのでしょうか……?」
「ああ」
オレは裁縫セットを持ってくる。そして、縫合するのだ。こんなんで本当に大丈夫かは知りもしないが、やってみるほかはない。フウカの身体と、ユウの腕と脚を。
「どうだ? グーパーしてみろ」
正直、動くかどうかは分からなかった。他人の物で、繋がるかどうかが心配だった。だけどそれは杞憂だった。心配のいらない事だった。
「う、動きました!」
フウカの手が動く。指先が動く。ぎこちない動きで。グーとパーを。とても遅く。慎重に。ゆっくりと。手を閉じたり開いたりを繰り返した。オレ達は歓喜した。フウカの不自由が無くなったのだから。
「立てるか?」
「やって……みます」
フウカは腕に力を籠めて、立ち上がろうとする。自分の足で。地を踏みしめ、自分の力で、立とうとするのだ。
「キャッ!」
しかし、それは出来なかった。せっかく縫い付けた腕が取れてしまった。それによりバランスを崩したフウカは床に倒れこんだ。
「大丈夫か?」オレはフウカを起こす。
「痛くは……ないです。でも、なんか……うれしい。嬉しいんです……」
「気に入ってもらって良かったよ」
「私、この身体になってから、動こうとは思えませんでした。不自由な体を憎んでさえいました。でも、こうしてセイイチさんは、私に、自由を与えてくれた。手足をくれた。希望を……与えてくれました。死にたいというこの絶望から救ってくれました。ありがとうございます」
「……お礼は、ユウて子に言いな」
「はい。……大事に、します。このプレゼントを」フウカはコトリと自分の新しい腕と脚を眺めていた。微笑し、慈愛に満ちた優しい表情だった。「あの」と、フウカはさらに言葉を紡いでいく。「いつか……私が自由に動けるようになったら……その時は、セイイチさん、私を外へ連れ出し、一緒に私と散歩してください」
「いいよ」オレは頷いた。「早くその体に慣れるといいな。それと、ちゃんとコトリも大切にしてあげなよな」
「はい」
オレは今までに見たことのないフウカの笑顔をこの目に見た。
オレは、フウカのその笑顔が、ユウの最後の笑顔と重なった。オレは、そういう事か。と理解した。
オレはフウカの頭をなでた。
彼らは同じ景色を見ているのか 春夏秋冬 @H-HAL
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