お客様はお目が高い

かふ

お客様はお目が高い

 男は売れない芸術家だった。男の作品は無駄を美徳としていた。消すことの出来ない消しゴムに、脚のないイス。男が表現するのは用途のない物質が持つ無駄という名の余裕だった。

 

 しかし、世界は動き続ける。寸分違わず時を刻み続ける。止まることなく流れてゆく世界は人々に実利と機能性を求めた。そんな世界に男を受け入れる余裕はなく、男は売れない人生を歩むこととなった。


 男を信じて付いてきてくれた家族も、数年前に愛想を尽かした。もうじき一人娘は成人するらしい。男が時の流れに気付き、人生を振り返るには遅すぎたのだ。


 男は自分の不甲斐なさ、そして何よりダメな父親だったことを悔やんだ。男は決意した。もう一度就職しよう。働いて家族を取り戻そうと。幸いにも男は、都会のそこそこ有名な大学を出ていた。芸術家を目指す前は、誰もが知る大会社で働いていた時期もあった。

 

 時は経つ。男は今日も就活をしている。もう何社目になるのだろう。余裕のない世界には二十年以上も職歴のない五十代を受け入れてくれる会社はなかった。


 男は今日も一人で夜を過ごす。その時、男の前に光が差した。気付いたときには白いローブに身を包み、頭に光り輝く輪を浮かべた青年が立っていた。いや、立っていたと言うより浮いていた。


 一目で青年が男と同じ生き物でないことを悟る。驚く男を前に青年はゆっくりと口を開いた。


「君を世界的な芸術家にしてやろう。その代わり、君の作風は一切変えてはいけない。君の作品に少しでも変化があればこの話はなしだよ。」


 その日から男は世界的な芸術家になった。


 世界的に高名な評論家が口を揃えて男を褒め、男の作品は全てがこれまた世界的に高名な美術商に買い取られていった。

 

「お客様はお目が高い。」


 美術商の巧みな話術に引き込まれ、多くの者が男の作品を買った。人気が流行を呼び、流行がさらなる人気を読んだ。世界的な人気は粗悪なコピー品や新進気鋭な若者による模倣を促し、世界中に男の作品が広まることとなった。


 男の作品が売れて数年、世界は幾分無駄が多い世界になった。飛ばないロケット、撃てない銃、全く持って意味のない化学式や論文があちこちで見られた。


 今、男は穴の開いたコップで水を飲み、曲がったナイフとフォークで、骨と油だらけの肉を口に運ぶ。彼は今の生活を非効率で非文明的だとは思いながらも、不満を抱いていなかった。


 彼の隣には娘夫婦が座り、六歳になる孫が庭を駆け回っている。男は全て手に入れたのだ。それは世界の人々にも言える。

 

 男が生み出した流行は、世界に何もせずとも過ぎていく無駄な時間「余裕」を生み出したのだ。世界はそれを享受し不自由ながらも満たされた暮らしをしていた。


 もちろん、この世界の余裕は遠く天界にまで波及していた。


 無駄が広まった世界では争いが減り、天界の担う天使業務を減らしていた。天界では空前絶後の大休暇が取られ、この余暇の立役者である天使も海辺のビーチで寝そべっていた。隣にいるのは恋人だろうか、彼女は彼に聞いた。


「あなたはこんなに無駄を作ってどうしたいの?」


「どうもしないさ。ただただ無駄をするってのは何をするよりも難しいことだからね。僕らは与えられた無駄を無駄に使わない様に生きていくだけさ。」


 青年は余裕を持った顔で笑いかけた。そして最後にこう付け加えた。


「だが、もうじきこれにも満足できなくなるだろう。なんたって僕らはお目が高いからね。」


 

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